仕事のプロ
2020.06.08
渋滞学・無駄学から見るダイバーシティ〈前編〉
東京大学先端科学技術研究センターの西成活裕教授が研究するのが「渋滞学」。渋滞というと、車の渋滞が一番に思い浮かぶが、西成教授の研究対象は車の渋滞から始まって、人の渋滞、仕事の渋滞・無駄へと派生し、その科学的なアプローチは企業や組織の生産性向上や働き方改革を考えるうえでも非常に有効なものとなっている。そこで、渋滞はなぜ起こるのかというメカニズムから、渋滞を起こさない方法、さらに、企業や組織がめざすべき組織運営や働き方、ダイバーシティの可能性などについて、西成教授に解説していただいた。
ゆとりは無駄か、無駄ではないか...?
大事なのは「3P」を共有し無駄を定義すること
企業や組織においては、徹底的に無駄を省き効率化を進めることが、一般的には良しとされてきた。ここで問題になるのが、ゆとりは無駄なのか否か、ということだ。「ゆとり=無駄」と感じがちだが、「そう感じてしまうのは、"無駄"を定義していないから」と西成教授は言う。
200年以上続く老舗企業の社長から主婦までさまざまな人の意見を聞き、500あまりの事例を分析した結果、西成教授は「無駄を定義づけるには3つの要素が必要である」という結論に至った。その3つとは、「目的(Purpose)・期間(Period)・立場(Position)」だ。いずれもPから始まるため、「3P」と呼んでいる。
「この3つを定めないことには、それが無駄かどうかは決まりません。例えば、世の中には無駄はないという人と、世の中は無駄だらけだという人では、期間設定が異なります。前者は100年、200年のスパンで見ているでしょうし、後者は短期的な視点で話しているはずです。目的や立場も同じです。目的によって今やっていることが無駄かどうかは変わってきますし、顧客、従業員、株主など、誰にとって無駄かという視点でも変わってきます。そして、組織内の対立の根本は、ここにあります。それぞれが異なる3Pで見ているために、無駄かどうかの判定が変わってくるのです」
「私は20社あまりの企業の業務改善コンサルティングにも携わってきましたが、この3つが共有されていない企業は、前提としての無駄の概念が揃わないため、業務改善や働き方改革もうまくいきません」
3Pで定義すれば仕事の無駄が判断できる
目的(Purpose)・期間(Period)・立場(Position)
企業・組織に求められるのは、
長期的には利益につながる「科学的ゆとり」
3Pの視点をもつと、ゆとりが無駄かどうかの議論ができるようになる。例えば、先のバケツリレーだと、目先だけ見ると3割のゆとりは無駄に見えるが、タンクを満タンにするという最終的なゴール(目的)を考えると、3割のゆとりは無駄ではないばかりか「最速で満タンにする」という利益を生み出す。このように、短期では損(無駄)に見えるが長期では利益につながることが科学的に証明できるものや在り方を、西成教授は「科学的ゆとり」と呼ぶ。
目的に適った無駄は、科学的根拠のある有益な無駄=科学的ゆとり
「つまり、損をして得を取る、という考え方です。残念ながら昨今は多くの企業が短期的な視点で無駄かどうかを判定しており、長期で考えたときに役立つものを切り捨ててしまっています」
「例えば、ある企業は常に100%で工場を稼働していましたが、稼働率100%ですからメンテナンスをする時間がありません。少し稼働率を下げてでもメンテナンスをした方が機械も人も長持ちするはずですが、その時間も無駄だと考えて生産に当てていました。その結果、会社はダメになってしまいました。このように、プラスを狙いすぎて無理がたたり、結果的にマイナスになってしまったという例はたくさんあります」
「これを組織に置き換えて考えてみましょう。仕事の負荷を0~100%で表し、100%はオーバーワークで倒れてしまう状態だとします。例えば4人の組織で4人ともが100%に近い負荷で働いていたら、これは仕事の渋滞判定ライン(危険ライン)を超えている危険な状態です。この状態で突然誰かが病気で倒れた場合、残り3人の負荷が増え、その3人もオーバーワークで倒れるリスクがある、すなわち組織が維持できない状態になるのです。もし、70%程度の負荷で仕事をしていれば、こうした突発的な事態にも"ゆとり"の分で対応できるので、組織が存続できるのです」
「私がリサーチした企業でも200年以上続いているような老舗企業では、みなこの"ゆとり"を取っています。短期で効率化をめざすのではなく、"ゆとり"によって長期存続できているのです。もちろん、ゆとりの取りすぎはダメです。業種・業界によっても違うと思いますが、わたしの調査ではおおむね7~8割のゆとりが仕事の効率化に最も有効とう結果が出ています」
7~8割のゆとりが仕事の効率化に最も有効
「また、科学的ゆとりのユニークな実践事例として、昼食の後に全従業員が20分間寝ることにした結果、午後の仕事の生産性が上がって残業が減った、というのもあります。これは、食後は胃腸に血液がいくため脳に血が巡らず仕事の生産性が落ちる、短い睡眠により脳の疲れがとれる、などの科学的根拠に基づいた"科学的ゆとり"であり、20分無駄にしているように見えて、結果的には得をしたわけです」
「目先の損得に振り回されず、長いスパンで考えて戦略的に"科学的ゆとり"をもつ。これが今、企業・組織に求められることだと考えています」
後編では、渋滞学・無駄学の観点から、アフターコロナの時代に企業や組織がめざすべき方向性やダイバーシティの可能性について考える。