仕事のプロ

2024.06.28

「木を伐らない林業」を実践する中川の挑戦〈後編〉

純利益は10%以上出さずに従業員や山主に還元する

和歌山県田辺市を拠点に活動する林業ベンチャー、株式会社中川は、「フレックスタイム制で実働6時間」や「全員の給与明細公開」、「社員の独立支援」といったユニークな制度を実施しており、同時に「純利益を10%以上は出さない」といった創業時からのルールを守っている。ユニークな制度設計の内容や、企業成長を目指さない理由について、同社の創業者である中川雅也氏さんにお話を伺った。

フラットな組織と短期集中の働き方で
従業員のウェルビーイングを実践

――組織づくりで実践していることは?

一言で言えば「フラットな組織」です。私たちの会社では、給料がもっとも高額なのは役員ではなく、山林現場で働く従業員です。その理由はシンプルで、「現場の従業員は一番の稼ぎ頭だから」です。さらに、全員の給与明細を公開しているので、従業員は「どのくらいの作業ができれば、日当がいくら受け取れるのか」を明確に意識して行動できます。給料査定も2か月に1回行っており、従業員の頑張りや成長が給料に反映されやすい仕組みをつくっています。
だからといって、「収入は多いが残業時間も多い」という環境は決してつくりません。そもそも、私自身が家族と過ごす時間を確保したくて起業した会社なので、ウェルビーイングを実現しながら働ける環境づくりには特に力を入れています。従業員も、「自由な時間が欲しい」「家族との時間を大切にしたい」という人しか集まってきません。ちなみに、私は創業者であり経営に携わっていますが、「働きやすい環境」を求める立場でもあるので、役員ではなく従業員のひとりです。


――働きやすさを確保するために実践している取り組みは?

基本はフレックスタイム制の1日6時間勤務で、家族の予定や自分のライフスタイルに合わせて働くことが可能です。また給料は日当制なので、自分の懐具合に合わせて勤務時間を調整できるようにしています。林業の現場では、朝早い時間から作業を始めることが多いため、昼過ぎには仕事を終えて帰宅する従業員が大半ですよ。


――1日6時間の労働で業務が終わるものですか?

実は僕自身も「仕事のやり残しが積み重なっていくのではないか」と少し不安があったので、時期を区切って8時間勤務と6時間勤務の両方を実践し、作業実績をデータ化してどちらが効率がよいかを比較してみました。8時間労働を試したときは、1か月間は従業員の生産性が高かったのですが、2か月目以降になると低下しました。一方、6時間労働では、生産性はずっと同じ水準を維持していました。平均すると成果は同程度だとわかったので、「だったらうちは6時間労働でいこう」と意見がまとまったのです。逆に「6時間で成果を出さなければ」となると、従業員は勤務開始前から1日の段取りを考えるので、集中力を高めて効率的に行動するのはメリットですね。

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起業成長を求めないことで
従業員も関係者も幸せになれる

――企業として成長を続けるために、どんな取り組みを?

実はうちの会社では、創業時から「純利益を10%以上は出さない」というルールを守っています。純利益を上げるよりは、従業員の給料アップや福利厚生充実を実現させたり、山主さんや関係各社に還元していったりした方が、結果的に地域経済も上向くことになりますから。
また、企業成長を目指さないという点で、従業員数も現状の30名程度がマックスだと思っています。それ以上だと、一人ひとりに目が届かないからです。そして、植林ができる人材を増やすために毎年新入社員を採用していますが、そうなるとキャパオーバーになってしまうので、ある程度の経験とスキルを積んだ従業員には独立・起業を奨励しています。もちろん独立を応援する制度もつくっています。


――独立支援の取り組みとしてどんなことを行っているのですか?

従業員が会社を起ち上げるにあたっては、「社内から2人まで連れ出してOK」というヘッドハンティング制度を適用しています。林業経験がある仲間と一緒なら、起業のハードルも下がるはずですから。
すでに、中川から独立・起業した林業ベンチャーは5社以上あります。いずれの会社も「伐らない林業」に取り組んでいるので、同じ志をもつ仲間が全国に増えつつある感覚があり心強いですね。
また、他地域からうちの会社のノウハウを学びに来る人にも、僕たちが蓄積してきたやり方を惜しみなく伝授しています。和歌山県在住の僕たちが他地域で事業を展開するより、その地域で生活している人に中川のやり方を広めてもらった方が、地元で信頼を得やすいのではないでしょうか。


――全国に仲間が増えていくと、どんなメリットがあるのですか?

植林のスキルをもつ林業従事者が、全国どこででも仕事ができる体制が整ってくると期待できます。林業において一番のリスクは、「天候や自然災害に影響されやすいこと」だと思います。例えば、日本海側の地域では、冬季は山林が雪に閉ざされて林業ができません。地震などの災害が起こった場合にも、道路などのインフラ整備には数年かかります。
そんなとき、数か月間だけほかの地域に移住して仕事ができれば、収入が途絶えずに済みます。独立支援策を僕は、林業従事者にとってのBCP(事業継続計画)ととらえています。山林は日本全国にあるので、管理などの需要は途絶えることがありませんから。




今後も「47都道府県どこででも
林業ができる」体制づくりに注力

――今後、林業はどのように変化していくでしょうか?

林業が隆盛を誇ったのは1960年代の高度経済成長期で、その時期と比べると、木材の価格は5割以上下がっています。林業が今以上に繁栄することはないかもしれません。ただ、2025年実施の大阪・関西万博をきっかけに、「植える林業」が注目されるはずだと考えています。


――万博によってどんな流れが来ると考えられますか?

万博を迎えるにあたって、多くの企業が環境配慮の取り組みを世界に向けて打ち出すと考えられます。そうなると、「具体的にはどんな取り組みを行っているのか」を実績として提示しなければなりません。そこで、植林の実績や苗木のトレーザビリティ・安全性も求められるでしょう。そのときこそ、「植えることに責任をもつ」という僕たちの林業のあり方が受け入れられると信じています。


――林業従事者のワークスタイルは、どのように変わっていくでしょうか?

うちの会社で取り組んでいる独立支援制度などによって「47都道府県どこででも林業ができる」という体制をつくることができれば、働き方の自由度は格段に上がるはずです。季節ごとに移住してもよいし、家族の転勤や転校に合わせて職場を変えることも可能ですよね。数年前からノマドワーカー(場所にとらわれない働き方を実践している人)という言葉をよく聞くようになりましたが、僕たちは今後「ノマドワーカー≒林業従事者」を実現していきたいです。



株式会社中川

2016年創業。「木を伐らない林業」を提唱し、苗木つくりや植林、山林管理などを手がける。林業の関係人口創出や地域活性化などの取り組みが注目され、第10回「GOOD ACTIONアワード」入賞、第14回「日本でいちばん大切にしたい会社」大賞審査委員会特別賞など受賞歴多数。

文/横堀夏代 撮影/佐伯亜由美