仕事のプロ
今のオフィス空間と働き方に足りないモノ・コトとは?〈前編〉
オフィスを「ミドルの復権」と「同期化」実現の場に

コロナ禍を経て数年。ワークスタイルやオフィス空間のあり方は大きく変化した。「効率的に働けるようになった」といった声がある一方で、「企業・組織の求心力が薄れている」などの課題もみられる。今のオフィスに足りない要素は何か。今後どんな取り組みが求められるのか。早稲田大学文学学術院・文化構想学部教授の山田真茂留氏と、コクヨのワークスタイルコンサルタントの坂本崇博が、社会学を軸に多様な視点から語り合った。
写真左から:坂本崇博、山田真茂留氏
オフィスを見れば その企業の本質がわかる?
坂本:先ほど東京・品川の東京オフィス「THE CAMPUS」をご覧いただきましたが、いかがでしたか? まずは率直な感想をお聞かせください。
山田:暖色を基調にした内装も、ほどよくゆったりしたレイアウトも、とても素敵ですね。外部パートナーとの共創スペースもあり、御社がパーパスとして掲げている「ワクワクする未来のワークとライフをヨコクする」という要素が体現されているオフィスだと感じました。

坂本:私は以前から「オフィスは企業のメッセージを発信するメディアである」という持論を持っているので、コクヨとしてのパーパスが体現されていると感じていただけたなら、とてもうれしいです。
山田:私が関心を持ち続けている研究分野の一つに、組織文化論(組織内で共有されている暗黙のルールや価値観などに関する研究)があります。この分野の古典的名著で、組織心理学者のエドガー・H・シャイン氏による『組織文化とリーダーシップ』(白桃書房)という書籍があります。本書では、オフィスのレイアウトといった物理的な環境(=人工物/Artifacts)は、最も表面的なレベルで、組織の文化を可視的に表現するものと定義づけています。 しかし、1990年代頃から活発に議論されるようになった組織美学(美学を軸にした組織観の研究)という学問では、パッと見てわかる感覚的な「組織らしさ」は、単なる表面的なものだけでなく、その組織の本質的なアイデンティティとも密接に結びついた、非常に深いものだとされているのです。
坂本:組織美学における「見た目」に対する考え方は、組織文化論におけるそれとはかなり異なっていますね。なぜ「深い」ものだと考えられるのでしょうか?
山田:パッと見てわかるモノ・コトは、人の心にストンと届くからではないでしょうか。例えば、フリーアドレスのオフィスなら、「フラットでオープンに働いているんだな」といった印象を人に与えやすいですよね。 先ほど見せていただいた「THE CAMPUS」もそうです。コクヨのパーパスを社員の方が1時間かけて説明してもピンとこないかもしれないけれど、オフィスを見ればほとんどの人が、「ワクワクする」「新しい働き方」などのイメージをもつのではないでしょうか。まさに組織美学的だな、と感じました。
坂本:ありがとうございます。コクヨでは数年前から、社長はじめ経営陣もスーツ着用をやめてオフィスカジュアルに切り替えたことで、社員から話しかけられる機会が増えたようです。やはり、パッと見の印象は大きいんですね。
山田:経営陣が「フラットな関係性をつくりたい」というメッセージを発信し、社員の方々はメッセージを正確に受け取っているということですね。
自由度の高い働き方が 組織におけるリーダーの権威不信を招く
坂本:コロナ禍を経て、フリーアドレスやテレワークといったワークスタイルは珍しいものではなくなりました。これらの働き方にはよい面もたくさんありますが、懸念点も見えてきています。 そのひとつが、チームの中で中間管理職のリーダーシップが失われてきていることです。昔のオフィスでは、チームのメンバー同士がいつも近くで仕事をするのが当たり前で、リーダーも部下の相談に乗ったり、ときには叱ったりして、リーダーシップをみせる機会が豊富にありました。しかし現在は、部下は離れた場所で仕事をしている場合も多く、リーダーらしさを発揮する場面が減ってしまったのです。

山田:そもそも日本は、リーダーなどAuthority(権威)への信頼が世界でも低い国と考えられています。「世界価値観調査」(1981年から実施され、現在は約120か国・地域の研究機関が参加している、政治観や経済観、労働観などを調査するための国際プロジェクト)の結果からも、権威や権力に対する日本人の嫌悪感が明らかになっています。 「権威」というとあまりよいイメージが浮かばないかもしれませんが、「国の決定を信じてしたがう」といった国家への信頼や、「老舗メーカーの製品だから信頼して使う」「専門家の意見なら信頼に足ると考える」などの意識まで、幅広い領域を含んでいます。 権威への信頼度が下がると、知識がなくても声が大きい人の意見が通りやすくなり、悪く転ぶと取り返しのつかない事態を招くことになりかねません。
フリーアドレスでは ミドル層がリーダーシップを発揮しにくい?
坂本:「権威へのリスペクトが低い」という傾向がある中で、「フラットな関係性」を体現するフリーアドレスのオフィスでは、さらにリーダーの存在価値は下がってしまいますよね。
山田:その通りだと思います。それにリーダー自身も、ハラスメントと言われるのを恐れてメンバーを叱ったりしないでしょう。そうするとモヤモヤした感情が蓄積され、リーダー自身が社内・社外を問わず、思わぬところで問題含みの行動をしてしまうなど、個人としても組織としても大きなダメージにつながることもあります。
坂本:ミドル層の復権をはかるためには、例えばメンバーより少し上質のチェアーを用意するなど、パッと見てわかる形で「権威への信頼」をオフィスにも取り入れることが必要かもしれませんね。 多くの企業が人材確保において課題と感じているのが、「若手社員が数年で退社してしまう」という問題です。その解決策として多くの企業では、若手のやりがいや働きやすさに訴えかけようとしています。しかし、山田先生のお話をうかがっていく中で、むしろ「ミドル層にそれなりのリワードを用意する」といった取り組みが必要なのではないか、という気がしてきました。
山田:若手からすると、「あちこちに気をつかうわりに得るものが少なくて、ミドルって大変そう」と感じられるのかもしれませんね。見た目だけでも特別感を演出した方が、若手が「あと数年でこんな待遇が受けられるかもしれない」と憧れる対象になりやすいのではないでしょうか。

これからのオフィスには チームで集まり「同期」する場が求められている
坂本:では、これからのオフィスにおいて、ミドル層がリーダーシップを発揮するためには、何を変えていったらよいでしょうか。フリーアドレスの流れは、基本的には今後も続いていくと考えられますが......。
山田:もちろんフリーアドレスの継続に異論はありません。ただ、例えば週1回だけでも、かつてのオフィスのように島型対抗のデスク配置をつくってチーム単位で仕事をしたり、円卓のあるミーティングブースにチームで集まったりして、ミドル層がリーダーシップを見せられる空間をつくるのもよいかもしれませんね。 ただ、重要なのは物理的に集まることだけではありません。大切なのはチーム全体が「同期する」ことです。「同期」は「データを同期する」などの文脈で使われることが多い言葉ですが、私は最近、「複数の人がミッションやビジョンを共有し、同じ目的に向かって進む」というニュアンスでこの言葉を使うことが増えました。 例えば私が大学で講義を行うとき、学生が真剣に参加してくれれば「教員と学生が同期している」ということになります。 チームが定期的に集まっても、バラバラに個人ワークをしているだけでは「同期している」とは言えず、むしろ「脱同期」ではないでしょうか。ごくたまにでいいので、PCやタブレットを持ち込まず、モニターを見ないで対面だけで意見を交わし合うミーティングを設定するというのも効果的だと思います。
坂本:ふだんはリモートワークで「脱同期」の働き方をしていても、ミーティングの時間ぐらいは思いっきり同期するのもいいですね。チームメンバーから「時間を取られて困る」という声は上がるかもしれませんが、中長期的にみればメリットが大きそうです。
山田:まさにそうだと思います。ビジネスチャットだと数日かかっていた報連相が、一瞬で終わることも期待できますよ。
坂本:同期と脱同期の最適ミックスがどのあたりにあるのか、私たちもこのオフィスを使いながら考え、積極的に実験していきたいと思います。 後編では引き続き山田氏とコクヨの坂本が、これからのオフィス空間とワークスタイルのあり方について語り合う。

山田真茂留(Yamada Mamoru)
早稲田大学文学学術院・文化構想学部教授。東京外語大学外国語学部助教授、立教大学社会学部助教授などを経て現職。専門は社会学。「集合的アイデンティティ」や「組織」、「集団」などの幅広いテーマで精力的に研究・執筆活動を展開する。著書に『集団と組織の社会学――集合的アイデンティティのダイナミクス』(世界思想社)、『非日常性の社会学』(学文社)など多数。

坂本 崇博(Sakamoto Takahiro)
コクヨ株式会社 ファニチャー事業本部/ワークスタイルイノベーション部/ワークスタイルコンサルタント/働き方改革PJアドバイザー/一般健康管理指導員
2001年コクヨ入社。資料作成や文書管理、アウトソーシング、会議改革など数々の働き方改革ソリューションの立ち上げ、事業化に参画。残業削減、ダイバーシティ、イノベーション、健康経営といったテーマで、企業や自治体を対象に働き方改革の制度・仕組みづくり、意識改革・スキルアップ研修などをサポートするコンサルタント。