仕事のプロ
2017.11.22
キャリアの充実期に始まる「更年期」
人生の大きな転機との付き合い方
働く女性人口が増え、各企業、政府、自治体がワーク・ライフ・バランス推進の取り組みを強化することで、女性が出産や育児などで仕事を断念することなく、長く働き続けられる環境が整いつつある。しかし、そのように女性が長く働き、管理職にも登用される環境になればこそ、体の変調として課題となるのが、「更年期」だ。今回は、医学博士であり、NPO法人「女性の健康とメノポーズ協会」理事の有馬牧子氏に、更年期が働く女性の身体や心へどのように影響するのか、現在の日本企業における課題、更年期への対策などについて、話を伺った。
- 仕事の幅が広がる時期に
表れはじめる更年期症状 - 女性の健康とメノポーズ協会では、週2回、更年期に関する電話相談を全国から受け付けており、1998年開設以来、その累積件数は約4.5万件を超えると有馬氏は話す。
「相談件数は増加傾向にあります。女性の自分自身の健康に対する意識が高まっていることや、働く女性が増えたこと、さらに1980年代、男女雇用機会均等法の施行時に社会人となった世代が更年期を迎え、仕事と更年期との両立不安も増えていることが背景にあるのでしょう」
そもそも更年期とは、女性の場合、閉経の前後10年間を指す。この時期に月経異常や月経不順をはじめ、身体・精神に何らかのかたちで起こる不調が「更年期症状」だ。さらにこの症状が、日常生活に支障をきたすほど重くなる場合を「更年期障害」と呼ぶ。
「閉経が近づくと、卵巣から分泌されるエストロゲン(卵胞ホルモン)という女性ホルモンの分泌量が減少していきます。日本人の閉経の平均年齢は50.5歳なので、40歳ぐらいから徐々に分泌が減っていき、45歳頃からエストロゲンは急減し、閉経でほぼゼロになります。エストロゲンの減少にともない様々な不調が出やすくなります。のぼせや多汗の"ホットフラッシュ"という症状をはじめ、関節の痛み、頭痛、動悸、不眠など、多様な症状があります。まずはわかりやすいサインとして、規則正しく月経がきていた人が、急に間隔が開いたり狭まったりしたり、月経の量が変わったりしたら、更年期による影響が考えられます」
40代といえば、働き続けている女性であれば、責任あるポジションを確立し、様々な知見やスキルを身につけてきたことで仕事の幅も拡がり、家庭でも子育てがある程度一段落するなど、まさにキャリアの充実期。更年期は、そんな時期に重なってくる。また、上記の症状に加え、"筋力の衰え"にも気をつけるべきだと有馬氏は指摘する。
「更年期以降、高齢期にはロコモティブシンドローム(運動器症候群)やサルコペニア肥満(生活習慣病の大きな原因となる肥満)が起こる可能性が高まります。それらは筋力の衰えが原因ですが、実は最近欧米で、ホルモンの減少が筋力の減少にも関係しているのではないかという研究データが出てきています。筋力がないと生活の自立性も低くなるし、代謝も落ちてしまうので、ウォーキングなど適切な運動が大切です。また、エストロゲンは骨が溶けるのを防ぐ役目があるため、エストロゲンの減少にともない徐々に骨密度が減り、骨粗しょう症にもなりやすい。早いうちからカルシウムやビタミンDの摂取を心がけたり、運動機能を高めるための適度な運動をしたりしておくことが大切です」
更年期症状は身体のみならず、メンタルにおける影響もあるという。働く女性は、仕事を進める中で緊張感や責任感の中に常に置かれているのだから、なおさらだ。
「アジア系の女性は、メンタルな症状に出やすいという研究データもあります。実際、特に働く女性の中で、集中力が持続しない、もの忘れが多い、眠れない、落ち込みやすい...、そんな変化を自分で感じ取って落ち込む人が多くいます。その時期の人間関係の悩みもよく聞きますね。すべてが必ず更年期と結びつけられるという訳ではありませんが、実際、更年期の影響でそうなる方も多いようです。その世代の女性は、これまで仕事を頑張ってきて弱みを見せられない人も多いのです。特に管理職の人は、自分が今更年期でつらいと言いにくいのかもしれないですね」
ちなみに近年では男性の更年期症状という言葉もよく耳にするようになった。その原因や症状は女性のものとどう違うのだろうか?
「女性はエストロゲンの値が50代前半でガクンと下がるのに対して、男性はテストストロンという男性ホルモンの値が減少します。ただしその減少はゆるやかで、ゼロまでは減らず、減っても半分程度です。そして圧倒的にメンタル面での症状が多く、イライラしたり、鬱っぽくなったりします。男性の場合は閉経がないので、生殖機能的な衰えをバロメーターにすることもありますが、基本的には明確な発症時期、平均年齢というものがありません」
- 更年期障害へのケアが遅れている
日本企業の現状 - 働きながら更年期と付き合っていく際、日本の企業では更年期に対する企業の配慮は進んでいるとはいえない。現状では、更年期症状の受診や治療には、一般的には有給休暇をあてることになる。
「更年期という言葉は認知されていても、その深刻さは企業にきちんと理解されていないのではないでしょうか。最近は不妊治療の休暇制度を導入する企業も出始めていますが、更年期の治療には、ホルモン補充療法(HRT)など有効な方法がありますから、更年期外来に受診するための"更年期休暇"などの制度もあれば良いのにと思いますね」
「また、日本ではそもそも女性自身も自分が更年期だと会社に言いづらい空気があります。ですので、まずは企業全体で更年期について知っておくことがとても重要だと思います。研修や女性の健康に関するセミナーなどを通して共通認識を持ってもらっておけば、女性自身も安心ですよね。今40歳くらいの人は、現在管理職候補で、数年後には管理職に...という場合も多いと思いますが、管理職になるちょうどその頃に更年期症状が出てくる可能性もあります。でも、現時点で『あと数年でそういう症状が起こるかもしれない』と認識しておくだけでも、かなり違うと思います」
根本的な身体の仕組みが違う男性社員に、更年期や女性の健康について、正しく理解してもらうことも大切だ。
「私たちが企業のセミナーなどでお話すると、男性社員も最初は"月経"などのキーワードで一瞬凍り付くものの、きちんと最後まで熱心に聞いてくれます。それまでは『知りたいのに人には聞けない』という状況だったようですね。女性が一生の間にいかにダイナミックな変化を遂げているかと知っただけで、女性にやさしくなれた、女性への接し方が変わった、という声も聞きます。実際、更年期医療が盛んな北欧では、職場で更年期について話すことがごく自然に行われています。なぜなら、小学生の頃から教育の一環として、ホルモン分泌のグラフなど身体のライフサイクルを男女公平に共有しているからなのです。日本の職場も、もう少し声掛けしやすい環境になると良いのですが」
- キャリアをあきらめないための
更年期との上手な付き合い方 - それでは具体的に、働きながら更年期症状に対処していくには、どのようにすれば良いのだろうか。
「まずはわかりやすいサインとして、月経が不規則になったら婦人科にかかっておくことをおすすめします。仕事が忙しくてすぐにかかるのが無理なら、いつ頃からどんな不調があったかをメモに残しておくと後で受診の際に役立ちます。前々から自分に合った婦人科を探しておくことが大事です。出産後、特に不調がないと婦人科に行かなくなる女性も多いので。普段からかかっているパートナードクターがいると、一から自分の症状を説明しなくても、カルテが残っているので的確な判断をしてもらえると思います」
実際、婦人科へ行って更年期の症状が認められた場合、どのような治療法があるのだろうか。
「治療法は症状に応じてたくさんあるのですが、一番メジャーなのはホルモン補充療法(HRT)です。体内に不足してきたエストロゲンを補充することで、各症状が緩和されます。現在、日本でHRTは、飲み薬、貼り薬、塗り薬に対して健康保険が適用されており、非常に効果も高いです。ちなみに北欧はHRT先進国として、HRTの普及は非常に高く、働く女性が元気に暮らしながら仕事を継続するために、当たり前のように使用しています。身体が元気になると、気持ちも元気になりますから、女性のQOLを高めるために役立てている人が多いのです」
一方、仕事をするうえで特に気になる、メンタル面への影響を緩和するにはどうすれば良いか。
「いざという時のために、この人なら相談できる、という人を見つけておくことが大切です。同僚や上司、あるいはキャリアカウンセラーを置いている企業だったら、それを活用するのも良いですね。とはいえ、管理職クラスの人の場合は、立場的に社内の人に言えないことも多いと思います。ですので、例えば様々な企業の女性管理職が集まるコミュニティなど、社外のネットワークを活用してよき相談相手を見つけるのもよいと思います」
更年期は誰にでも訪れるもの。過剰に不安に陥ったり、現実を認めないのではなく、ライフスタイルの見直しと更年期医療を取り入れるなど、いかにうまく付き合っていくかが、キャリアを継続していくカギとなる。
「更年期症状がつらいために、せっかく良いポジションを提案されたのに辞退するケースもあると聞きますが、とてももったいない。最初から更年期のことをもっとよく知っておけば、キャリアのタイミングも逃さずにいられたと思います」
「更年期も人生の次のステップと考えて、これからの人生を見直す機会だと捉えると良いです。人のキャリアには外的なものと内的なものがありますが、内的なキャリアをこの機会にもっと見つめ直すことも、前向きになるひとつの方法です。外的なキャリアとは、勤めている企業名や役職、あるいは資格など、外側から捉えられやすいものです」
「一方で内的なキャリアとは、働くことのやりがいや仕事への使命感といった、自分にしかわからないものです。特に女性の場合、仕事をしないで家庭に専念するという選択肢もあるので、自分における仕事の意味づけがわからなくなりやすいのです。自分は何に焦点を置いて仕事をしていくのか、何にやりがいを求めるのか、自分の価値観、つまり内的キャリアを分析してみると、自分のモチベーションの源泉がわかり、前向きになれると思います」
何かとネガティブなイメージで語られがちな更年期だが、女性の仕事や生き方において大切な転機であるのは間違いない。
「欧米では、更年期を"change of life"、つまり人生の変わり目の時期と呼ぶこともあります。むしろ "その世代から女性として認められる"と言われることもあるぐらいです。日本でもそのように更年期をポジティブに捉えられるムードが、社会全体に広がってほしいですね」
有馬牧子
医学博士。東京医科歯科大学男女協働参画支援室・保育支援室助教。NPO法人「女性の健康とメノポーズ協会」理事。内閣府男女共同参画局による平成27年度「女性のチャレンジ賞」受賞。第7回「更年期と加齢のヘルスケア学会学術奨励賞」受賞。国内外の医療制度の研究や、女性が仕事と生活を両立できる環境づくりについての研究・支援を行っている。学会・企業、自治体での講演や、雑誌等での執筆も多数。
文/イデア・ビレッジ 撮影/白木裕二