2021.06.04
#03 フェーズフリー発想で拡張する、オフィスの価値
日常時の働きやすさと非常時への対応を両立する、フェーズフリー発想のオフィスづくりに重要なこととは。そして、何から取り入れていけばよいのか。
取り入れやすいオフィスづくりのポイントについて、引き続き一般社団法人フェーズフリー協会代表理事の佐藤唯行氏にアドバイスをいただきました。
一般社団法人フェーズフリー協会 代表理事
佐藤唯行氏
社会起業家/防災・危機管理・地域活性アドバイザー/フェーズフリーファウンダー
国内外で多くの社会基盤整備および災害復旧・復興事業を手掛け、世界中で様々な災害が同じように繰り返されてしまう現状を目の当たりにしてきた。その経験・研究に基づき、防災を持続可能なビジネスとして多角的に展開。その一つとして世界ではじめてフェーズフリーを提唱し、その推進において根源的な役割を担う。フェーズフリー協会ほか複数団体の代表
コクヨ株式会社 官公庁営業
川原吹莉歩
2020年入社。官公庁向けのソリューション提案部門を経て、現部門へ。官公庁における働き方改革・オフィス改革提案推進役を担う。
目次
収納は日常的に使いやすく、
地震の際は倒れにくく物が散乱しにくいように
川原吹:コクヨの霞が関ライブオフィスを事例として、オフィス空間におけるフェーズフリー視点の取り入れ方について、具体例を教えていただけますか?
佐藤:ポイントは3点あります。1つ目は、収納。作り付けの壁面収納に資料が集まっていて、大容量で探しやすくなっていますね。一般的に資料探しの時間を合計すると毎日数分~数十分かけていると言われているため、そうした時間の効率化につながります。かつ、壁面を有効活用することで地震などの際も転倒しにくくなっていると感じました。
川原吹:地震のことを考えるとやはり壁面収納や背の低い収納にしたほうがよいということですね。
佐藤:そうですね。ただ、働く人の動線も重要です。無理やり遠い場所に収納スペースを作っても使われなくなり、結局身近なところに積み上げることになってしまいますから。日常的に書類を整理しやすく探しやすい、かつ地震の時にも家具が倒れにくく、物が散乱しにくいという両面が大事です。
共有スペースで生まれるコミュニケーションが
非常時にも効果的に機能する
川原吹:なるほど。2つ目のポイントは何ですか?
佐藤:2つ目は共有スペースです。オフィスの中央に大きなスペースがありますが、これはコクヨさんとしてはどういう目的で作ったのですか?
川原吹:人が集まりやすい場所にオープンなスペースを設けることで、コミュニケーションが取りやすくなることを意図しました。このスペースはイスもテーブルもすべてキャスターが付いていてフレキシブルに動かせるため、用途や打ち合わせの人数に合わせて動かしたり、すべて取り払ってイベントをしたりする場所としても活用しています。
佐藤:テーブルやイスの色や形が様々で、日常の仕事のしやすさやモチベーションを上げる効果もあるように思います。働く人のワクワクを演出すると同時に、多様性を受け入れるデザインになっていますね。
川原吹:はい、このスペースはいつも使うのが楽しみです。
佐藤:家具をあえて統一しないということはワクワクや多様性の演出になるだけでなく、日常時の運用や災害時にもメリットがあります。最初から色や形がバラバラであれば、片づけがスピーディーに行えます。壊れたり足りなくなったりしても、わざわざ同じものを買う必要がない。こうした日常時の価値はそのまま、災害時における「復旧のしやすさ」という価値になります。
普段から多様性を描き、コミュニケーションを円滑に取りやすくしておくことが非常時にも有効に機能し、復旧もしやすくなる。それがフェーズフリー発想ということです。
川原吹:なるほど。例えばコミュニケーションの活性化を目的としてフリーアドレスの導入を決め、クリアデスクを徹底する。そうした働き方が実は、地震の際にデスク上の物が崩れたり散乱したりすることの予防策にもなる、というのもフェーズフリー発想なのでしょうか。
佐藤:はい、まさにそれが3つ目のポイントである、執務空間のつくり方です。霞が関ライブオフィスは主に働き方改革視点で設計されたオフィスかと思いますが、非常時にどのように機能しそうかという視点で見てみましょう。
ソロワーク用ブースは、プライバシーの確保にも有効
川原吹:Webミーティングや集中作業のためのソロワーク用ブースは人気があるのですが、非常時にはどのような使い方ができそうでしょうか。
佐藤:例えば、地震などによって帰宅困難な状況になった時に、オフィスに留まる人や避難しに来る人が出てきます。その場合、どうしてもプライバシーがないがしろになりがちですよね。ちょっと着がえたい、込み入った電話をしたい時にこもれる場所があるというのはとても有効なのではないかと思います。
川原吹:確かにそうですね。それに行政では被災現場や避難所等の遠隔地との連携が求められるため、もともとの価値である「遠隔コミュニケーション」も引き続き重要なのだと感じました。加えて現在では新型コロナウイルス対策として、フィジカルディスタンスを確保するためにもソロワーク用ブースは活用されています。
通路幅とカーペットの工夫は安心を生み、
偶発的なコミュニケーションをもたらす
川原吹:現在のオフィスは新型コロナウイルスの感染拡大防止策として、フィジカルディスタンスが確保できるよう通路幅を広くとっています。また、動線の分離や距離の可視化を目的として、カーペットに2メートルの間隔を表示したり、矢印のデザインに貼り分けたりしています。
佐藤:通路幅が広いことは、安心してすれ違えるというだけでなく、ちょっと立ち止まってコミュニケーションを取りやすいという利点もあります。偶発的なコミュニケーションを生みやすくすることで、ワーカーが孤立した状態で働くことを防ぐことができます。通路幅を広くとることは感染予防だけでなく、ワーカーの心理的安全性にもつながります。
川原吹:確かにそう思います。私は入社してまだ間もないため、オフィスで偶然出会う方々と立ち話をすることで、様々な気づきをもらっています。こうしたコミュニケーションが自身の成長につながっていると感じています。
佐藤:同じように、オフィスの回遊性も重要です。日常の業務においてアクセスのしやすさは効率面で重要ですが、例えば地震発生時には物が散乱したり、家具が倒れてくる可能性もあります。そういう時に避難経路が1カ所しかないと出口が塞がれてしまった場合に非常に危険です。
日常の「働く」の価値を上げながら
非常時の対応にもつながる視点を
川原吹:フェーズフリー発想のオフィス空間づくりと聞くと、何か物を揃えなければならないんじゃないかと考えて、コストや準備の負担にハードルが高いというお声をよく耳にします。今回佐藤代表にお話をお伺いして、特別なコストや準備は必ずしも必要ではないと感じました。まずは今あるオフィス家具を活用して、空間の作り方の工夫から始めるとよさそうですね。
佐藤:そうですね。経営者にとって防災は、働き方改革同様、ある意味コストと捉えられがちです。『非常時用にわざわざオフィス家具を用意しておかなければ』『転倒防止のために何か取り入れなければ』と考えると、確かにコストです。
しかし先ほどご説明したように、フェーズフリー発想の空間づくりで重要なのは、日常の「働く」の価値を上げるなかに、非常時対応にもつながる視点を取り入れていくことなのです。
川原吹:確かに、いつ起こるかもわからない防災のために特別なものを取り入れようとするとハードルが高く感じますが、「気が付けば非常時の対策にもつながっていた」というようなことであれば、それほど難しくありませんね。例えばキャスター付きのテーブルやイスを動かしやすいよう床をフラットにすることは、非常時における避難のしやすさにつながるのだ、というような考え方ができればよいと。
佐藤:そうですね。コクヨさんのフェーズフリー商品であるマルティスやグラビスも、お客さんにとっては働くうえで日常時に使い勝手のいいテーブルありパネルであって、それが実は非常時にも役に立つ、という考え方ですよね。そうしたものの方が、導入しやすいように思います。“あるべき姿の最終形を最初に描く”というバックキャスティングの発想で出てくるアイデアは「備え」になってしまうので、フェーズフリー発想は生まれない。我々価値を提供する側が、日常時の価値を上げるためのアイデアを考える中で、「もしも」の時の価値も付加できないか想像するクセをつけることが重要です。
川原吹:「いつも」と「もしも」をセットで考える視点が必要ということですね。いつもの価値を上げることが結果的に備えとして機能する。その発想で、フェーズフリーを実現できるオフィス空間づくりをこれから提案していけたらと思います。