仕事のプロ

2018.03.05

メンズキッチンが証明する料理とビジネスの相関性〈前編〉

「男性」をターゲットにしたビジネス展開で差別化

段取り力、柔軟性、コミュニケーション力。いずれもビジネスパーソンに必須のスキルだが、実は料理をするという行動は、職場以外でこれらの力を同時に、無理なく磨く絶好のチャンスだという。男性向け料理教室「メンズキッチン」を主宰し、のべ4000人の男性に料理指導を行ってきた福本陽子さんは、起業当初から料理とビジネススキルの関連性に着目。そのうえで、「料理上手な男性は例外なく仕事もできる」と主張する。そこで前編では、まずは「男子料理教室」というコンセプトの源泉となった福本さんの想いや、発想の拡げ方についてお聞きした。

「料理教室の男性コース」とは
まったく違うコンセプトで展開

福本陽子さんは、「男子料理研究家」としてメンズキッチンを立ち上げる前、マーケティング会社に勤務し、都市開発やマンションのブランディングに関連する仕事を行っていた。業務の一環としてたくさんの主婦にヒアリングを行った際、「住宅というハードだけを整えても人は幸せにならない」と実感したという。

「念願の新居に住んでいるのに、パートナーとのコミュニケーション不足から寂しさを感じている女性が多くて驚きました。この女性たちが幸せになるには何が必要だろう? と考え続けた結果、『彼女たちのパートナーである男性との会話やコミュニケーションが増えることが解決策になるかもしれない』と、ふと感じたんです。その思いを煮詰めていった結果、『男性の料理を通じて家族のコミュニケーションを増やす』というミッションを持ってビジネスを展開しようと考えました」

福本さんは、住宅の仕事から派生してキッチン商品の開発にも携わっていたため、「料理」というアイデアが浮かんだのは自然な流れだった。その料理を「男性」と結びつけて、具体的な生活シーンを考えていくにつれ、「男子料理」が秘める大きな可能性に確信を持つようになった。

「男性の料理」という着想がわき、男性向けの料理教室「メンズキッチン」の開業を模索し始めたのは2009年頃。当時は、全国展開の料理教室に一部男性向けのコースはあっても、男性のみが通う教室は見つからなかった。また世間的には、男性の料理はマニアックな趣味ととらえられがちだった。また、ある料理教室の男性コースを見学した福本さんは、気になったことが二つあったという。参加者が揃って60代以降と思われる熟年男性だったのと、彼らの間に料理することを楽しむ雰囲気が感じられなかったことだ。

「家族に『いざという時に簡単な料理ぐらいできないと困るから』と言われて参加したのかもしれませんが、厳しい顔でレシピを睨んでいて、受講者同士でまったく会話がなくて......。この教室を見たことで、自分がつくりたい男性向け料理教室の方向性が明確になりました。これまでの料理教室と差別化をはかるためにも、参加者に楽しんでもらうためにも、従来の教室とは提供する雰囲気も指導の内容も、つくるメニューもまったく違うものにしていこうと決めた瞬間でした」

こうして福本さんは2010年にメンズキッチンを誕生させた。月1回の教室開催というスタイルは現在と同じだ。Webで集客をはかったが当初は反響が薄く、つてをたどったり知人に頼み込んだりしたが、第1回目の教室参加者はわずか8人だった。しかし参加者のリアクションは上々で、その口コミで教室は徐々に人気を高めていった。

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そして、テレビのニュース番組で人気男性タレントによる料理コーナーが始まり、さまざまなメディアでも「男子料理がブームになっている」というテーマが取り上げられ、取材対象に選ばれたことも追い風となった。メンズキッチンはもともと「男性向けの料理教室」という切り口で展開しているため、男子料理ブームを体現する存在として最適だったのだ。メディアでの登場回数に比例して参加希望者もますます増え、開業8年目の現在では、定員30名の予約が受付開始後30秒で埋まってしまうほどだ。

また福本さん自身も、「男子料理研究家」としてテレビショッピングに登場するようになった。明確なポジショニングで差別化をはかったことによって、メンズキッチン以外にも活躍の場が拡がったのだ。


福本 陽子(Fukumoto Yoko)

男子料理研究家・トータルフードプロデューサー。旅行会社、マーケティング会社での勤務を経て、2010年に男性向け料理教室「メンズキッチン」を立ち上げる。20代から70代までの幅広い男性から支持を受け、教室は毎回キャンセル待ちが出る人気ぶり。「料理とビジネス」の関係に着目する視点の鋭さが注目され、各企業内研修の一環として行う料理教室も話題に。その他、イベントや講演会などにも力を入れている。著書に『料理ができる男は無敵である』(サンマーク出版)がある。

文/横堀夏代 写真/ヤマグチイッキ