仕事のプロ

2018.04.23

企業内の常識にとらわれず新風を起こす〈前編〉

「怖いもの知らず」を武器にカゴメ初のお菓子を企画開発

カゴメ株式会社東京支社営業第三部の辻本美紀さんは、飲料が主力商品だった同社で初めてお菓子の企画・開発を行ったり、カゴメの主要取引先でもある総合オンラインストアAmazon.co.jp(以下、Amazon)とのコラボレーションを企画・運営したりと、会社として初めての試みを次々と実現させているイノベーター的存在だ。前編では、カゴメ初のお菓子『トマッティーニ』開発から発売までの経緯をお聞きした。

企画は通ったものの
「ひとり相撲」感が続く

辻本さんは、社長や全役員が出席する商品企画会議でクッキーの企画を説明した。しかし、すんなりと賛同が得られたわけではない。というのもカゴメは、創業時から素材の持ち味を極力生かした商品にこだわってきた企業だった。例えばメイン商品の一つであるジュースにしても、ほとんどが果汁・野菜汁100%の商品。

クッキーとなると、メインの原材料は小麦粉やバターで、トマトパウダーは使用するものの、メインの素材とは到底なりえない。しかし、若い辻本さんは「100%へのこだわり」が不文律だとは思わず、暗黙のタブーである領域に踏み込んでしまったのだ。カゴメとしてまったく前例がない企画に、多くの出席者は戸惑いを見せた。

それでも企画が通ったのは、社長が『トマト・ディスカバリーズ』に力を入れており、トマトの新しいおいしさや楽しさを打ち出す企画としてクッキーを推したからだ。決定打は「今後のカゴメには若い女性をターゲットにした商品も必要だから、彼女に任せてみよう」という社長のひと言だった。商品化が決まったのはうれしかったが、ほかの出席者が「諸手を上げて賛成」という雰囲気でないのがわかり、辻本さんは不安を感じた。

「例えば生産部門からみると、ジュースや調味料、食品をつくるのとはまったく違うノウハウを開発しなくてはならないし、焼き菓子をつくっている工場も新規で探さなくてはなりません。営業部門も、これまでカゴメ製品を販売していなかった駅や空港の売店など、新しい市場を開拓することが求められます。私にとっては楽しいチャレンジでも、生産や営業を担ってくれる人たちにとっては、『面倒なことが押し寄せてきた』という印象だったかもしれません。また、生産や販売を担当してくれるのは、かなり目上の社員ばかり。当時の私は東京本社内に人脈がなく情報量が少なかったので、どうアプローチすればいいかわからない、という戸惑いもありました」

社長がGOを出した企画である以上、製品化は進めなければならない。営業一筋だった辻本さんは商品開発経験ゼロだったが、研究部門や生産部門と話し合いを重ねながらクッキーの試作を繰り返した。

「人を動かすのは熱意しかないと思い、状況を隠さずに共有したり、率直な意見を聞いたりと、自分なりに努力はしたつもりです」

製作の最終段階では製菓メーカーとの共同作業になるが、自信をもって提案したら「お菓子は美味しさが命。野菜の青臭さをまったくなくさないと売れない」と言われ、再度社内で試作を依頼する場面もあった。

「同じカゴメの社員ですからもちろん協力してはもらえますが、何度も試作をお願いするなかで、乗り気ではない雰囲気が伝わってきて......。正直、ひとり相撲をしている感じが続きました。試作を重ねるうちにおいしさの精度は確実に上がっていきましたが、それだけでは停滞した雰囲気を変えることはできませんでした」

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商品のファンが増え
空気が変わった

初めてのことばかりで苦労は多かったが、クッキーは完成に至り、『トマッティーニ』というネーミングで世に出ることになった。辻本さんは、最終形の商品サンプルが完成した段階から積極的に行動を始めた。心がけたのは、「とにかく多くの人に配ること」だった。

「商品のコンセプト、製品のおいしさには自信があり、たくさんの人に食べてもらえば『トマッティーニ』のファンが増えると思ったからです。役員のご家族に届けたり、本社の受付に置いて商談で来社された方に配りました。予想以上にみなさんから好評で、特にターゲットとしていた女性からは多くのお声をいただきました。役員の奥様からは、『どこで買えるの?』と連絡をいただいた後に、すぐに購入していたこともあります。結果として明らかに空気が変わったのを実感できました。家族や取引先などの身近な人から製品を評価されることで、『やはり自分たちがつくった商品はよいものなんだ』と、改めてモチベーションを高めた社員も多かったようです。『辻本からの依頼のあった商品をつくっている』というのではなく、『身近な人が喜んでくれる商品をつくっている』という意識に変わっていくのを実感したときに、ひとり相撲から脱したと感じました。」

『トマッティーニ』の製品発売後は、コージーコーナーとコラボで関連商品をつくってトマトフェアを実施したり、新幹線の駅のお土産売り場や飛行機の機内で販売したりと、季節の贈り物として、デパートやカタログ販売が主だった、今までのカゴメのギフト商品には無かった、さまざまな展開をみせた。原価と売上げがなかなか折り合わず、現在は生産休止となっている。しかし辻本さんはその後も、現在も販売中の野菜スープなどの開発を手がけている。『トマッティーニ』のチャレンジが、辻本さんにとってもカゴメにとっても、新たな展開のきっかけとなったのだ。

「それまでの営業は言ってみれば個人プレイ。自分の工夫次第で結果を出せればOK、という面もありました。でも商品開発の仕事は、生産や販売を担ってくれる人の時間や、会社のお金を使うことになります。ですから、やりがいを感じながら協力してもらうにはどうしたらいいか、そこを考えて動く必要があることを痛感しました」

九州時代に開花した、難しい状況の中でも現場を徹底的に観察して新しい提案を行うチャレンジ精神。社内の常識を知らなかったからこそ出すことができた新しい発想。訪れたチャンスを確実なものにするために、周りを味方につけていく地道な努力。辻本さんの行動からは、社内でイノベーションを起こすための行動ヒントをいくつも学ぶことができる。

後編では、辻本さんが起こしたもう一つのイノベーションであるAmazonとのコラボレーション企画について紹介しよう。


辻本 美紀(Tujimoto Miki)

カゴメ株式会社東京支社家庭用営業三部一課主任。2005年入社。九州支店での営業職を経て2010年にギフト事業部配属となり、カゴメ創業以来初の焼き菓子『トマッティーニ』の開発を手がける。2015年より東京支社営業三部一課でeコマースの営業に携わり、Amazonとの共同プロジェクトを実施。


カゴメ株式会社
1899年創業。トマトなど野菜の恵みを活かした飲料や食品を提供し、消費者の健康に貢献する食品メーカー。近年は“「トマトの会社」から「野菜の会社」に”というブランドステートメントを掲げ、生鮮野菜やジュース、調味料、冷凍素材、サプリメントなど野菜を手軽に摂取できる商品や、野菜に関する健康情報を提供している。

文/横堀夏代 撮影/荒川潤