仕事のプロ

2019.04.08

ビジネスに求められる「美意識」とは?〈前編〉

美意識を貫く姿勢が企業価値をつくる

ビジネスと美意識は、一見つながりが薄そうにみえるかもしれない。しかし、イギリスのアートスクールなどで開講されているエグゼクティブ向けのプログラムに、グローバル企業が幹部候補生を送り込むなど、ビジネスにおいて「美意識を鍛える」といった動きがみられ始めている。組織開発・人材育成を専門とするコンサルティングファーム、コーン・フェリー・ヘイグループ株式会社でシニアクライアントパートナーを務める山口周氏は、「ビジネスにおいては長らく、分析や論理が重視されてきました。しかし、今日のような複雑で不安定な世界では、直感や感性なども重要となり、美意識が求められます」と指摘する。ビジネスにおける美意識の重要性についてお聞きした。

美意識は測るのが難しく
これまでのビジネスシーンでは重視されてこなかった

組織開発や人材・リーダーシップ開発を専門とする山口氏は、慶應義塾大学で哲学を学び、大学院で美術史を学んだ経歴の持ち主でもある。まず山口氏にとって「美意識」とはどんなものを指すかをお聞きした。

「美意識とは簡単に言えば、『何を美しいと感じるか』ということです。美は直感や感性で感じるものであり、測るモノサシがないため、一見わかりにくいものといえます。ですから近年までは、ハイブランド製品を扱う企業や一部のブランディングに力を入れている企業は別として、企業経営において美意識はあまり重視されず、分析や論理に基づいた経営判断が行われてきました。つまり、アートよりサイエンスに重きが置かれてきたわけです」



サイエンスを立脚点とする
ビジネスが難しくなってきた

山口氏は大学院を卒業後、大手広告代理店や戦略コンサルティング会社に勤務し、サイエンスに基づいた経営をさまざまな企業に提案してきた。しかしある経験をきっかけに、サイエンスを立脚点とするビジネスに疑いを感じるようになったという。

「電子レンジを買うために家電量販店に行ったら、なぜか同じ製品ばかり並んでいる。不思議に思ってよく見たら、メーカーのロゴはそれぞれ違っていて...。まったく同じように見えたけれど、実は複数の企業の製品だったんです。どの企業も入念な市場調査のもとに製品をつくったはずなのですが、結果としてどのメーカーのものか見分けがつかないような製品になってしまっていたわけです」

また、2007年頃の携帯電話市場にも、同じことを感じたという。テクノロジーとして日本の携帯電話はとても優れていたものの、どの会社の製品も、操作ボタンの配列や形といった見た目がほとんど同じと山口氏は感じたという。

「電子レンジと同じで、どの企業も消費者動向を緻密に分析して携帯電話をつくりあげたにも関わらず、他社との差別化をはかれなかったのです。そして、ひとたびアップル社のiPhoneが登場すると、多くの消費者は携帯電話からiPhoneに乗り換えてしまいました。アップル社では市場調査をほとんど行わず、製品の仕様が社内だけで決定されることで知られています。つまり、当時経営を担っていたスティーブ・ジョブズらの美意識を貫いた製品が、サイエンスを駆使した製品群に圧勝したわけです。これらの事例を見て、今後は企業がサイエンス(分析や論理、理性など)だけに基づいて経営を行っていくのは厳しい、と実感しました」

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「自分らしさ」を演出するために
美意識が求められている

ではなぜ、サイエンスのみによる経営は通用しなくなってきたのだろうか。山口氏は、大きく分けて二つの理由があるのではないか、と指摘する。

「まず一つは、消費者に求められる製品やサービスが変わってきたということです。20世紀までは、役に立つ必需品が求められたため、企業は『消費者は何を必要としているか』を論理的に分析してモノをつくり、消費者に届けてきました。しかし近年は、必要な製品やサービスは世の中に行き渡っている状態なので、消費者は『役に立つ』ことに価値を見出さなくなり、『自分らしい人生』という舞台に置きたいモノを選ぶようになっているのです」

「役に立つモノをどれだけ安くつくれるか」を追求するには、論理や分析などのサイエンスが役立つ。

「しかし消費者が自分の人生という舞台に置きたいモノとなると、サイエンスはあまり役に立たないのではないでしょうか。なぜなら、論理や分析を駆使してつくろうとすると、どの企業も結局同じようなものをつくってしまう可能性が大いにあるからです。『自分の人生の中に置きたい』と感じてもらえるものをつくるには、演出家的な美意識が必要だと思います。例えば僕は、モレスキンのノートを長年使い続けています。そして僕は、アップル社製品のファンでもあります。今後もモレスキンやアップル社の製品を購入し続けるでしょう」


ブランドの「ストーリー」をつくるには
美意識を持って打ち出す要素を選別することが必要

山口氏自身が愛用するアップル社やモレスキンの製品と、他社製品との違いはどこにあるのだろうか。山口氏は「ストーリー」だという。

「例えばモレスキンなら、品質だけでいえばもっとよい製品はほかにあるかもしれません。それでも僕にとっては、大好きな作家であるブルース・チャトウィンが愛用したノートというだけで意味があります。ストイックでハードなノートのビジュアルや質感と、行動する作家として知られたチャトウィンのイメージがぴったり重なり、同じノートを自分も使っていることに深い満足を感じるのです。アップルのiPhoneにしても、発売当初は違いましたが今となっては他社のスマートフォンと比べてデザインと性能が飛び抜けて優れているとはいえません。それでも、ジョブズらが体現す、アップル社の美意識に裏打ちされた『ストーリー』を買っているiPhoneファンは多いと思います」

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では、企業が自社製品のストーリーをつくり、消費者に向けて打ち出すにはどうすればいいのだろうか。

「ストーリーをつくるのは、企業側の美意識です。その企業ならではの直感と感性を駆使して、拾い上げる要素と捨てる要素を見極めることが求められます。例えば、株式会社スープストックトーキョー代表取締役会長の遠山正道氏は、ビジネスが行き詰まった時期に店舗を自分のアート作品としてとらえ直したそうです。そして、『アルコールを置いて利益率を上げる』といった今までのやり方を、自分の美意識に反するものとして捨て去りました。結果として業績は再び上向きになり、その後も遠山氏は美意識を貫く経営を徹底しています。美意識をもつことが正しい決断につながり、中長期的にはその企業を守ることになるのではないでしょうか」

美意識というと難しそうだが、まずは企業として「ありたい姿」を考え抜くことが、美意識を経営に活かす第一歩となりそうだ。後編では、美意識を育てる方法についてお聞きする。

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山口 周(Yamaguchi Shu)

慶應義塾大学文学部哲学科卒業、同大学院文学研究科美学美術史学専攻修士課程修了。電通やボストン・コンサルティング・グループなどを経て、組織開発・人材育成を専門とするコーン・フェリー・ヘイグループ株式会社にシニアクライアントパートナーとして参画。専門はイノベーション、組織開発、人材・リーダーシップ育成など。『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか』、『劣化するオッサン社会の処方箋』(いずれも光文社新書)など著書多数。

文/横堀夏代 撮影/石河正武