仕事のプロ
2018.01.22
インクルーシブデザインの視点から見たダイバーシティとは?〈後編〉
求められるのは、個を活かすファシリテータータイプのリーダー
前編では、本質を誤解したままダイバーシティに対応せざるを得ない日本企業の現状を紹介し、インクルーシブデザインを専門にする京都大学総合博物館の塩瀬准教授にそこで表出している問題を指摘してもらった。では、ダイバーシティの概念を日々の事業活動にどのように取り入れていけばよいのか。インクルーシブデザインの視点がそのヒントになりそうだ。
身の周りのことから
多様性を考えてみる
塩瀬氏は、インクルーシブデザインの考え方をダイバーシティに応用するにあたり既成概念を覆すところから始めることを説く。
「ダイバーシティと聞くと、障がい者や外国人など多様な人たちのいる環境下での話し、と捉える人も多いと思いますが、障がい者や外国人のいない小学校にもダイバーシティはあります。例えば、その小学校で30人の児童に目玉焼きに何をかけるか聞いてみます。ソース、醤油、塩派がいるし、いつもはソースだけどたまには醤油にしてみてもいいかなと譲れるところもあれば、譲れないというところもあるなど、目玉焼き一つをとってみても好みはそれぞれ多様です。この多様性もダイバーシティなんです」
「ある小学校における目玉焼きの食べ方から、宗教感、国家としての平和の考え方にいたるまで、ことの大小や規模の違いはあっても、私達の身の周りのことからもっと広い世界で起きていることまで、そこに異なる考え方があれば、全てがダイバーシティ、多様性の問題に行き着くことがわかります」
「ある小学校における目玉焼きの食べ方から、宗教感、国家としての平和の考え方にいたるまで、ことの大小や規模の違いはあっても、私達の身の周りのことからもっと広い世界で起きていることまで、そこに異なる考え方があれば、全てがダイバーシティ、多様性の問題に行き着くことがわかります」
性が異なるか、障害があるかないか、国籍が違うのかといった特性は、ある側面ではわかりやすく、別の側面ではわかりにくいこともある。自分の視野から見える違いの一面だけを見ていては、ダイバーシティの本質を見誤ってしまうのだ。
ダイバーシティを活かす
リーダーの役割
インクルーシブデザインの考え方を取り入れ、違いを新たな視点、新たな知的財産として受け入れることで革新的な発想を生みだすイノベーションも可能になるという。では、企業の現場でダイバーシティに対する意識をどのように変えていけばよいのか。そこでは、リーダーの役割がカギを握る。
「"違い"は自分にはない新たな能力として受け入れる訓練が必要です。マネージャーはともすれば自分が知っていることと同じことができる人、同質の人を受け入れてしまいがちです。皆が同じ方向に進んでいた時代はそれでよかったのですが、今のように進むべき方向が見定めにくい時代は、自分の知らない方向に走る人間と共存した方が効率がいいはずです。企業の幹部研修で話をする時は、部署やチームの中で異分子として消えてしまう価値を活かせるマネージャーこそが次世代に必要なマネージャーです、と伝えています」
グーグル合同会社の組織マネジメントはその象徴だ。同社ではその部署にいるメンバーの仕事とかぶらない仕事をしてきた人をマネージャーとして配置しているという。
「それぞれがスペシャリストであり、どう組めばメンバーの持つ価値が最大限生かせるかを考えた配置です。マネージャーには、自分の知っている範囲のことしか教えられない、というのではなく、それぞれの考えを引き出したり、違う考えをまとめ上げたりできるファシリテータータイプの能力が求められている」と、多様性を活かすマネジメント能力の大切さを説く。
また塩瀬氏は、インクルーシブデザインの手法を活かした商品開発の研修講師を多くの企業で行っている。多様性の視点を採り入れる際のポイントは「エクストリームであること」とし、一番際立っている人や、一番使わなさそうな人を巻き込むことが重要だという。
例えば、カーナビの商品開発ワークショップをした時には視覚に障がいのある人に参加してもらったという。
「その人の話を聞くと、自分自身は使わないけれども助手席に乗ってカーナビから聞こえてくる音声ガイドを聞いていると今自分がどこにいるのかを想像できて楽しいと言っていました。視覚障がい者の方でも現在地を正確に思い浮かべることができるように情報を発信できれば、ドライバーがいちいち画面に目を転じなくても音声情報だけでガイドしてくれるカーナビができるよね、というアイデアが出てきます」
インクルーシブデザインの伝道師でもある英国・ロイヤルカレッジのジュリア・カセムさんから教わった言葉のなかで塩瀬氏が印象的だと感じたのは、「昔は障がい者のことをディスエイブルパーソン(disable person)、すなわちできない人と呼んでいたのが、1990年代のデザインムーブメントでディスエイブルドパーソン(disabled person)と読み替えたことでした。できなくさせられている人という意味で、プロダクト、サービス自体がもっとインクルーシブであれば、できるように変えられる可能性があるということです」
塩瀬 隆之(Shiose Takayuki)
京都大学総合博物館准教授。京都大学工学部精密工学科卒業、同大学院修了。京都大学総合博物館准教授を経て2012年 7月より経済産業省産業技術環境局課長補佐(技術戦略担当)。14年7月京都大学総合博物館准教授に復職。共著書に「インクルーシブデザイン」など。日本科学未来館「“おや?“っこひろば」の総合監修者、NHK Eテレ「カガクノミカタ」の番組制作委員なども務める。