仕事のプロ

2024.07.16

一人の限界を超えるビジネススキル〈前編〉

「相談」で未経験のハンディを突破する

丸亀製麺の海外進出や淡路島の新たな人気エリアの開発から、官公庁の新規事業、大阪・関西万博2025などまで、多種多様なプロジェクトを手がける事業開発・事業戦略立案の専門家、山中哲男氏。近著『相談する力 一人の限界を超えるビジネススキル』(海士の風)では、未経験の領域・分野であっても大きな成果を出し続ける秘訣を、平易な言葉で綴っている。山中氏が推す「相談」の価値や具体的な実践方法について、伺った。

対話的・主体的な「相談」こそが、
物事を前進させるビジネススキル

これまで、宿泊、飲食、地方創生、観光、医療、不動産、ヘルスケア、物流、教育、エネルギー、メディア業界と、多岐にわたる領域で、プロジェクトマネージャーとして事業開発を手がけてきた山中氏。「良いアウトプットを生み出せてきたのは、ひとえに、いろんな人に相談してきたから」と言う。

「未経験の案件や領域など、自分にとって初めてのことにトライするときは、誰だってどう踏み出したらいいかわからないもの。そんなときに、自分一人だけでなんとかしようとせず、相談という手法を使うことで、行き詰まりを突破することができます。なぜなら、相談することによって、周りの人たちの視点や経験に基づく情報をもらえるから。そして、自分の思いやビジョンに共感してくれた人に、応援者になってもらえるから。今、国内には、どうやって前に進めればよいかがわからず頓挫しているプロジェクトが山ほどあります。そうした事業に携わる人たちに、物事を前に進めるためのヒントを提供したいと考え、『相談する力 一人の限界を超えるビジネススキル』の執筆に至りました」

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書籍紹介

『相談する力――一人の限界を超えるビジネススキル』山中哲男著
(海士の風/英治出版)


書影画像(帯つき).jpg 本書では人生の可能性を拓き、成果を出してきた最大のスキルを「相談」と位置づけ、一般的な"報連相"の概念を覆す「相談」の在り方を伝える。「なぜ相談するのか?」から始まり、「誰に」「いつ」「どのように」とフェーズ毎に分かりやすく解説。これまで誰も教えて来なかった「相談」について具体的かつ丁寧に書かれていることもあり、30以上のメディアから問い合わせがあるなど注目を集めている。
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山中氏が推す、プロジェクトを進めるためのビジネススキルとしての「相談」は、いわゆる「報・連・相」からイメージする「相談」とは異なり、より対話的で主体的なものだ。自分の思い込みを外すためのスキルであり、相談者との間に共感を生むことを通してヨコの関係を構築し、ネクストアクション(to do)を見つけることをゴールとする。詳細は著書『相談する力 一人の限界を超えるビジネススキル』に譲るが、ここでは山中氏の実践を通して「相談」の持つ価値やその手法を紹介していきたい。




相談することで解像度が上がり、
ネクストアクションが見えてくる

実際、山中氏は、いつ・誰に・どのように「相談」をしているのだろうか。相談にはいくつかのフェーズがあるが、「最初は、聞かないとわからないから、とにかく人に相談する」と言う。わからないこと、知らないことをリサーチする手段としては、インターネット検索や読書が思い浮かぶが、相談で得られるものとリサーチで得られるものとは「手触り感が違う」と言う。

山中氏が例に挙げたのが、自らが手がけた淡路島西海岸のエリア開発プロジェクトだ。レストランや宿泊施設などの観光スポットを続々とオープンさせ、今や関西のホットスポットとして国内外から注目を集めている。

「私が淡路島の街開発のプロジェクトを依頼されたとき、未経験の領域だったため背景知識がなく、イメージがまったく湧きませんでした。インターネットで調べたり書籍を読んだりもしましたが、これらは一方的なインプットで、網羅的な情報は手に入るけれど手触り感が掴みにくい。情報としては理解できたけれど、自分事化できていない状態です。次に私は、街開発や地方創生に取り組む事業者への相談を重ねました。『今度、街開発をやることになったんですが、実際やっていてどんな感じか聞かせてもらえませんか?』といった具合です。相談は、いわば対話的なインプット。その人たちが経験したリアルな情報や課題について話してもらうことで、次第に解像度が上がっていきました」

このとき、相談するなかで出てきたネタの一つが、地方で増えているラグジュアリーホテルだった。事業者から見ると、「収益性が高くビジネスとして固い。実際に利益が出ている」とのことで、課題としては交通やインフラの整備が挙がったという。これを聞いた山中氏は、次の行動に移る。

「そこで、実際に人気がある地方のラグジュアリーホテルを見に行きました。そこの近くの食堂で、地元の人に『すごいラグジュアリーホテルができましたね』と声をかけると、『行ったことない』と。『行ってみたくないですか?』と尋ねたら、『自分たちが行くようなところじゃないしね』と、ホテルの存在に関心がなく、喜んでもいないんですね。さらに、『働くニーズも生まれるんじゃないですか?』と尋ねたら、『あんなすごいところで働けるわけない』と。確かに、ラグジュアリーホテルでは高度人材が求められていて、地元の人材がコアメンバーとして働くというのは現実的には難しい。地元の人に話を聞いたことで、事業者はいいと思っているけど地元の人はそうは思っていないようだ、という現実が見えてきたわけです。これはまさに、自分で得た一次情報です」

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「こうして地元の人に話を聞くのも、相談の一つ」と山中氏。業界に詳しい事業者に相談したことで、全体の解像度が上がり、ラグジュアリーホテルを見に行くというとるべきネクストアクションが見えてくる。さらに地元の人に相談したことで、新しい視点や知り得なかった一次情報が得られる。「これこそが相談の価値。相談を通して得られた知識や情報は咀嚼され、自分の身になっていく。自分の言葉で語れるようになっていく」と言う。




相談、仮説、検証のサイクルで、
ビジネスモデルを構築する

さらに地元の人への「相談」を続けるなかで、ある「仮説」が見えてきたという。

「一方、地元の人に勧められた飲食店に行ってみると、同じように新しくてもカジュアルな雰囲気で、こういうお店のほうが地元の人は喜んでいるんだということが見えてきました。これを紐解くと、『地元の人が行ける、誰かに勧めたくなる、自信を持てるもの・ことが、地域の活力を高める起爆剤になるのではないか』という仮説が立ちます。そして、この仮説のもと他の地域を見て回り、その先々で地域の人や事業者に相談をすることで、仮説を検証していきました」

自分が立てた「仮説」を自分の手で「検証」する。この積み重ねが、根拠をもってビジネスモデルを構築するうえでは不可欠になる。

「仮説を検証したうえで、あらためてクライアントにどういう街開発がしたいのかを問いかけました。すると、ビジネスとして利益は出したいが、短期的な利益ではなく長期的な地域の活性化につながる開発がしたい、とのことでした。であるならば、地元の人が足を運べない、我が事と思えないラグジュアリーなものではなく、地元の人も遊びに行ける、楽しめる、誇りを持てる、そんな場所を作ろうと、ビジネスモデルの方向性が定まりました。相談、仮説、検証を重ねたことで、プロジェクト全体の解像度やリアリティがどんどん高まっていったわけです」

相談で得られるのは、自分が持ち合わせていなかった知識・情報や視点、ネクストアクションにつながる機会にとどまらない。相談することで、相手に応援者になってもらえる可能性もある。そこでカギとなるのが、「共感」だ。後編では、この「共感」を得るにはどうしたらいいのか、具体的にどのようにしてプロジェクトを進めていくのかを伺う。





山中哲男(Yamanaka Tesuo)

1982年兵庫県生まれ。事業開発、事業戦略立案の専門家。2003年に新規事業開発支援、既存事業の戦略立案をハンズオンで支援するインプレス(現:トイトマ)を創業し、代表取締役に就任。米国ハワイ州にて、日本企業に対して海外進出支援、店舗M&A仲介に従事し、丸亀製麺の海外1号店などを支援。19年に地域開発の新たなファイナンススキームを構築し展開するため、NECキャピタルソリューションと共にクラフィットを創業し代表取締役に就任。他にも複数の企業の社外取締役、中央省庁政府の有識者委員・アドバイザー、大阪・関西万博2025事業家支援プロジェクトチームサブリーダーなどを務める。近著に『相談する力 一人の限界を超えるビジネススキル』(海士の風)。

文/笹原風花 撮影/石河正武