2021.06.04

#02 コミュニティを強くする、フェーズフリー発想のオフィス家具

オフィス家具にフェーズフリー性を取り入れる際に重要な視点、そしてオフィス空間のフェーズフリー化によってもたらされる効果とは。日常の働きやすさと非常時の対応、両方の側面から見たこれからのオフィス家具について、一般社団法人フェーズフリー協会代表理事の佐藤唯行氏にご意見をいただきました。

一般社団法人フェーズフリー協会 代表理事

佐藤唯行氏

社会起業家/防災・危機管理・地域活性アドバイザー/フェーズフリーファウンダー
国内外で多くの社会基盤整備および災害復旧・復興事業を手掛け、世界中で様々な災害が同じように繰り返されてしまう現状を目の当たりにしてきた。その経験・研究に基づき、防災を持続可能なビジネスとして多角的に展開。その一つとして世界ではじめてフェーズフリーを提唱し、その推進において根源的な役割を担う。フェーズフリー協会ほか複数団体の代表

コクヨ株式会社 MULTIS・GRABIS企画開発担当

松下早苗

これまでに数々のオフィス家具の企画開発を手掛ける。ユーザー参加型のワークショップでの観察・検証・対話の繰り返しから生まれた商品「Madre」では企画開発・基本設計を担当し、公共施設向け家具として初めてIAUD アウォード2012 プロダクトデザイン部門において金賞を受賞。

目次

コクヨが考えるフェーズフリーの3つのキーワード

佐藤:コクヨさんはフェーズフリー発想のオフィス家具づくりにおいて、独自のコンセプトを定義されていますよね。

松下:はい、「『いつも』の価値を高めるものが、『もしも』と『これから』をささえる」をコンセプトにしています。私たちは、フェーズフリー協会が提唱しているフェーズフリー5原則のうち、オフィス空間での家具づくりにおいては「常活性」「日常性」「直観性」が特に重要だと考えました。オフィス家具は共有物であって自分の所有物ではないので、非常時に使うのは普段から使い慣れたものであるべきです。そのため、シーンやニーズの変化に対応してすぐに用途を変えられる「クイックチェンジ」、誰にでも使い方がわかりやすい「イージーウェイ」、耐久性やメンテナンス性を持ち長く使える「タフネス」の3つをキーワードとして設定しました。

フェーズフリー 5原則(フェーズフリー協会)

フェーズフリーとは、平常時(日常時)や災害時(非常時)などのフェーズ(社会の概念)に関わらず、適切な生活の質を確保しようとする概念です。この概念は、フェーズフリーの以下の5つの原則に基づいた商品、サービスによって実現されます。

コクヨのフェーズフリーコンセプトと3つのキーワード

佐藤:これまでコクヨさんは、特に公共施設向けの空間づくりや家具づくりにおいて「ユニバーサルデザイン」の考え方を大事にされてきましたね。その考え方は含まれているのでしょうか?

松下:はい、「イージーウェイ」の中に、あらゆる人が利用しやすいという意味で集約させました。

「人」をフリーにするユニバーサルデザインと
「社会」をフリーにするフェーズフリー

佐藤:コクヨさんが従来から重視していた「ユニバーサルデザイン」視点に、「フェーズフリーデザイン」の視点を付与したのは非常にすばらしいと思います。
「ユニバーサルデザイン」は<人>の状態をフリーにするもので、「フェーズフリー」は<社会>の状態をフリーにするもの。ユニバーサルデザインというと、本来は心身的障害の有無、年齢や男女、ジェンダー、国籍などを問わず誰もが使いやすいものという意味ですね。一見、フェーズフリーとは関係ないように思えるかもしれませんが、非常時のオフィスの中では、日常においては健常な人も、誰もが要援護者になりえます。ですから、コクヨさんが目指している斜めの方向は、フェーズフリーの視点から言っても理想的だと思います。

松下:私は学生時代にユニバーサルデザインを学んでいたのですが、「ユニバーサルデザインという概念がなくなって、当たり前の価値になればいい」と思っていました。フェーズフリーもユニバーサルデザイン同様、当たり前の価値になればよいと感じています。今はまだ浸透の段階ですが、浸透していった先に、それが当たり前の社会になっていればと思います。

佐藤:「福祉」分野であるユニバーサルデザインや「環境」分野のエコと、「防災」分野のフェーズフリーを比べてみましょう。一見違う領域の話をしているようですが、実は、課題解決型の『ソリューションモデル』から、参加を促す『トレンモデル』への変更が、社会全体の取組を促進してきた分野です。
日常生活の中で健常者である人々にとって、「福祉」という提案はなかなか受け取りにくい。「環境」もそうで、そこに膨大なお金がかかるなら参加しづらいなどの様々な理由で、課題解決型の提案を受け取ってもらえませんでした。しかし「エコ」という価値に変わってから、一般的な生活者や民間企業が関わりやすくなりました。
「防災」も、備えましょうというのは課題解決の提案にはなっているのですが、それを多くの人に受け取ってもらえない。備えなければならないとわかっていてもなかなかできない、その心の痛みに寄り添わないと、多くの人が参加できる防災にはならないんですよね。だから「防災」というソリューションモデルの提案ではなく、「フェーズフリー」というトレンドモデルとして、より多くの人が参加しやすくすることが大事なのだと考えます。
コクヨさんの「クイックチェンジ」「イージーウェイ」「タフネス」というキーワードは、一見どれも価値を高めるためのものです。それが実は非常時にも役に立つというもので、これまで備えたくても備えられなかった人たちのハードルを下げ、参加しやすくしたのは素晴らしいことだと思います。

「いつも」利用しているオフィス家具が
「もしも」の時にも役立つ

松下:ありがとうございます。今回コクヨが考えるフェーズフリー視点を取り入れた商品として、ホワイトボードパネル<GRABIS グラビス>とコンパクトテーブル<MULTIS マルティス>を開発しました。「いつも」利用しているものが「もしも」の時にも役立つためには、まずはオフィス内で利用頻度の高いものからやってみようと。
<MULTIS マルティス>は昨今多様なミーティングスタイルへの対応が必要なため、コンパクトサイズで簡単に動かせて連結もしやすく、フレキシブルに使えるようにしています。また、組み合わせることができ、ユーザーで着脱可能な半透明パネルをセットで使うことで、ソロワーク時の集中環境やコミュニケーション時のプライバシー確保を目指しました。

<GRABIS グラビス>は、平時と非常時で異なるニーズを1つにまとめたものです。非常時には情報整理のためあちこちからかき集められるホワイトボードですが、日常的にはあまり使われない。そのため日常時にはスペースを区切ったり情報セキュリティを確保するために使える、仕切りパネルとしての活用を提案しています。日常的に使ってもらえるよう、デザインも真っ白なホワイトボード然としたものではなく、オフィス以外の空間にも馴染みやすい意匠性を持たせました。

佐藤:コクヨさんは防災に対してもそもそもヒストリーがあって、「ソナエル」シリーズなど非常時に特化した専門性やノウハウを持っていますよね。その上で今回、プラスアルファのコストを強いるのではなく、防災のコストを日常で使えるバリューに変えていこうというアプローチがまず素晴らしい。危機意識はあっても備えられないという防災の課題解決につながっていくのだと思います。

フェーズフリーデザインのために意識すべき4つの視点

佐藤:フェーズフリーデザインのための視点としては、「Why」「Who」「Where」「When」を意識することが有効です。コクヨさんの場合「Why」は地震や水害、パンデミックなどマルチハザードに対応する提案をしているし、「Who」はユニバーサルデザインとして誰もが使いやすいことを目指している。「Where」はロケーションがオフィスなので働く人ですよね。4つ目の「When」の提案が実は大事です。一見今回の商品は復旧・復興フェーズでの提案のようですが、災害発生や災害対応のフェーズではどう活用できるかと考えてみると、もっと提案がわかりやすくなると思います。

松下:なるほど。例えばグラビスの場合、被害評価や災害対応フェーズではホワイトボードとして情報を集約したり、案内パネルとして使ったり、空間をゆるやかに仕切ってプライバシーを保護するなどの用途が浮かびます。
またグラビスはキャスターを付けていませんが、女性でも持ち上げられる軽さを追求して設計しています。そのため災害発生時は、倒れてきたとしても従来のものよりケガにつながりにくいかもしれません。足元に物が散乱していたりエレベーターが止まっていたりしても、足元の状態に関係なく必要な場所にすぐ運べます。さらに、グラビスとマルティスを組み合わせることで、より多様なニーズに応えられると考えています。

コミュニケーションの質向上が、コミュニティそのものを改善させる

佐藤:グラビスもマルティスも汎用性が高くて、「日常時」の価値も高いですよね。「非常時」感を出しすぎるといわゆる「備え」になってしまい、結局コスト提案となって選ばれません。日常の働きやすさを重視して開発したものが、結果的に非常時にも対応できるものになる、という方が取り入れやすいのだと思います。
また、さらに注目すべきなのは、これらの商品がコミュニケーションを活性化させると、オフィス空間の脆弱性が小さくなるということです。
コミュニティの本質は、課題を共有し、連携して解決していくところにあります。オフィスの効率性とは、コミュニケーションを円滑にする空間をつくり、コミュニティの機能を強めることですが、それはつまり非常事にもそのコミュニティが正しく機能することを追求することなのかもしれません。
フェーズフリー視点で考えるこれからのオフィス家具が目指す先は、日常の働きやすさ、仕事のしやすさを追求することで、非常時にも活用できるようなものに自ずからなること。その結果オフィス内のコミュニケーションを改善し、コミュニティの脆弱性の解決にもつながるという、2つの側面で考えることが大切なのだと思います。

(作成/コクヨ)

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