仕事のプロ

2020.08.03

今、日本企業に求められる「信頼でつながる雇用」③

1on1を活用し、ワーカーと企業の信頼関係をつくる

この数か月で多くの企業がテレワークを取り入れ、コミュニケーションのあり方が急速に変わりつつある。『ALLIANCE』の監訳者である篠田真貴子氏が「企業とワーカーの信頼関係が問い直されている」と語るように、ワーカーが企業に感じるエンゲージメントのあり方も、今まさに検証されているのだ。企業とワーカーが信頼関係を築くにあたって重要なのが上司と部下とのコミュニケーションであり、一つの手法として「1on1」ミーティング(上司と部下が1対1で行う、定期的な対話の時間)を取り入れる企業が増えている。そこで、この1on1をサービスとして提供するエール株式会社代表取締役の櫻井将氏に、1on1の意義や、ミーティングにあたって上司と部下それぞれが心がけたい「お作法」をお聞きした。

1on1の質向上には
事前準備が欠かせない

行動変容が必要なのは上司だけではない。話を聞いてもらう部下側も、自分が悩んでいることや相談したいことを、できるだけ明確にして1on1に臨むことが重要だという。

「ポイントは2つあります。1つはテーマの具体化。2つ目は求める態度。テーマの具体化というのは、1on1の前にテーマを考える人は多いと思います」

「例えば、キャリアとか、目標設定とか、半年の振り返りとか。できれば、もう少しだけ具体化してから1on1に臨めると良い時間になると思います。いつ頃からそのテーマが気になっているのか? そのテーマを選んだ背景は? そのテーマに関していま何を考え、感じているのか? 課題だと思っていることは? 困っていることは? など。できるだけ内容を具体化しておくと、相手も話を聴きやすいと思います」

「そして、2つ目の求める態度は意外と忘れがちですが、非常に重要なポイントです。ひと口に「相談する」といっても、実際には「アドバイスがほしい」「フィードバックがほしい」「ただ話を聴いてほしい」「協力がほしい」など、さまざまな要素が含まれます。ここが相談する側、される側での認識が食い違うと、有意義な1on1にならないわけです。1on1の最初にこの期待値をすり合わせられると非常に価値のある1on1になると思います」

相談する側は上司に何をしてほしいのか、「求める態度」を事前にイメージし、できれば1on1の早い段階で上司に伝えておくとよいという。


〈1on1の事前準備〉
話したいテーマについて、できるだけ内容を具体化しておく
聞き手に何をしてほしいのかイメージしておく(アドバイス・フィードバック・協力・ただ聴く)

「実際に私の家庭での話ですが、妻に『このミシンを買いたいんだけどどう思う? 』と相談されたので、私はいろいろなミシンをネットサイトで比較・検討しながら1時間ほど話していました。すると妻が、なぜかだんだん楽しくなさそうになっていったんです。後から考えてみると、妻は『へー、そのミシンの何がいいの? いいんじゃない! 』と一緒にミシンについて楽しく話して、背中を押してもらいたかっただけなのかなと。それなのに私は、比較して良い物を買いたくて相談されたと思い込み、必死に良いアドバイスをしようと頑張ってしまったわけです。これはどちらが悪いわけでもなく、ただ互いの期待値が食い違ってしまっただけなのです」


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オンライン1on1では映像をオフにし
想像を広げて相手の世界を見に行く

聴き手は、話し手の想いに寄り添い、話し手は事前準備をする......、このことをお互いが意識的におこなうことで1on1の質は向上するが、加えてこの時期に心がけたいのが、対面以外でコミュニケーションする場合の注意点だ。なぜなら、多くの企業でテレワークが導入されている今、上司と部下の1on1も、今後はオンラインで行われる可能性が出てくるからだ。櫻井氏が進めるのは、Zoomなどのツールを使う場合も、映像はオフにして音声のみで会話することだという。

「仕事の進捗報告などの『聞く』が中心の1on1は別ですが、『聴く』が中心の1on1の場合には、向かい合って話すのは、話し手にとってプレッシャーになります。また聴き手にとっても、ビデオをオフにするメリットは非常に大きいです。人間のインプットは視覚情報からが圧倒的に多いのですが、その視覚情報を遮断することで、自然と「聴く」ことに意識が集中し、相手の声から、多くのことを感じ取ることができるのです。機会があったらぜひ試してみてください」

「『YeLL』のサービスでも、サポーターとクライアント企業の方には、音声のみで話してもらっています。視覚情報を絶つことで、相手の表情からその日の気分や気持ちを勝手に解釈してしまうといったバイアスを減らすこと、また声から敏感にさまざまな情報をキャッチすることができます」



オンラインだからこその
メリットもある

オンラインでの1on1については、現状では「実際に会うことができないから、オンラインで対応するしかない」と考える人が多いかもしれない。しかし櫻井氏は、「オンラインならではのメリットもある」と考えているという。

「オンラインなら、それぞれが自分の好きな環境を選んで参加できます。周囲の環境は思考・感情・感覚に影響を与える最も大きな要素の1つなので、心地よい場所や自分の好きな場所に身を置くことで、1on1のクオリティが上がる可能性は高いと思っています。実際にYeLLのユーザーでも、『好きな場所でやるといつもと違うアイデアが浮かぶ』『歩きながらやると発想が豊かになる』などの声もよく伺います」

1on1のやり方次第で上司と部下の信頼関係は深まり、企業に対するワーカーのエンゲージメントは高まっていく。その積み重ねによって、企業とワーカーは共に成長を果たすことができる。

エール株式会社取締役の篠田氏はこのような企業とワーカーのつながりを、自ら監訳した書籍『ALLIANCE アライアンス 使途と企業が信頼で結ばれる新しい雇用』になぞらえて「アライアンス的な関係」と呼び、「ワーカーとの信頼を築くことは今後の日本企業に不可欠」と語っている。上司側は「聴く」姿勢を大切に、部下側は話す意図を明確にもって、質の高い1on1を実現していこう。

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エール株式会社

2013年創業。企業の1on1ミーティングを代行するサービス「YeLL」を運営し、組織の生産性向上や社員のモチベーションアップに貢献。マネジメントの1on1力の向上、社員の自律支援を中心に、研修の定着や女性活躍推進など、多彩なテーマで「YeLL」での活用を推進している。

文/横堀夏代