仕事のプロ
2016.11.07
社会課題解決の「場」としてのリビングラボの可能性〈後編〉
課題解決に向け、多様なステークホルダーが参加して実証実験を行う仕組み「リビングラボ」に、昨今、日本国内でも関心が高まりつつある。後編では、その実践事例として、デンマークで行われている“Give & Take Project”を紹介し、国内での先進事例や今後の課題について、引き続きコペンハーゲンIT大学の安岡美佳助教授に伺う。
高齢者による高齢者のための
相互支援システムを開発するリビングラボとは
デンマーク・フレゼリクスベア市。週1回、高齢者が集う散歩会に、リビングラボプロジェクトGive & Take Projectのメンバーが同行する。そして、並んで歩きながら会話をするなかで、普段の生活の様子や抱えている悩みなど、高齢者が置かれている状況や潜在的ニーズを引き出していく。散歩という参加者の生活の場を実験場にした、リビングラボの一幕だ。
このGive & Take Projectは、3国(デンマーク・オーストリア・ポルトガル)4大学の主導により、地方自治体、IT開発企業、フレゼリクスベア市民を巻き込んで実施されている3年間のリビングラボプロジェクトだ。目的は、高齢者の社会参加を促すシェアリングエコノミーシステムの開発・実験。その背景には、2060年には高齢化率が50%を超えると予想されているEUでの福祉政策破綻を防ぐという社会課題、さらに、社会の生産性を維持するという社会課題もある。
Give & Take Projectで開発・実験しているのが、高齢者同士のマッチングシステムだ。日常生活の中で助けてほしいことがある人と、そのタスクを助けてくれる人を、ICTシステムを使ってマッチングする。そして、助けてもらった人は、次は自分が助けられる人を探していく。ギブとテイクを交互に行うことで、高齢者の社会参加やヘルスケアにつながるという仕組みだ。
実験の手法としては、アンケートやデータログ、聞き取り調査などが行われ、高齢者と専門家とが対話を重ね、ICTシステム制作者も積極的にユーザー(高齢者)と関わり、高齢者の受け止め方などを観察していく。プロジェクトメンバーによる定期的なワークショップに高齢者が参加することもあり、そこでは集められたデータをもとに具体的なシナリオを描いていく。現在も進行中のGive & Take Projectでは、試行錯誤をくり返すなかでより良いシステムや仕組みを創り上げていくことを志向し、安岡助教授も今後の展開に注目している。
ユーザーだけで展開できる仕組みを構築し、
持続可能性を高めることが重要
Give & Take Projectの場合はEUから資金が出ており、課題も期間も予めEUサイドから設定されていたが、一般的にリビングラボは課題意識の共有から始まり、終わりがないものだと、安岡助教授は述べる。
「ある課題意識があり、その解決のために必要なステークホルダーを探り、リビングラボの仕組みをつくっていきます。場合によっては、プロジェクトを進行するなかで新たなステークホルダーが必要になることもあるでしょう。そして、リビングラボの目的は課題の解決ですが、それがゴールだとは限りません。専門家などのステークホルダーが抜けても当事者だけで回していける仕組みを構築し、持続可能性を高めることが重要なのです」
その他にも北欧では、アーティストによる創造教育を取り入れた幼稚園「デザイン幼稚園サンセスロッテ」、医療の専門家、医療関係者、患者グループによるヘルスケアリビングラボ「オーデンセ・ヘルスケア・イノベーション」、自治体、大学、企業、市民が集い、光に関わる都市ソリューションを生み出す「DOLL(Danish Outdoor Living Lab)」など、さまざまな業界でリビングラボの仕組みが導入されており、近年は街全体をリビングラボにしようという動きもある。
日本でのリビングラボの浸透には、
官や民の積極的な参加が不可欠
北欧では一般的に、社会や国は自分たちがつくり上げているのだ、という民主主義的な当事者意識が強く、街づくりや社会課題の解決においても、自分たちが積極的に関わり、意見を出していかなければならない、という意識が強いという国民性、社会性がある。
「北欧では、社会的・文化的背景から、リビングラボも根付きやすいのでしょう。日本ではそういう面での主体性は全体としては強くはありませんが、意識が高い人もいて、さまざまな取り組みが始まっています。ただ、やはり大きな規模にしていくためには、官や民、なかでも大きな組織の参加が不可欠です。動きにくい官や民をどう動かしていくかが、日本の今後の課題だと思います」
国内の先進的な例として安岡助教授が挙げるのが、「風の谷プロジェクト」(神奈川県三浦市)だ。高齢者のリハビリデイサービス施設が、主体的に動き、施設を場として様々なプロジェクトを産学官連携事業として成立させている。3つの大学、神奈川県内の企業などが協働し、デイサービスに通う高齢者に当事者として参加してもらい、健康増進、転倒予防、介護予防、介護・リハビリロボットの研究開発の場として機能している。
また、地域のおばあちゃんや子育て中の母親たちが集い、ユーザー目線で年輩者向けの育児グッズの制作などを行う「BABAラボ」(埼玉県さいたま市)では、企業や大学とコラボレートした製品を開発・販売するなど、コミュニティ発のリビングラボとして注目を集めている。
「BABAラボは、子育て世代の女性が、地域の潜在資産であるおばあちゃん達を巻き込んだビジネスモデルを展開しています。シェアオフィスで働く女性が、おばあちゃんに子どもを見てもらいながら仕事をしていた、また、おばあちゃんたちの手芸スキルを活かした子育てならぬ、孫育て製品をつくるというところから始まりました。子どもの世話をする中で、年輩者にはママ向けの育児グッズが使いにくい、ということになり、足腰が弱くても赤ちゃんを抱っこしやすい毛布を自作したり、さらに、企業や大学とコラボして老眼でも目盛りが見やすい哺乳瓶を開発したりするようになり…と、どんどんとオープンに展開していったのです」
こうしたリビングラボ的な事例やリビングラボに興味を示す大企業は国内でも徐々に増えており、中には自治体が主体ではなくてもサポート的に参加する事例もあるという。安岡助教授は、「リビングラボありきで解決すべき課題を後付けで設定するのではなく、先に社会課題があってその解決手法としてリビングラボがある、という点には注意が必要」とくり返しつつ、動き出したばかりの国内での今後の展開に大いに期待を寄せている。