仕事のプロ
今のオフィス空間と働き方に足りないモノ・コトとは?〈後編〉
非日常体験が組織を一つにする

早稲田大学文学学術院・文化構想学部教授の山田真茂留氏と、コクヨのワークスタイルコンサルタントの坂本崇博が、これからのワークスタイルとオフィス空間について語り合う対談の後編。テレワークやフリーアドレスの働き方が増え、オフィス空間のあり方が急速に変化しつつある今、企業・組織はワーカーにどうアプローチし、どんな拠り所をつくるべきか。働き方や組織文化に精通する2人が、「オフィスやワークスタイルにおける日常・非日常」という観点から議論を展開した。
近年のオフィスは「非日常の圧力」を 感じる場所になりつつある?
坂本:20年ほど前までは、日本ではいわゆる「島型対抗」のレイアウトのオフィスがよく見られました。チームメンバーのデスクを向い合せにかためて配置し、課長などの中間管理職は少し離れた大きなデスクにいる感じで、いわば企業の組織図が空間の中に再現されていました。座る席は固定されているため、自分の近くにいる顔ぶれはいつも同じで、ワーカーは「日常の圧力」のようなものを感じることが多かったはずです。
山田:ただその分、一体感を持ちながら働きやすい、という面もあったでしょう。
坂本:一方、近年は座る席を自由に選べるフリーアドレスのオフィスが増えたうえ、空間の中にグリーンがあったり、イスもオフィスチェアーだけでなくソファやベンチタイプのものが見られるようになったり、カラフルなカーペットや壁紙をしつらえたりする企業も少なくありません。いわば、非日常に囲まれて働かなければならなくなったのです。
山田:働いている人は、以前とは逆に「非日常の圧力」を感じているのかもしれませんね。私自身はフリーアドレスのオフィスで働いたことはありませんが、自分の固定席がないとなると、ワーカーはなんとなく拠り所を持てないのではないでしょうか。

坂本:その通りだと思います。オフィスに「居場所がない」と思いながら、なんとなくいつも同じ場所で働くことで、非日常空間の中に安心できる日常空間をつくりだそうとしている人は意外と多いと思います。 コロナ禍によって私たちは強制的にリモートワークをすることになり、「出社しない方が快適に働ける」と感じたワーカーも少なくないと思います。加えて、安心できない、落ち着かないオフィスだったら、なおのこと出社したくないですよね。しかしその状態が続くと組織の求心力は下がっていき、自社へのエンゲージメントが薄れていくことは明らかです。オフィスにおける日常と非日常について、オフィス空間や働き方のプロであるコクヨとしても、深く考えていく必要があると感じています。
「共通の非日常体験」をつくることが 社員のエンゲージメントにつながる
山田:オフィスだけではなく、働き方に関してはどうですか? 近年はリモートワークやソロワークが「日常」で、社員が集まったりミーティングをしたりする機会が「非日常」なのだと思いますが。
坂本:確かにそうかもしれません。例えばチームリーダーとメンバーとの1on1といった、ある意味では非日常の場をつくっている企業はたくさんあります。こうした機会をうまく活用できれば、組織としての求心力も上がると考えられます。 しかし実際には、「仕事で困ったことはある?」といった日常の延長ぐらいの会話で終わる場合も多く、もったいないな、と感じます。 山田先生は、「働き方における非日常」と聞いて思い浮かべるキーワードはありますか?

山田:働き方における非日常には、個人レベルと組織レベルのものがあります。私が組織にとって重要だと思うのは、「共通の非日常体験」です。なぜなら、例えば仕事の合間に社内のオシャレなカフェで一休みするといった感じで、ワーカー個々人が仕事の中で非日常体験を持っても、「組織として一体感を持って仕事をしよう」「会社のためにがんばりたい」という気持ちにはつながらないと考えられるからです。 一方で、共通の非日常体験は、まさに組織としての一体感を高めるために行われます。先ほど話題に出てきた上司と部下のミーティングは最小単位の共通の非日常体験ですが、例えば運動会などのイベントは、集団でのそれですね。一時期は運動会を廃止する企業も多かったようですが、近年になって復活させる動きもあります。 共通の非日常体験は、同じ空間に目的を持って集まり、一緒に行動することで初めて得られるものではないでしょうか。
坂本:企業単位のイベントも必要ですが、実施するとなると簡単ではありません。なので、まずはできるところから始めてみる。10人未満のチームといったレベルでも、共通の非日常体験が持てるよう考えていくことが必要だと思います。
山田:私の友人の会社員は以前、「やり甲斐のある仕事をみんなで一緒にやることが多く、毎日が文化祭みたいで楽しい」と言っていました。もちろん仕事で燃え尽きたり、会社にエネルギーを吸い取られ過ぎたりといったことはあってはなりませんが、今の時代に合うような形で共にエンゲージすることのできる非日常体験を積み上げていくことは、とても大事なことだと思います。
坂本:一緒に危機を乗り越える修羅場体験みたいなものがあると、結束感は高まりやすいですね。今は仕事でこのような体験をする機会も減っているからこそ、チームや組織が一体感を感じるための仕掛けが求められているのかもしれませんね。
ソロワークによって蓄積されるケガレを 共通の非日常体験で払い落とす
山田:民俗学や文化人類学には、「ハレとケ」という概念があり、「ハレ」は祭りや年中行事などの非日常体験、「ケ」は普段の生活を指します。日常生活が順調にいかなくなることは「気枯れ」(ケガレ)とされ、このケガレを落とすためにハレが必要とされます。
坂本:今は「ハレ=出社してチームで働くこと、ケ=ソロワーク」となりつつあるのかもしれません。
山田:「リモートワークは自由な働き方ができて快適」というワーカーの思いも、企業にとってはケガレにつながる可能性があるのではないでしょうか。出社しないのが当たり前になれば、坂本さんが先ほどおっしゃっていたように組織の求心力が下がり、社員のエンゲージメントも下がっていくわけですから。

坂本:だからこそ、「共通の非日常体験」というハレの場が、フリーアドレスやリモートワークが日常化している今、不可欠になるわけですね。 今回は、「日常と非日常」や「ハレとケ」、「同期と脱同期」など、オフィスと働き方を考えるためのヒントをたくさんいただき、とても刺激的なディスカッションでした。本当にありがとうございました。

山田真茂留(Yamada Mamoru)
早稲田大学文学学術院・文化構想学部教授。東京外語大学外国語学部助教授、立教大学社会学部助教授などを経て現職。専門は社会学。「集合的アイデンティティ」や「組織」、「集団」などの幅広いテーマで精力的に研究・執筆活動を展開する。著書に『集団と組織の社会学――集合的アイデンティティのダイナミクス』(世界思想社)、『非日常性の社会学』(学文社)など多数。

坂本 崇博(Sakamoto Takahiro)
コクヨ株式会社 ファニチャー事業本部/ワークスタイルイノベーション部/ワークスタイルコンサルタント/働き方改革PJアドバイザー/一般健康管理指導員
2001年コクヨ入社。資料作成や文書管理、アウトソーシング、会議改革など数々の働き方改革ソリューションの立ち上げ、事業化に参画。残業削減、ダイバーシティ、イノベーション、健康経営といったテーマで、企業や自治体を対象に働き方改革の制度・仕組みづくり、意識改革・スキルアップ研修などをサポートするコンサルタント。