2021.06.04
#01 震災から10年。「フェーズフリー」が防災の在り方を変える
東日本大震災から10年が経ち、未曾有の自然災害やパンデミックといった非常事態が次々起こる中、日本の防災は変わったのか。有事に「備える」のではなく日常と連続的に考える「フェーズフリー」という考え方が、これからの防災に対する一つの答えとして注目を集めています。一般社団法人フェーズフリー協会代表理事である佐藤唯行氏に、「フェーズフリー」の視点を企業や行政の働く場づくりにどう取り入れていけばよいか、お話を伺いました。
一般社団法人フェーズフリー協会 代表理事
佐藤唯行氏
社会起業家/防災・危機管理・地域活性アドバイザー/フェーズフリーファウンダー
国内外で多くの社会基盤整備および災害復旧・復興事業を手掛け、世界中で様々な災害が同じように繰り返されてしまう現状を目の当たりにしてきた。その経験・研究に基づき、防災を持続可能なビジネスとして多角的に展開。その一つとして世界ではじめてフェーズフリーを提唱し、その推進において根源的な役割を担う。フェーズフリー協会ほか複数団体の代表
目次
防災意識は上がっても「備える」行動の優先順位は上がらない
未曾有の被害を及ぼした東日本大震災から10年、またこれまで経験したことがないパンデミックにより、「非常時」は実際に起こりうるものであり、何か備えなければならないといった防災意識は、10年前と比べると格段に上がりました。一方で、実際に行動が出来ているかというと、大災害や毎年のようにやってくる自然災害などに対して備えるところまで至っていないのが浮き彫りになった10年だったと思います。
意識と行動がイコールにならない理由はいくつかあります。「自分は大丈夫だろう」といった正常性バイアスや、備えた方がいいとわかっているけれど何をどこまですればいいのかわからない、際限がないといった難しさがまず挙げられます。また、災害を経験している人でも時間が経つにつれて記憶が風化してしまうとイメージがわかないと思ってしまうことも少なくありません。我々は日常を生きていますから、仕事においても日々の業務の生産性や効率などが優先されます。なかなか非常時に起こることを想像して「備える」という行動の優先順位が上がらないのは、無理もないことでもあります。
今年の2月にも東北地方で再び大きな地震がありましたが、その際にもオフィスにおける備えが不十分であることが浮き彫りになりました。被災地でさえ、物を積み上げていると危ないと震災の教訓でわかっていても、日々の業務に忙殺されてあちこちに積まれた物や書類が崩れ落ち、固定されていないディスプレイが倒れるといったことが起こっていました。
「日常時」と「非常時」の2つのフェーズを分けず、連続的に捉える
日常の中で、非常時を想像して対策を取ることは難しいものです。以前は防災意識自体も薄かったため、備えていないことに対してそれほど違和感を持っていませんでした。現在は防災意識こそ高まっているものの、災害に備える習慣を定着させられず、漠然とした不安だけが日々増していく状態です。
我々一般社団法人フェーズフリー協会は、「日常時」と「非常時」という2つのフェーズを分けずに連続的に捉え、身の回りのモノやサービスを、日常時はもちろん非常時にも役立つものに変えていくことが出来るという「フェーズフリー」の考え方を提唱しています。非常時への備えはいつ必要になるかわからないものを準備する「コスト」と捉えられ、その維持管理も課題になりがちです。フェーズフリーは「いつ必要になるかわからない」ものを準備するのではなく、「日常時も非常時もより豊かになる」ものを常に使おう、という考え方です。多くの人が日常的に活動する企業はもちろん、非常時には最前線で対応する必要がある行政機関でも、フェーズフリーの視点を取り入れた施設づくりに関心が高まってきています。
日常時と非常時、それぞれのニーズを組み合わせて空間を設計する
とはいえ、新しい建物を建設するタイミングであれば計画段階から組み込みやすいですが、既存の建物、既存の働き方や日常の業務の中にどうフェーズフリーを取り入れればよいのか、という声はよくいただきます。しかし、私はフェーズフリーの実現にあたって、建物でできることは半分であり、残りの半分は空間のしつらえや使い方だと考えています。建物はすでに出来上がっていても、例えばオフィス家具のレイアウト、人の動線、来館者とのコミュニケーションやコミュニティの形成の仕方などを考えて見直す。これだけでも十分フェーズフリーを実現することが出来ると考えます。
日常の業務の生産性を上げ、かつワーカーの健康的な働き方を維持するためにオフィスをどう作り込むのがいいか。そしてそれが非常時にはどう機能するのかを想像しながらレイアウトしていく。つまり、日常にはどのようなニーズが顕在化し、非日常にはどのようなニーズが顕在化するのか、両方を組み合わせて空間を設計していく。それがフェーズフリーの実現につながるはずです。
日ごろから「開かれた空間」としてコミュニケーションを取ることが重要
例えば公共施設の場合、近隣住民に対して「閉じられた施設」と「開かれた施設」のどちらが日常時のみならず非常時にも機能するかというと、答えは「開かれた施設」であることは明らかだと思います。そして開かれた施設を設計するためには、外との関係性のつくり方が重要です。つまり、コミュニケーションの力です。例えば、小学生でも子育て中の方でも高齢者でも、より多くの住民が気兼ねなく利用出来るスペースを設けること。普段から足を運んでいればどこに何があるかを知ることができ、非常時にも適切な行動を取りやすくなります。また、日ごろから職員と住民が行政サービスを通じて接点を持ち、きちんとコミュニケーションが取れていれば、非常時も安否確認や被害状況の把握などもスムーズに出来、支え合うことができます。
新たな賑わいを作ろうという時、非日常的なイベントを催す空間作りのみに頼ってしまうケースもありますが、賑わいを生み出すという日常の価値においても、非常時に住民に役立つという意味においても、より効果の高いフェーズフリーな空間創りを提案しています。日常的に使えない場所よりも、普段から飲食に使えるなど行き来して馴染みがある場所の方が非常時に思い出しやすく、コミュニケーションも取りやすいというメリットがあります。庁舎やオフィスの中に近隣住民の「日常」を持ち込むことで、「非常時」にも日常で使えるものが機能する、というわけです。
最近では企業もオフィス内にセミパブリックな場所を設け、新しいコミュニティが生まれやすい空間設計を行う事例が増えています。元々は外部とのコミュニケーションを通じて新たな価値を創造することを目的としたスペースですが、そうした空間は非常時に近隣住民や社員の避難場所としても活用することができるのです。「いつも」の価値を高めることで「もしも」と「これから」を支えることが出来るというわけですね。