仕事のプロ

2024.07.19

一人の限界を超えるビジネススキル〈後編〉

共感を生む「相談」でプロジェクトを前進させる

宿泊、飲食、地方創生、観光、医療、不動産、ヘルスケア、物流、教育、エネルギー、メディア業界と、多岐にわたる領域でプロジェクト開発を手がけてきた事業開発・事業戦略立案の専門家、山中哲男氏。その秘訣である「相談」についてまとめたのが、近著『相談する力 一人の限界を超えるビジネススキル』(海士の風/英治出版)だ。後編では、相手の「共感」を得るための相談の仕方や、具体的なプロジェクトの進め方について伺った。

「結論から簡潔に」では伝わらない。
共感を得られる相談の仕方とは?

相談で得られるのは、自分が持ち合わせていなかった知識・情報や、ネクストアクションにつながる機会にとどまらない。相談することで、相手に応援者になってもらえる可能性もある。そこでカギとなるのが、「共感」だ。

「相手から共感を得られれば、こちらから頼まずとも、誰か・何かを紹介してくれたり、情報を提供してくれたりするものです。ちなみに、私のもとにはいろんな人からあらゆる情報のリンクやイベントの案内などが日々送られてきます。『山中さんが興味ありそうだと思って』と...ありがたい限りです。共感を得るために大事なのは、相談の仕方。ビジネスのシーンでは、結論から話す、簡潔に話す...ということが求められがちですが、相談する際には、結論だけ、困りごとだけを伝えていては、なかなかうまくいきません。私自身、いきなり『どこかいいベンチャーキャピタルを紹介してください』などと言われて戸惑った経験が多々あります。共感を生むためには、どういう背景や目的から、誰のどんな課題を解決したくてやっているのかという、きっかけや思いを伝えることが非常に重要になります」

相手に時間を取らせないためと、つい「結論から簡潔に」伝えようとしがちだが、それでは「手段や答えを求める相談になりがちで話が深まらないし、その後にもつながらない。相談される側も、背景が理解できないと、どういうフィードバックをしたらいいかがわからない」と山中氏は指摘する。

「相談の入口はとても大事です。前提となるきっかけや思いに加えて、これまでに何をやってきて今どういう状態にあるのかという、経緯と現在地についてもしっかりと伝える必要があります。ここで大事になるのが、先に述べた、自分の言葉で語れることです。相談、仮説、検証を通して得た一次情報、いわば、血の通った情報があることで、相手に与える印象は大きく変わります。本気度が高く行動力がある人でなければ、応援しようとは思いませんよね。そこまで伝えて初めて、共感のもと、有益な情報や的確なアドバイスをもらえたり、人や場を紹介してもらえたりするのです。そして、こうしていろいろな人に相談を重ねることで、緩やかに応援者を増やしていくことができます」

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相談の主体者は自分。
もらうのは正解ではなく選択肢

一方、普段、上司や先輩には、結論から、困りごとから、ズバリと相談することが多いかもしれない。「それは答えをもらうための受け身の相談の仕方」と山中氏は警鐘を鳴らす。

「次にやるべきto do、つまりネクストアクションを見つけることが相談の目的です。相手からもらうのは、選択肢やヒントだけ。思うようなフィードバックが得られなかった場合は、相手ではなく自分の相談の仕方に問題があったのではないかと振り返るべきです。一人で考えてなんとかしようとしないと同時に、他責にしないことも大事です。物事を前に進めるのは自分であり、相談する際には、自分が主体であるという意識が不可欠なのです。また、相談に即時的な成果を求めようとしないことも大事です。相談した相手から、後日、人を紹介してもらったり、情報を提供してもらったりというのは、よくあることですから」

「プロジェクトにおいてもっとももったいのは、立ち止まっている時間」と山中氏。1週間、1ヶ月と時間が経てば経つほど情報は古くなり、ビジネスの環境も変わる。また、動きがないと、携わる人の熱量も応援してくれる人の熱量も下がってしまう。「事業は育てていくもの。時には寄り道もあるだろうが、立ち止まらないで進み続けることが何よりも大事」と強調する。

「立ち止まらず、前へ前へと進み続けるための手段が、相談です。私は、どんな大規模なプロジェクトでも、最初に大きな絵を描くタイプではありません。相談によってリアルなニーズを拾い、皆さんから集めた情報をパズルのように組み合わせながら、目指す最終形へ向かってロードマップを描いていきます。最初からすべてのステークホルダーに100%満足してもらうことは難しいので、今できることは何かを考えて、一段ずつ階段を作るイメージ。だから、プロジェクトのどのタイミングであっても、誰かに相談をしています。行き詰まったとき、違和感を覚えたとき、反対勢力とぶつかったとき、視座を高めたいとき...いろんな人に相談して情報、機会、つながりをもらうことで、ネクストアクションが見えてきます。そして、実際に見に行こう、会いに行こう、検証してみようとなる。だから私は、いつも走り回っているんです」




共感した仲間による「協創」で、
スピーディーな事業開発を実現

相談により次々とto doを見つけ出し、数々のプロジェクトを同時進行で手がけてきた山中氏。実際にプロジェクトメンバーと創り上げる段階では、"共感してつくる"「共創」ではなく、共感を土台にしながらも"協力してつくる"「協創」をモットーにしていると言う。

「思いややりたいことに共感して集まったチームメンバーって、同じような課題感を持っているので、結果的に業界やスキルが偏りがちなんです。同質性が高いとも言えるので予算や時間が限られるなかで役割がバッティングしてしまうとコンフリクトが起こることもあります。そうした関係性の調整で労力を使わないためにも、私のプロジェクトでは、"企画""(商品/サービスを)つくる""売る"の3つのフェーズで、持っている知識やスキル、リソースが異なる人と協創して進めます。そして、それぞれが役割を持って協力するし意見も出し合うのだけど、ストーリーを考えて最終的な決断をするリーダーは一人、と決めています。それが、軸をブラさずにプロジェクトを進めていくうえで有効だからです」

また、プロジェクトをスピーディーに進めていくことと、多様性やインクルーシブな視点の担保との両立は一般的に課題になりがちだが、山中氏の手がけるプロジェクトでは「インプットとアウトプットで明確に分けて考えている」と言う。

「現状把握や課題の抽出、アイデア出し、事業構想といったタイミングでは、多様なステークホルダーからさまざま角度で情報をインプットすることがとても大事です。例えば、私が街開発の際に地元の人に相談したように、さまざまな立場の人や組織の声を拾うことはプロジェクトを成功させるためにも不可欠。だからこそ、いろんな人に相談することが大事なんです。一方で、汲み取った多様な意見を踏まえてどうアウトプットするかという実行のフェーズにおいては、少人数でスピーディーに進めることも多いです。インプットした多様な意見やアイデアを活かすために、実証実験的なフェーズを取り入れてスピード感をもって仮説と検証を繰り返します。そうすることで、新規性の高いものの可能性を潰さないようにしています」




モヤモヤしているときは、
「相談の相談」で思考を整理する

自分が知りたい領域において専門性の高い人や、現場経験が豊富な人、上司や先輩、メンター的な存在...と、自分のやりたいことや目的がある程度明確なシーンでは相談相手も見つけやすいが、そうでない場合はどうしたらいいのか。「モヤモヤしているときは、相談の相談がおすすめ」と山中氏は言う。

「誰に何を相談したらいいかまだわからない段階もありますよね。自分の中で知識やアイデアが固まっていない段階では、専門性の高い人に相談に行くのはおすすめできません。話が専門的すぎたり、あまりに本質を突いた問いを投げられたりしても、受け止めきれない、消化しきれないからです。この段階では、薄く広く多様な情報や人脈を持っているタイプの人に、相談の相談をしましょう。私自身、人の世話を焼くのが好き、話を聞くのが好き、人をつなぐのが好き...そんなハブ的存在の友人・知人に、『ちょっと最近、こんなこと考えていんだけど...』と相談することがよくあります」

「相談の相談の目的の7割は、思考を整理すること」と山中氏。「人に話すことで、自分が悶々と考えていたことが言語化でき、整理される。気づきをもらうことも多い」と言う。

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「相手からの素朴な質問やツッコミに、そういえばそれは考えていなかったな...と気づかされたり、誰々が最近こんなことをしているらしいよと新しい情報をもらえたり。結果として人を紹介してもらうこともありますが、相談の相談の一番の効能は思考が整理できることです。気兼ねなく相談ができる、そういう存在やコミュニティはとても大事だと感じています」




相談は偶発性と余白を大切に。
開放的な空間でリラックスして臨む

相手に自分の話を聞いてもらい、共感を得たり、情報や新しい視点をもらったりするためには、「面と向かって相談事を聞いてもらうのではなく、リラックスした状態で聞いてもらうこと、自分が描いているものを相手にも見てもらうことが大事」と山中氏は言う。そのためにこだわっているのが、相談する「場」だ。

「特に初回は、可能な限り対面で会って相談します。ちょっとした間などに、本題とは関係のないところで話が広がったり、雑談のなかで思わぬネタで盛り上がったり。そういう偶発性や余白が好きなんです。オンラインミーティングでは隙がなくて、こういう偶発的なことが起きにくいんですよね」

さらに、対面で会う際は、センシティブな会話をする場合を除き、「できるだけ会議室っぽくない開放感のある場所を選んでいる」と言う。

「オープンテラスのような場所とか、遠くまで見渡せる景色のいい場所とか、対面で座るよりは横並びで同じ景色を見ながら話せるような感じが理想ですね。『最近こういうことがあって、こういう場所に行って...』という軽い近況報告や雑談から始め、『こんなこと考えているんですよ』と本題に入っていく。とにかく自分も相手もリラックスした状態で相談することを大事にしています。頭も心も開放されているときのほうが、いろんな話が出てきて、偶発性も高まると思うんです。結論から切り出す、簡潔に伝える...というのとは真逆のあり方ですね。相手の時間をもらっているからこそ、相手に一番伝わりやすい方法、相手が一番聞きやすいスタイルで相談すべし。そう考えています」

山中氏の好む「偶発性」や「余白」は、タイパやコスパといった効率性が求められる今の時代に欠けがちな要素だ。こうした要素を大事にしてきた山中氏が、プロジェクトを次々と生み出し成果を上げているという事実が何を指し示すのか。ビジネスにおけるコミュニケーションのあり方を振り返るタイミングが来ているのかもしれない。





山中哲男(Yamanaka Tesuo)

1982年兵庫県生まれ。事業開発、事業戦略立案の専門家。2003年に新規事業開発支援、既存事業の戦略立案をハンズオンで支援するインプレス(現:トイトマ)を創業し、代表取締役に就任。米国ハワイ州にて、日本企業に対して海外進出支援、店舗M&A仲介に従事し、丸亀製麺の海外1号店などを支援。19年に地域開発の新たなファイナンススキームを構築し展開するため、NECキャピタルソリューションと共にクラフィットを創業し代表取締役に就任。他にも複数の企業の社外取締役、中央省庁政府の有識者委員・アドバイザー、大阪・関西万博2025事業家支援プロジェクトチームサブリーダーなどを務める。近著に『相談する力 一人の限界を超えるビジネススキル』(海士の風)。

文/笹原風花 撮影/石河正武