仕事のプロ
人と人をつなぐ新しいアプローチ・NVC(非暴力コミュニケーション)〈後編〉
対立や葛藤を封印する必要はない
「正誤の押しつけ」ではなく「互いをいかしあう視点」によって人と人とをつなぐコミュニケーション手法「NVC(Nonviolent Communication:非暴力コミュニケーション)」は、1970年代にマーシャル・B・ローゼンバーク氏によって確立され、現在では世界各国で実践されている。アメリカに本部を置くCNVC (Center for Nonviolent Communication)認定トレーナーとして活動する今井麻希子さんに、NVCのエッセンスを活かしたコミュニケーションや、ビジネスシーンにNVCを採り入れるポイントについて聞いた。
相手と同じ意見を持たなくても 「共感」はできる
NVCでは、コミュニケーションを取る相手に共感することが重視される。しかし、ここでいう「共感」とは、必ずしも相手と同じ意見をもつことではない、と今井さんは説明する。例えば相手から不愉快に思える言葉をかけられても、「この人にも大切にしたいことがあるから、こういう言葉が出てくるんだろう」と受け止め、「この人の中に息づいているものは何だろう?」と好奇心を持ち、相手の体験に寄り添うことがNVCの提唱する「共感」なのだという。 「イメージとしては、気づきと共に寄り添う感じでしょうか。いったんは相手の言葉に反応して感情的になっても、その人にも大切にしたい何かがあることに思い至れば、相手のニーズに耳を傾け、いったんこじれかけたコミュニケーションを修復する余裕が出てきます」
組織・チーム内で不安を共有することで 大切なものに気づける
NVCを採り入れることで、組織内のコミュニケーションをよりよいものにしていくことも可能だという。特に今井さんは近年、「より一層NVCのアプローチが求められている」と感じているという。 「多様な価値観を持つ人の存在する、不確実性の高い時代だからこそ、『この言葉は相手に本当に響いているのか?』と悩んだり、『心がザワザワしているのはよくない。凜としなければ』と自分を責めたりする人も多いように感じます。しかし、不安からくる扱いにくい気持ちの中にも、重要なニーズが含まれているはずです。ネガティブな感情は必ずしも悪いものではなく、その奧に大切なもの(ニーズ)があるからこそ起こるのです。 抱いているありのままの感情をニーズに翻訳し、『これを大切に思うから』という観点から、手段・方法に固執せずに組織やチーム内で共有する力を身につけることができれば、より多くの価値を共有していくことができるでしょう。 『どうしたら本当に伝えたいことを伝え、受け止めあえるようになるのか』を知ることで、不安も含めて安心してコミュニケーションをとることができるようになります。そうすることで、メンバー1人ひとりが心理的安全性を感じられる関係を共に育んでいけるのです」 不安や対立・葛藤を「よくないもの」として捉えるのではなく、「大切なもの」として認識できれば、メンバーのあらゆる反応を「重要なことに気づくためのリソース」として活用できるだろう。
対立・葛藤が組織をよりよくする きっかけになり得る
ただ、NVCの考え方を組織に採り入れるといっても、「メンバー全体がNVCを学んでいなければ、機能しないのではないか」と案じる人もいるだろう。しかし今井さんによれば、「全員が学んでいなくても、NVCを活かしたコミュニケーションは可能」とのこと。「対立・葛藤が起こること自体は自然なこと。それを活かしてメンバーの関係性をよりよくしていける」という認識をもっていれば、よりよい対話ができる可能性は大きいという。 「例えばメンバー間でぶつかり合いが起こっているとき、両メンバーの感情を受け止め、『どのようなニーズを持っているのか』に翻訳していくことで、調停役となってメンバー同士の心を橋渡しすることもできます。このように、誰にでもリーダーシップを発揮し、場に貢献することができるのです」 ローゼンバーグ氏は生前、NVCの手法でさまざまな調停を手がけ、意見の対立する個人や団体同士を和解に導いている。例えばナイジェリア北部で激しく対立する2つの部族を調停したとき、ローゼンバーグ氏は両方の族長から怒りの根底にある本当の気持ちやニーズを粘り強く引き出し、「あなたは安全を必要としている。問題が何であれ、非暴力的に解決できることを願っている。そういうことですか?」といった感じで整理・確認しながら、双方の真のニーズで折り合う部分を探していく。その結果、時間はかかったが2つの部族は対立の解決に向けて歩み寄りを始めたという。 「相手の意見を変えようとするのではなく、『この人が本当に言いたいことはなんだろう?』と感じ取ろうとするうちに、その人のニーズが身体でわかるようなときがあります。そのニーズを言葉にして確認すると、相手は『私が言いたかったのはそういうこと』と心を開いてくれることが多いように思います。『自分のニーズを受け止めてもらえた』と感じることで、心にスペース(ゆとり)が生まれ、落ち着きや安心につながっていくのです」
組織・チームのカルチャーを考慮して 心理的安全性を育むNVCの息づくコミュニケーションを
また、その組織やチームのカルチャーを考慮しながらNVCを浸透させていくことも大切だという。例えば、多くの組織やチームではネガティブな感情は封印される傾向が強く、その中で「ありのままの感情を見せましょう」と言われても、戸惑う人が多いだろう。 今井さんは企業研修などでNVCを展開するにあたっては、考え方や手法をひと通り説明したうえで「そうはいっても急には難しいですよね」と相手側が抱くであろう不安をいったん受け止め、その場に漂うニーズを声にすることで、安心して対話ができる土壌をつくるよう心がけているという。 「組織内で責任ある立場の人になるほど、自分の感情をそのまま見せることに抵抗を感じる場合も多々あるでしょう。また、『何でも言い合える場』という建前でも、実際には本音を話しにくい雰囲気に支配されている場合もあります。誰かを責めることなく、実際に起きていることを明らかにしたうえで対話を持てれば、互いに対して想像力をふくらませながら、より率直なコミュニケーションができるようになります」 合気道の稽古に通っている今井さんは、「NVCは合気道に通じるものがある」と感じることが多いという。 「合気道は"闘わない武道"と言われています。相手の力を尊重しながら調和の中で技をかけるので、強弱を競う必要がないためです。NVCは、自分の軸(ニーズ)を意識して立つことによって、怒りなど相手の強い感情もやわらかく受け止め、相手の軸に向きあいながら対話を重ねる姿勢を取ります。すると攻撃や抵抗の力が自然と鎮まり、自分自身も楽になれるのです。この力の使い方は自分自身に対しても同じで、過剰反応している自分に気づいたとき『そう思う自分もいるよね』と受けとめることで、こわばっていた心がふっとほどけるのです」 「NVCを実践しなければ」と強いて考える必要はないが、観察・感情・ニーズ・リクエストというプロセスを心のどこかで意識しておくだけでも、自分や相手とのコミュニケーションは少しずつでも変わっていくはずだ。
今井 麻希子
CNVC認定トレーナー、コーチ、ファシリテーター。一般社団法人日本NVC研究所代表理事。企業勤務を経て2009年株式会社yukikazetを設立。現在はNVCの精神性をベースに、個人や組織を対象としたコーチング、リーダーシップ開発や、チームビルディング、組織開発などのサービスを提供。共訳書に『「わかりあえない」を越える 目の前のつながりから、共に未来をつくるコミュニケーション・NVC』(海士の風)がある。