組織の力

2025.02.26

横浜インターナショナルスクールが体現する学びの形〈後編〉

キャンパス全体を使って探求型学習を実践する

日本初のインターナショナルスクールとして知られ、2024に創立100周年を迎えた横浜インターナショナルスクール(以下、YIS)。YISではユニークな探求型学習を実践するために、空間づくりや家具のセレクトなどに工夫し、自ら考え、主体的に学ぶ児童・生徒の意欲をバックアップしている。同校の探求型学習を実現するための環境構築について、同校教務責任者のスージー・クリフォードさんと、施設・法務担当マネージャーの渡辺明美さんに、お話を伺った。

自ら学びを進める探求型学習で
知識の活用方法を体得

――御校では、子どもたちはどんなカリキュラムで学んでいるのですか?


クリフォード:本校の学び方は、探求型の学習(学び手自身が問題を設定し、情報収集や分析、グループでの話し合いなどを行いながら問題解決に向けて進める学習スタイル)が基本です。教師がテーマを提示し、児童・生徒はそのテーマをベースに自分の興味・関心にしたがってリサーチやアウトプットを行います。



1_org_189_01.JPG 左から)教務責任者のスージー・クリフォードさん、施設・法務担当マネージャーの渡辺明美さん


――先生方は、児童・生徒の学びにどのように関わっていらっしゃるのですか?


クリフォード:教師は子どもの意見や要望をこまめに聞き、「どんなことを知りたいの?」「これからリサーチをどんなふうに進めていきたい?」と問いかけながら、子ども主体の学びをサポートしていきます。

渡辺:例えば日本でいう社会の授業では、「差別について知ろう」といった大きなテーマを教師が設定し、ベースとなる概略の知識を授業で解説します。それを受けて子どもたちは、「世界にはどのような差別があるのか」「その差別によってどんな事件や紛争が起こっているのか」などとインターネットや書籍で調べ、その成果をクラスで発表したり、レポートにまとめたりして学習を進めていきます。



1_org_189_02.jpg 小学校では同じ先生が全教科の授業を行い、児童に探求活動を促す


――日本では小・中・高とも、子どもたちが教師の説明を聴いて知識を吸収するタイプの授業がまだまだ一般的です。なぜYISでは、探求型学習のスタイルを採用していらっしゃるのですか?


クリフォード:子どもは多くの知識をすばやく吸収しますが、重要なのは「その知識を使って、世界をよりよくしていくために自分がどんな行動を起こすか」ではないでしょうか。ですから私たちは、子どもが自分自身で考える機会を増やすために、自ら調べ、分析してクラスで共有する探求型の学びを基本としているのです。



1_org_189_03.JPG 探求活動のための書籍やインターネットの活用ガイダンスもよく行われている



好きな家具を選び、自分にとって
快適な学びの環境を整える

――YISの授業風景を拝見すると、子どもたちは高さも質感もバラバラのイスやソファ、スツールなどを使って学んでいます。日本の学校では、全員が同じ家具を使うケースが多く、YISの教室とは大きく異なっています。なぜこのような環境を整えていらっしゃるのですか?


クリフォード:複数のタイプの家具を揃えているのは、児童・生徒に自分の好きな学びの環境を選んでもらいたいからです。例えばイスひとつにしても、どんなタイプのイスを心地よいと感じるかは人それぞれです。それを大人である私たちが一律に決めてしまえば、子どもたちは選択権をなくすだけでなく、自分で考えることをやめてしまいますよね。
そこで私たちは、子どもたちに「自分はどんな環境なら学びやすいか」を考え、複数の選択肢の中からチョイスしてもらうことにしています。じっとしているより動きながらの方が集中力を発揮できる子どももいるので、座面が安定しないイスも置いてあります。その子が心地よいと感じるなら、床に座って授業に参加するのも大歓迎です。重要なのは「みんなと同じように静かに座っていること」ではなく、「学びに向かっているかどうか」ではないでしょうか。



1_org_189_04.JPG 教室と廊下はガラスで仕切られているだけなので、開かれた雰囲気で授業が行われている。児童・生徒は好きな家具を選んだり床に座ったりして、自由なスタイルで授業に参加

渡辺:子どもたちが集まってグループワークを行う場合は、イスや机を自由に動かして使うことができます。教室にある家具を、廊下にあるものと入れ替えて使うこともできます。教室内だけでなく、廊下やラウンジはもちろん、屋外のベンチ、図書館の本棚の隙間なども含めて、キャンパスのあらゆる空間で学ぶことが可能なのです。



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  • 1_org_189_05.JPG 探求活動の中でリサーチをするときは、図書館でも廊下でも、友達と一緒でもひとりでも、キャンパス全体を活用して学びに集中



    教室は「児童・生徒が学ぶための場所」

    ――御校では、キャンパス全体を「児童・生徒が学ぶための空間」ととらえ、"子どもファースト"を貫いている印象を受けます。子ども主体のキャンパスを維持するためにどんな取り組みをなさっていますか?


    クリフォード:確かに、「子どもが教職員の都合に合わせる」といったことはなく、あくまで主体は子どもたちだと考えています。
    例えば本校には、教職員のためだけのスペースはほとんどありません。多くの教職員にはそれぞれ教室が1室ずつ割り当てられており、そこに教材や教具を置き、授業や事務作業をしています。その教室に生徒たちが入れ替わりで訪れ、授業を受けるスタイルです。でも教室はあくまで子どもたちのためのスペースであって、教職員が私物を置いて使うことはできません。



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    左)各教室には、教科に関連する資料や教材がしつらえてあり、空間としても子どもの学びをサポートする
    右)幼稚園年長クラスの教室では、児童が落ち着いて過ごせるようあえて照明を暗めにするなど、学齢層ごとに環境の工夫も


    渡辺:そもそも、教務に必要なデータはほぼデジタル化されているので、先生方の私物はあまり増えないはずです。保管している書類は、薄いラックに収まるぐらいの分量ですね。

    クリフォード:それに、教室はあくまで児童・生徒が学ぶための場所であって、教職員のためのプライベート空間ではありません。もちろん教科ごとに必要な備品を揃えてあったり、児童・生徒が提出したアート作品を掲示したりと、教室ごとに個性はありますが、教職員が自分好みにしつらえる、といったことはありません。また、私物を教室にたくさん置いている先生には、「子どもたちのスペースを浸食しないでください」とお願いしています。



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    美術室には3Dプリンターや各種工具など、子どもが自らの発想を具現化するための設備が豊富


    クリフォード:私たちはこれからも、「子どもが探究心を育みながら自主性を持って楽しく学び、成長していく場」というスタンスを大切に、YISの空間を常に見直しブラッシュアップしていきたいと考えています。このキャンパスから、自立心や問題意識を持ったたくさんの生徒が世界へ巣立っていくことを願っています。




横浜インターナショナルスクール

1924年、神奈川県横浜市で開校した日本初のインターナショナルスクール。2022年に移転し、Early Learning CenterElementary SchoolMiddle SchoolHigh Schoolがワンキャンパスに集結。すべての授業が英語で実施し、国際バカロレアプログラムに沿った学びを提供。3歳から18歳までの児童・生徒800人超が在籍して学ぶ。

文/横堀夏代 撮影/高永三津子