仕事のプロ

2017.10.25

自分と未来は自分の手で変えることができる

女性IT起業家ヒストリー4:過去と現在と未来

80年代に群馬県で女性SEとして起業し、現在ソフトウェアやシステムの開発のほか、ネットワークやセキュリティー設計・構築までを手がける株式会社OPENERで代表取締役会長を務める六本木佳代子さんへのロングインタビュー。4人の子どもを育てながら30年以上第一線で働き続けてきた彼女の半生を「仕事と“天職”」「子育てとの両立」「リーダー論」「ワーキングマザーへのメッセージ」というテーマに分けて4回シリーズでお届け。最終回となる今回は、ワーキングマザーとして激動の半生を乗り越えてきた六本木さんに、子育てをしながら働く女性へのメッセージをいただいた。

情報が多いぶん
今のワーキングマザーは大変
「今の働くお母さんは、私が子育てをしていた頃よりなんだかとても大変そうで、見ていると胸が締めつけられる気がします」

六本木さんがIT企業経営と4人の子育てに奮闘していたのは1980~1990年代にかけて。その時代に比べると近年は、育児休業制度の内容を見直す企業が増えたり、まだまだ不足しているとはいえ保育園が増設されたりと、働きながらの子育てをバックアップする環境が整ってきている。メディアでも多様なワーキングマザーの事例が紹介され、ロールモデルを見つけやすくなっているのも事実だ。しかし六本木さんは、だからこそ悩みも増えるのではないか、と指摘する。

「『仕事と育児をこんなに生き生きと両立する女性がいるのに自分は疲れきってしまって情けない』とか、『働きながら子育てをする環境が整っているのだから、何がなんでもワーク・ライフ・バランスを守らなければ』とか...。メディアに登場するキラキラしたワーキングマザーと自分を比較したり、新しく登場したスタイリッシュな言葉に縛られたりと、ひと昔前とは違う苦しみに追いつめられている女性によく出会います。子育てに100パーセント自信を持っている女性はいませんから、さまざまな情報に心が揺れ動いてしまいますよね」

六本木さんが今のワーキングマザーに共感できるのは、「自分も自信のない母親だったから」だという。「いい母親になりたい」という気持ちは強いのに、こどもの気持ちに気づいてあげられなかったり、仕事を優先しなければならず一緒に過ごす時間をつくれなかったり、自己嫌悪を感じることばかりだった。でも、ふと立ち止まって「いい母親ってなんだろう?」と考えたときに、気づいたことがあるという。
仕事をしているからこそ
俯瞰しながら子育てができる
「とてもあたりまえですが、母親にとって一番大切なのは、こどもに対して愛情を持っていることじゃないか、と思ったんです。つまり、必ずしも万能である必要はないんじゃないかと。できないことがあったら、こどもに『ごめんね、ママ、できなかった』と素直に伝えて、いっしょに努力していけばいい。そう考えたら、スーッと気が楽になったのを覚えています。親としての経験はこどもの年齢分しかないわけですから、たとえばこどもが5歳なら、親年齢も5歳。できないことがあっても未熟でも当然なんだ! こどもといっしょに成長していけばいいんだ! そんな視点を少しでも持って、明るい気持ちで子育てを楽しんでもらいたいです。それに、仕事をしているからこそ、その経験が子育てに活きる場面もありますし」

仕事の経験から得られる強みとは、「俯瞰する力」だという。働くうえでは、どのような業界でも、関わっている仕事全体を俯瞰してやるべきことを冷静に判断することが求められる。このような視点を持つことが子育てにも役立つというのだ。

「子育てをしていると、こどもかわいさのあまり感情的になって、冷静さを忘れる瞬間が多々ありますよね。私も子育て初期には、ワーッと感情にまかせて叱ってしまったり、使う言葉を間違えたりして後悔する繰り返しでした。それでもある時点で、『子育ての目的はきちんとした社会人を育てること』と考えるようになってからは、こどもが予想外のことをしでかしても冷静さを保てるようになりました」

この冷静さが特に力を発揮したのは、こどもたちが進路選択をする場面だった。

「きちんとした社会人を育てる、という観点で考えたときに、人生の大事な選択は自分でできるようになってもらいたかった。ですから、口を出したくなるときもあったけれど、『相談には乗るけど最終決定するのはあなただよ』という態度を貫きました。こどもたちも、紆余曲折いろいろあったけれど、今は自信を持ってそれぞれの道を歩いています」
一歩階段を上らなければ
わからない景色もある
六本木さんは近年、ワーキングマザーと接する中で気になっていることがもう一つあるという。

「優秀な女性にチャレンジを促しても、『私は今のままでいいんです』と答える人が多くて、もったいないな、と感じます」

なぜ現状維持を望むのか。六本木さんは「怖いからではないでしょうか」と分析する。

「世の中の動きがどんどん速くなり、求められるレベルがどんどん高くなっていくビジネスの世界に身を置くのは、火傷した手を日光にさらし続けるようなものかもしれません。ましてワーキングマザーは、子育ても忙しく、毎日を必死に生きています。きつい毎日の中で自己肯定感や自信がすり減ってしまい、『これ以上はできない...』と感じてしまうのも、無理はないでしょう」

それでも六本木さんは、チャンスがあるなら一歩踏み出してみてほしい、と訴える。

「自分の価値観を誰にでも押しつけよう、と思っているわけではありません。でも、階段を一つ上がってみないとわからない景色があるのは確かです。一歩踏み出すことで、新しい見方や感性、知識を得て、自分の中の新しい扉を開くことができるのです。少しだけ、勇気を持ってみませんか」

グループ会社のトラブルに巻き込まれるという大きな窮地から這い上がった経験をもつ六本木さん。そんな彼女の「勇気を出して一歩踏み出そう」という激励は、紆余曲折を乗り越えてきた人だけが持つ重みを備えて迫ってくる。

「私の好きな言葉の一つに、豊田佐吉さん(トヨタ自動車の前身である豊田自動織機製作所の創業者)の『障子を開けてごらん、外は広いよ』という言葉があります。やってみなければわからないことがある、ということですね。新しいチャレンジは苦しみを伴うことも多々あるけれど、仕事を通じて魂を鍛え上げるのは、人生の醍醐味ではないでしょうか」

がむしゃらな働きぶりでITの黎明期に立ち合い、たった一人で起業した行動力。経営と子育てに真摯に取り組むエネルギー。どんなときも社員やこどもを第一に考える責任感と優しさ。六本木さんの生き方は、枠にとらわれないことの厳しさと楽しさを私たちに教えてくれる。

六本木佳代子

群馬県生まれ。情報処理工学を学び、卒業後はSEとして勤務。退社後はフリーランスとして活躍後、株式会社ジー・エム・ケー、株式会社ジーニアスエンタープライジング、株式会社OPENERを設立。現在はOPENERの代表取締役会長。盛和塾にて稲盛和夫氏に学んだ人間学の知識や、10年以上にわたるシンガポール居住経験を生かし、枠にとらわれない経営を実践する。著書に、自社社員への「今日の言葉メール」をまとめた『ハート・オブ・マム――無償の愛が人を育む』がある。

文/横堀夏代 撮影/ヤマグチイッキ