- 人の体は動くためにできている -
体を固定せず、‘座る’を解放する360度グライディングチェアー ing
1Mプロジェクトリーダー 木下洋二郎
プロダクトデザインG 加納隆芳
チェアVT 奥一夫
1Mプロジェクト 浅野健太
開発メンバー
菅野隆夫、林克明
矢島敏城、柴本康広、徐飛
そもそも人間の身体は常に動くようにつくられています。しかし、現代社会では長時間パソコンを前に静止した状態で縛られ過ぎているのではないか?、、という気づきからチェア開発がスタートしています。自身の経験から考えても、着座時間の長い日が続くと、体のどこかに異変を感じることもありました。デスクワークに集中しつつ自然と体を動かし続けることで人間の本来あるべき状態に近づけることができるのではないか、そのような思想から3次元的に揺れ動かすことができるチェアのプロトタイピングを繰り返し行っていきました。アイデアの源泉はオフィス内の行動観察で楽しそうに体を動かしているシーンを発見したことです。全く新しい3Dのシーティング開発のため納得のいく動きをつくりだすことは難しく、開発着手から3~4年に渡る長期間のプロジェクトとなりました。
デザインを行うにあたり、キーコンセプトとなったのは「Float / 浮遊感」 と「Active / アクティブ」。まるで滑空しているように360度自由に動くことができる乗りごこちを造形全体で表現することで、その動きやポテンシャルを想起させることを目指しました。また、スニーカーやアスレジャーファッションのようにカジュアルでスポーティーなテイストを表現することで、健康的で活気あふれるワークプレイスの演出が行えるのではないかと考えました。従来のチェアに多いスタティックなチェア表現とは違い、動きを感じるアクティブなチェアにすることを狙っています。高い機能性をメカニカルに表現するのではなく、ラフでカジュアルな印象にデザインしていくことで、人により添うやさしい存在にしていこうと考えました。
浮遊感を表現するためにバランストイ(ヤジロベー)をイメージモチーフとし、全体フォルムを構成していきました。ひとつながりのアーチグリップの上に不安定にも見えるバランス構成で本体が佇むことで、方向性のない自由な摺動性をを表現しています。また、メカの外装カバーには透過性のあるドットメッシュデザインを採用しようと考えました。従来のチェアーではメカカバーは機構部を厳重に囲うものとして考えられていましたが、ingではコア(心臓)にあたるメカ部を露呈させることで内部の動きを感じ、イスと人が一体になる感覚を生み出そうとしています。
イスの最重要部位である「背座」についても既成概念にとらわれずに再定義してきました。これまでにない揺れ動く運動に最適な背座のあり方はどんなものか?答えを求め何度も検証を行いました。体の動きにしっかりと追従するバケット形状の座はホールド感を高めますが、抑揚が強すぎると体格の違いによっては体圧分散性を下げることにもつながります。ingの背座は追従と体圧分散を両立するバランスのとれたクッション形状になっています。
また、背クッションは「ラテラル(横長)」と「バーチカル(縦長)」の2種用意しています。それぞれのタイプに個々の思いが込められています。 -More active- をコンセプトにしたラテラルは上半身を自由にするため背が低く、積極的なサイドサポートでより活発な運動をサポートします。一方バーチカルは背もたれが縦に大きく体圧分散性を上げる -More support- をコンセプトにしたタイプです。どちらのタイプもランバーサポートがなく背座間の離れた構成になっています。これにより腰椎と骨盤を拘束せず360度の自由な動きが取れるようになります。ingの造形は長い検証の末に生まれた必然性のあるデザインとなりました。
アームなどその他パーツデザインにおいても「360°の動き」を中心に考えデザインされています。従来のチェアでも肘掛けは様々な用途で進化を遂げており、PCワークの腕の体圧分散を行うことや、立ち座りの補助部材などシーティングにおいて重要な役割を果たしています。ingではメインの用途として身体をより効果的に揺らすためのグリップとしてデザインされています。肘先をしっかりと握って体を揺らせるように最適なサイズ形状となっており、裏面に渡って柔らかなウレタン樹脂で成型されています。余計な機能は設けず、安心感のある固定式のグリップアームとしてデザインをしました
ingのデザイン/素材/カラーはイス単体の視点だけでなく、空間視点での考慮がされています。近年の空間トレンドを分析し選定された12色のニューカラーファブリックは染色から縫製の糸にいたるまで深く検討されています。活気あるミーティングゾーンや落ち着いたシックなマネージメント空間まで幅広いシーンセッティング想定し、多様な空間演出が可能なラインナップとなっています。
新しいものを生み出す時には「新規性」を追求してしまうものですが「親和性」も大切にした製品です。周囲との空間調和、幅広いユーザーが親近感を感じるようにデザインされています。
-‘座る’を解放する -。 これまでにないまったく新しいコンセプトのチェアだからこそ、より多くの方々に親しみをもって使っていただきたいと思っています。
Text : Takayoshi Kano