仕事のプロ
組織の成果を決める"見えない力"とは?〈後編)
組織心理学から見るアフターコロナのあるべきコミュニケーション

リアルとオンラインが混在し、アフターコロナのコミュニケーションのあり方を模索する組織において、チームの関係性を高めるためにこれからのオフィスという「場」はどうあるべきか。物理的な距離を超えて組織の一体感を生み出すことは可能なのか。引き続き、立命館大学スポーツ健康科学部の山浦一保教授にお話しを伺っていく。
リアルとオンラインの最適解を考える
――アフターコロナではオフィス回帰の動きが強くなっているように感じます。やはりリアルでコミュニケーションを取らないと資源の交換ができなくなるものでしょうか。
心理学では、物理的距離と心理的距離は比例関係にあると考えます。週に2,3日のテレワークで会わなくなるとチームワークが低下するという海外の研究結果もありますので、完全に会わない状態で関係性を維持するのは難しいようです。 一方ベルギーの大学で行われた実験によると、最大週2日テレワークを選択できるグループのほうが、1日も許可されなかったグループに比べてワーカーのストレスレベルは低いという傾向が見られました。また、テレワークグループのワーカーは出社した日と比較して、テレワークの日のほうがパフォーマンスが高いという結果も見られました。これは、時々違う環境で仕事をすることや環境の違いを感じ取れることが、ワーカーの心と活動のバランスをほどよく保つことにつながることを示唆しています。 オンラインでの会話が関係性の構築にどういった影響するのかはまだ研究途中ですが、画面をオフにしたまま会議中に一度も顔を出さないような状態が続くと、関係性に影響が出るでしょう。 一方、画面越しとはいえ、人と目線を合わせ続けるのはストレスを感じますし、自分の顔が画面に映り続けることもメンタルにネガティブな影響があると考えます。基本的には、まったく顔を見ないよりは出社して顔を合わせた時には声をかけあうなどしたほうが人間関係においては良いはずです。出社してリアルに会う日とテレワークで画面越しにやり取りする日の両方あると、新鮮味が感じられ、その距離感だからできる話題が生まれるなど、メリハリも出ますよね。 マネジメントの語源は、「いかに手を尽くすか」です。環境変化のなかで、自分たちのチームにとってどういう働き方や関わり方がベストなのか、最適解と解決策を見つけるためにみんなで手を尽くすことが、より大切なのではないでしょうか。
関係性があれば物理的な距離があっても マネジメントは機能する
――上司と部下の物理的距離は、マネジメントに影響するのでしょうか?
業務中は物理的に離れた距離で仕事をしていても、上司と部下の間に関係性が構築できていれば、上司の熱が伝わり、影響を受けることもわかっています。
あるバス会社で、上司にトレーニングを実施し、その内容の部下への浸透度合いを調べました。すると普段から部下に対して伝わるコミュニケーションが取れている上司の場合、部下である運転手とは朝の点呼以外は物理的に離れているにも関わらず、上司が受けたトレーニング内容がしっかりと浸透していることがわかったのです。結果、そのグループは事故率を下げることに成功しました。
物理的に離れていてもマネジメントを機能させるためには、やはり経済的資源と情緒的資源の両軸の交換が必要となります。
職場は人間関係づくりの場ではなく、顧客ニーズに応えて課題を解決するための場です。そのため、仕事の「目的」や「目標」を共有し、計画を立案して明確な指示を出し、必要なサポートを提供するなどの経済的資源の交換は当然必要です。
しかし、それだけでは殺伐とします。ちょっとしたことを褒めたり、認めたりする言葉かけを心掛け、また、それに気軽に返せる雰囲気をつくるなど、情緒的資源の交換もやはり重要なのです。目を見て「おはよう」や「おつかれさま」と声をかけるだけで、救われるような気持ちになる人もいるはずです。
この両軸での資源の交換をやればやるほど、物理的距離が離れていても影響力は染みついていくもの。部下一人ひとりが「自分は大切に思われている」と実感できる瞬間をつくることが、結果的に危機管理にもつながるのです。
内と外の分断を生まないために 環境づくりとコミュニケーションを工夫する
――マネジメントがうまく機能するチーム作りのために、オフィスのあり方で何か工夫できることはありますか?
職場の人間関係をよりよく保つためのオフィスのあり方として、「選択できること」と「分断しないこと」がポイントになります。 チームのメンバーと同じ空間で仕事をすることで、自然と情報が入ってきたり資源を交換し合えるほうがいい時もあれば、1人で集中したい時もあります。ベースはチームでゆるやかに繋がりながら、必要に応じて1人になれる選択肢も用意されているほうが望ましいでしょう。あまりに距離が近すぎると息苦しく感じることもあるので、逃げ場があるほうがストレスを軽減しやすくなります。 また、気分や作業内容に合わせて、机や椅子のサイズや高さ、部屋の壁や家具の色味なども選べると、より効果的でしょう。 一人ひとりがモチベーションや状況に凸凹はあるものなので、それに合わせて働く場所を選ぶことができること、さらに「今は集中したいみたいだから、話しかけずにそっとしておこう」など、相手の凸凹をくみ取って、配慮し合える関係性があるのが理想的です。 そのためにも、物理的な境界はなるべくつくらないほうがよいですね。壁で隔てる、「島」に分かれているなど、物理的な境界をつくった時点で、「内」と「外」の分断が生まれやすくなります。会議室の壁を半透明にする、なるべくオープンな空間にするなど、ゆるやかでもつながりを感じられるレイアウトがいいと思います。
――内集団と外集団に分断させないことが重要なのですね。オフィスのつくり方以外で、工夫できることはあるのでしょうか。
チームメンバーが「内集団」(身内)だと感じているかどうかは、なにげなく使う言葉にも表れます。「私たちのチーム」「うちの部」など、「We」表現を使っていれば身内だと感じているということなので、新しくチームに入ったメンバーがどんな表現を使っているのか、意識して聞いてみてください。逆に、そうした表現を通して感じている距離感は伝わるものなので、言葉のうえでも「内」と「外」といった壁をつくらないように意識することが重要です。私自身、新しく入ってきた学生が「私たちの研究室」と言い始めたら、研究室の一員だと意識し始めたということなので、どんな表現を使っているか注意深く聞くようにしています。 組織内のそれぞれが「身内」だと感じることができ、人間関係が構築できていれば「この人の言うことだから」と耳を傾けようと思うはずですし、「こういう目標を本気で達成したい!」といった熱い思いなども伝わり、目標達成に向けて一緒に頑張ってくれるはずです。
――アフターコロナの今、コミュニケーションのあり方は今後さらに変化していくのでしょうか?
生成AIが発達し、チャットボットとのコミュニケーションも一般化しつつあります。人と話すことができない状況にある人の孤独解消など、人間とは違う新しい価値や色が出せる可能性もあります。今後は機械と人間それぞれの特性に応じてコミュニケーション方法を使い分けるようになっていくかもしれません。 そうした時代に、人間同士でしかできない「資源の交換」とは何か、人間同士のコミュニケーションにしか出せない価値とは何かといった研究は、これから進められていくでしょう。個人的には、情緒的な部分はやはり人間ならではのものがあると感じていますが、AIもなかなか情緒的に会話できるようになってきているので、本当に根幹の部分で必要なものは何なのか、ぜひ解明していきたいですね。

山浦一保(Kazuho Yamaura)
2010年より立命館大学スポーツ健康科学部准教授、2016年より現職。専門は産業・組織心理学、社会心理学。長年にわたって企業やスポーツチームにおける「リーダーシップ」と「人間関係構築」に関する心理学研究に従事。著書に『武器としての組織心理学』(ダイヤモンド社)、『チームが変わり生産性が劇的に上がる!心理的安全性の築き方見るだけノート』(宝島社)ほか。