仕事のプロ

2018.12.03

人をつなぎ、新たな価値を生む共創空間『HAB-YU』

「場」が生み出す新たなビジネスの拡がり

今や多くの企業が、共創による新規事業創発などのイノベーションに取り組んでいる。そのなかでも、富士通は2014年共創の場『HAB-YU platform(以下HAB-YU)』を立ち上げ、ICT領域以外でも実績を上げてきた。どのような価値を提供し、イノベーションを生み出してきたのか。HAB-YUの立ち上げから関わり、現在は企画、運営を手がける富士通株式会社ブランド・デザイン戦略統括部の高嶋大介氏にお聞きした。

一般的なフューチャーセンターとは違う
『HAB-YU』が生み出すイノベーションスタイルとは

企業や官公庁などに基幹系システムや情報システムなどICT分野におけるさまざまなソリューションを提供している富士通株式会社。その一方で、クライアントとの共創プロセスを通じて、ワークスタイル変革、新たなビジネスモデルの創出、地域の活性化なども手がけており、そのなかで重要な役割を担ってきたのが、2014年9月にオープンした共創空間『HAB-YU』である。

ここでは、富士通グループのデザイナーがファシリテーターとなって、デザイン思考を活用した対話型のワークショップなどを通じて、クライアントが抱える本質的な課題や問題を探り、アイデアを抽出し、解決へと導いていく。この「共創型ワークショップ」も、今でこそさまざまな企業に導入されているが、HAB-YUを立ち上げた当初まだまだマイノリティーだったと高嶋氏は言う。

「HAB-YUは、富士通のグループ会社である富士通デザイン株式会社のR&Dとして、2年間の研究としてスタートしました。その頃はお客様と対話しながら、一緒に課題を発見して解決策を導くワークショップは、お客様にもなかなか理解されませんでした」と設立当時を振り返る。

HAB-YUの立ち上げ当初は試行錯誤の期間だったため、ワークショップ以外にもイベントや研究プロジェクトなど、さまざまなことに取り組んだ。そして少数ながらも徐々に社内協力者が増え成功事例も少しずつ出てきたころ、社会的にも共創という概念が広まりつつある中で、2015年に富士通グループ全体の方針として「コ・クリエーション(=共創)」へと大きく舵を切ることになった。

しかし、HAB-YUはイノベーションを起こす共創空間ではあるものの、他のフューチャーセンターとは大きな違いがあると、高嶋氏は言う。

「さまざまな企業や自治体が集まって、一つの課題を解決していくオープンイノベーションの場であるフューチャーセンターと違い、HAB-YUは富士通のお客様が抱える問題や課題を、1対1のコミュニケーションを通じて解決していく場です。まさに、クローズドな世界で創り出すイノベーション。だからこそ、ビジネスが成立するまでのスピードは、フューチャーセンターなどより断然早いんです」

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デザイナーが、お客様の中にある
想いを引き出し、導いていく

実際にHAB-YUで行っている、お客様との共創の取り組みとはどのようなものなのだろうか?

「オープン当初は、企業の情報システム部門から『IT投資のための中期計画をつくりたい』、『IT導入における企業の成長と投資のバランスは?』といった内容の相談が多かったですね。そこで、まずは、お客様と一緒に『5年後に世界がどう変化し、その変化に合わせて企業が働き方変革するうえでどのようなITルーツが必要になるが』、といった内容の対話を重ね、みんなで手を動かしアイデアを出しながら、5年後に向けたビジョンや必要なシステムを考えていったんです」

ここで大切なのは、お客様の中にある考えを引き出し、それをブラッシュアップしていくこと。

「ほとんどのお客様は、5年後のあるべき姿への想いはもっていても、それをどう形に落とし込んでいけばいいかがわからない。そこで、デザイン思考をベースとしたワークショップで『何を考えているか?』『どうしたいのか?』をまず引き出して、課題を抽出していきます。課題が出てくれば、ソリューションを考えるのはデザイナーの得意分野なので、お客様と一緒に、その課題の解決策を創り出していきます」



こだわってつくったハードとソフトにより、
「共創」という場のオーラをつくりだした

このように、お客様との共創活動を進めていくと、富士通社内にも共創の文化が浸透しはじめ、当初、HAB-YUに否定的だった人たちにも認めてもらえるようになり、徐々に社員の意識も変わっていった。

「これまでは、部門の方針や戦略は部門長が決め部門はその目標を実行していくだけだったと思います。それが『一番お客様の近くで現場のニーズを拾っている部下と一緒に戦略を考えたいから、このスペースを貸してほしい』という部門からの相談がではじめたんです」

お客様のビジョンづくりだけでなく、社内の方針づくりにも活用されるほど、「共創」の有用性が浸透していったのだ。

しかし、一般的に考えると会議室でもできそうだが、わざわざこの場所を使いたいと思わせるHAB-YUの魅力とは、一体何なのだろうか?

それは、「HAB-YUには、どんなことでも自由に話せる安心感や、ここにくれば気持ちが切り替わる場のオーラが宿っているからだ」と、高嶋氏は言う。

高さや広さを柔軟に選べる机や椅子、ワークショップに欠かせない付箋やマジックペンなどが収納できるオリジナルデザインの什器など、自由に使える空間という施設としてのこだわりが大きく影響している。利用者のなかには、ゴザを持ち込み、居酒屋形式でワークショップを実施したこともあったという。まさに、やりたいことや人数に合わせて、つくり変えることができる空間になっているのだ。

「お客様がフラットに物事を考えられる場にしたかったので、富士通ブランドは一切表に出していません。やはり富士通の企業色を出してしまうと、 ワークショップに来られた方たちに『ITに関連づけて考えないといけないのではないか』というバイアスがかかってしまうからです」

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だから、HAB-YUの空間には、富士通のブランドカラーである赤と白が一切見当たらない。それともう一つ、「共創空間」というコンセプトを維持するための徹底した運営管理も見逃せない。社内外問わず「単なる会議室としての依頼はすべて断ってきた」という。こうしたこだわりが、共創空間というブランドづくりに貢献しているのは間違いない。

「ただ、大事なのはハード面だけでなくソフト面だ」と、高嶋氏は指摘する。
「私たちは、別に什器や空間で課題解決をしようとしているのではありません。それらはあくまでツール。お客様の本音の引き出し方やアイデア発想のメソッド、そして対話の質にも重きを置いています」


高嶋 大介(Takashima Daisuke)

富士通株式会社 マーケティング戦略本部 ブランド・デザイン戦略統括部 エクスペリエンスデザイン部 デザインシンカー 。大学卒業後、大手ゼネコンにて現場管理や設計に従事。2005年富士通入社。ワークプレイスやショールームデザインを経て、共創の場である『HAB-YU』を軸に、企業のワークスタイル変革や自治体の将来ビジョン、地方創生のデザインコンサルティング、デザイン思考をベースとした人材育成などに従事。2016年4月には富士通にて副業を認められ、2017年6月に一般社団法人INTO THE FABRICを設立。代表理事として、イベントや対話の場を通じて、人の意識や行動を変える取り組みや、人をつなげる『100人カイギ』のコミュニティのプラットフォーム運営も行っている。

HAB-YU platform
『HAB-YU platform』は、富士通が企業や自治体などと新たな価値を開発・体験する<共創>の場として、2014年9月、アークヒルズサウスタワー(六本木)に立ち上げた。『HAB-YU』という名称は、人「Human」・地域「Area」・企業「Business」(=HAB)を多種多様な方法で「結う」(=YU)ことを意味し、それぞれが持っている課題・アイデア・技術を集め、「ほどく→結う→価値にする」ことを目指してつくられた。

文/西谷忠和 撮影/ヤマグチイッキ