仕事のプロ
2016.05.18
イノベーションの源泉は「ハッピー」 〈後編〉
嶋本流・イノベーションを生み出す発想術
前編では、(株)博報堂が新たに立ち上げる社会人のための学校「博報堂生活者アカデミー」について紹介した。続く後編では、生活者アカデミー主宰で、プランナーとしても第一線で活躍してきた嶋本達嗣さんに、イノベーションを生み出す発想術について伺った。
“もらう” ことで、
自分の引き出しが増えていく
「案で話せ。人からもらえ。批判するな、改善せよ」。これが、嶋本さんがかつて上司から教わり、今までモットーにしてきたことだ。なかでも “人からもらう” は、嶋本さんの豊かな発想を生み出す原動力となっている。
かつて嶋本さんには、プランナーとして次々に実績を挙げ、天狗になっていた時期があった。周囲の意見には耳を貸さず、自分のアイデアを突き通していた。しかし、あるときに気づいた。自分だけで何かを生み出そうとすると、身を削るだけだと。自分をどんどん切り売りしていると、発想力も痩せていってしまうと。それからは、人から “もらう” ようになった。あらゆる方面の人から意見を聞き、いいものはどんどん取り入れた。そうするうちに、自分自身にも変化があった。
「“人からもらったもの” を本当の意味で “自分のもの” にするには時間がかかりますが、人から引き出すのがうまい人は、自分の引き出しを増やしていくことができます。引き出しが多様であればあるだけ、発想の幅も広がり深みも出ます。そして、さまざまな背景や価値観を持った人たちが集まり、意見を出し合うことで、一人では思いもつかなかった発想や世界、思考の方向性が出会い、スパークして、すごいものが生まれるのです。生活者アカデミーも、そんな場にしたいと考えています」
イノベーションのヒントは
日々の暮らしにあり
嶋本さんがアイデアを “もらう” 相手は、人に限らない。嶋本さんにいわせれば、生活自体が “イノベーション・マザー”。日々の暮らしのあらゆるところにイノベーションのヒントが隠されているのだ。
「例えば、娘から間違って私に送られてきたメールが、ギャル文字で書かれていたことがありました。ギャル文字って、女子高生にはわかるけどオジサンにはわからないですよね。つまり、ギャル文字を使うことで、文化的他者を排除しつつ内部の絆を強化しているのです。そこで、これって何かに使えないかなと考える。例えば、ギャル文字で広告を作れば、ターゲット層にだけ伝わる広告ができるんじゃないか、とか。大切なのは、生活や会話の中でのふとした気づきに敏感になること。何かにつながるかもしれないと思ったら、しっかりインプットしておくこと。いつどこで何と何がつながるかは、わかりません。引き出しのネタが掛け合わさって、アイデアが生まれるのです」
“欲” を持ち、
“異” と交わり、吸収せよ!
嶋本さんが生活の中での気づきに敏感なのは、“欲” があるからだという。
「いいものを創りたい、ステキなことを思いつきたい、という “欲” があるからでしょうね。何かつかみとってやろうという “欲” の目で見てみると、世界の見え方も変わってきます」
もう一つ大切なこととして嶋本さんが挙げるのが、意識的に社外に出ること、プライベートでも背景の違う人や友人と積極的に交流することだ。
「仕事上の交流の場に参加することはもちろん、地元の酒場や同窓会での出会いや再会からも、多くを得ることができます。私もよく地元の酒場に行き、自分とはまったく異なる仕事をしている人といろんな話をしますが、これが実におもしろい。自分が知らない世界のことも興味深いですが、同じものを見ていても、人によって感じ方や見え方はまったく違うんですよね。ちょっとした会話の中にも新たな発見や “もらう” ことができる知恵がたくさんあるのです」
生活者として、
目の前のことを通して未来を見据える
イノベーションを起こすためには、インプットした多様な素材や情報を掛け合わせることに加え、必要な視点があると嶋本さんはいう。
「イノベーターは、時代や社会の変化に合わせるのではなく、常に5年後、10年後の未来を見据えて考え、動いています。先のことは想像しにくいかもしれませんが、私の場合は、子どもが生きる未来や社会を考えて、自分にはこれから何ができるだろうと考えるようにしています。目の前にいる大切な人やその人の未来のことを考えると、自ずと物事の見え方は変わってくるはずです。これこそまさに、生活者発想です。そして、あなたの大切な人は、巡り巡って広い世界ともつながっているのです」
“欲” を持つこと、周囲から “もらう” こと、そして先を見据えることは、いわばイノベーションを生み出すための “体質” なのだと嶋本さんはいう。そして、博報堂生活者アカデミーが目指すゴールでもある「発想体質をつくる」ことは、決して一部の人間にだけ可能なことではない。日々の生活を漫然と過ごすのではなく、たくさんのフックをつくることがイノベーションを起こすポイントといえるのではないだろうか。
嶋本 達嗣 (Shimamoto Tatsushi)
(株)博報堂執行役員・博報堂生活者アカデミー主宰。1983年入社。マーケティング・プランナーとして、得意先企業の商品開発業務、店舗開発業務などを担当。1990年博報堂生活総合研究所へ出向。2000年博報堂研究開発局に異動し、グループマネジャーとして、創発型リサーチ技法、次世代型マーケティング手法の開発などに携わり、2006年博報堂生活総合研究所所長に就任。2015年より現職にて、イノベーションのための発想教育活動を統括している。