仕事のプロ
2019.04.15
ビジネスに求められる「美意識」とは?〈後編〉
アートに触れる習慣が美意識を育てる
組織開発・人材育成を専門とするコンサルティングファーム、コーン・フェリー・ヘイグループ株式会社でシニアクライアントパートナーを務める山口周氏は、「これからの企業経営においては、分析や理論だけでなく美意識も大切」と訴える。しかしその一方で、「美意識を鍛えようとすることには意味がない」とも語る。では、美意識を高め、ビジネスに活かす方法はないのだろうか。個人と組織における美意識の育て方についてお聞きした。
美意識とサイエンスを
ビジネスにバランスよく反映させる
山口氏は、欧米のグローバル企業について、「分析や論理に基づく利潤追求だけでなく、直感や感性に基づく美意識を大切に事業展開を行う企業が目立つ」と指摘する。
「例えばアップルは、市場調査を立脚点としたモノづくりを行わず、経営者たちの感性を反映した製品を世に打ち出し、利益を上げています。まさに、美意識を大切に事業を行っているわけです」
一方、日本では「『利潤追求』という単純なモノサシのもとに企業経営が行われることが多い気がする」と山口氏は語る。
「日本はもともと、漢字の中に訓読みと音読みを共存させるなど、複数のモノサシをバランスよく使いこなすことが上手な、美意識の高い国だったと思います。しかし、第二次世界大戦後の日本では『経済成長』『利潤追求』という価値観によるモノづくりが行われ、現在に至ってもその価値観のまま、膨大な市場調査を基に、世の中が求めている製品を追求するあまり、平均的な外見のモノづくりになってしまっている気がします。しかし近年は、消費者が『役に立つ』ことに価値を見出さなくなり、『自分らしさ』という視点でモノを選ぶようになっています。ですので、今こそ、利潤だけでなく日本が得意としてきた美意識も大切にした経営を行い、世界にも打ち出していくことが求められているのではないでしょうか」
「正しい美意識」は存在しない
「私自身は、美意識は鍛えるものではないと思っています」と山口氏は語る。「ビジネスには美意識も必要」という主張と相反するように感じた人もいるのではないだろうか。
「鍛える、という言葉には『正しい方向に修正していく』というイメージがありますが、正しい美意識は存在しないと私は考えています。なぜなら、美に対する価値観は移り変わるものだからです。例えば、19世紀末から20世紀にかけては、今まで美しいとされてきた絵画に対する評価が急降下しました。美に対する価値観が数十年でガラッと変わったわけです。正しい美意識というものがないからこそ、『自分はこれが好きだ』といった、自分なりの美意識を育てていくことが重要なのだと思います」
「何にワクワクするか」に
気づいていく中で美意識が育つ
「正しい美意識はない」と主張する山口氏だが、「自分なりの美意識を育てる方法ならあるのではないか」と語る。
「その方法とは、さまざまなアートや音楽に接することです。幅広い作品にふれるうちに、自分はこれが好きだ、見ているとワクワクする、という傾向が見えてきます。また、たくさん見ていくうちに脳の情報処理量が増え、より複雑な作品を面白いと感じるようになっていきます。こうして美への感度を上げていくことは、美意識の育成につながるのではないかと思います。美意識を育てることは、ビジネスに対してのワクワク感度を上げることにも通じるのではないでしょうか」
アートはラーメンと同じ
自分が好きかどうかだけが重要
さて、美術館やコンサートへ出かけて、「メディアでは絶賛されているからいい作品なのかもしれないけど、よくわからない」と思ったことはないだろうか。それに対して山口氏は、「他人と自分の評価が異なっても、まったく気にすることはない」と言う。
「正しい美意識はない、ということから考えると、その作品を自分が好きかどうか、がすべてだと思います。だから、『わからない』ではなく『これは好きじゃない』で十分ですよね。例えば、ラーメン屋を評価するようなスタンスで接したらいいと思うんです。ラーメンって、自分にとっての好き嫌いがはっきりしていますよね。例えばランキング1位の店でも、自分が好きじゃなかったら、『勉強不足なのでわかりません』とは言わずに、好きじゃない、と素直に言えるはず。好きなものは好き、嫌いなものは嫌いと肩肘張らずに言えるようになることが、まさに美意識の育成だと私は思っています」
山口 周(Yamaguchi Shu)
慶應義塾大学文学部哲学科卒業、同大学院文学研究科美学美術史学専攻修士課程修了。電通やボストン・コンサルティング・グループなどを経て、組織開発・人材育成を専門とするコーン・フェリー・ヘイグループ株式会社にシニアクライアントパートナーとして参画。専門はイノベーション、組織開発、人材・リーダーシップ育成など。『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか』、『劣化するオッサン社会の処方箋』(いずれも光文社新書)など著書多数。