仕事のプロ

2020.12.29

今こそ知りたい「ビジネスモデルキャンバス」のメリットと活用のポイント

9つの要素でビジネスモデルの世界観を描く

新規ビジネスの構築や既存事業の見直しに有効とされるフレームワーク「ビジネスモデルキャンバス」。その5つのメリットとビジネスモデルを見える化するための9つの要素、作成のためのポイントと注意点を、事例とともにわかりやすく解説。コロナ禍の今だからこそ、ビジネスの見直しや創出にビジネスモデルキャンバスが活用できる。コクヨ株式会社ワークスタイルコンサルタントの曽根原士郎氏が解説する。

ビジネスモデルキャンバスとは?

ビジネスモデルキャンバスは、9つの要素でビジネスの構造を可視化したフレームワークで、新たなビジネスモデルの創出や現状のビジネスの分析などに有効です。
「想定する顧客」や「提供できる価値」を定めてビジネスモデルを構築するために使われ、組織内や企業間での協業・共創を検討する際に共通認識を持つための設計図的な役割を果たします。

アレックス・オスターワルダーとイヴ・ピニュールによって開発され、海外では2000年代から推奨されてきました。二人の共著『Business Model Generation: A Handbook for Visionaries, Game Changers, and Challengers』は世界45か国で出版され、日本でも2012年に翻訳版『ビジネスモデル・ジェネレーション ビジネスモデル設計書』(翔泳社)が出版されたのを機に広く知られるようになりました。

現在、このビジネスモデルキャンバスは、世界的な大企業をはじめ、スタートアップ、大学、投資家、マーケティングやコンサルティング会社から多様なアイデアソン、小規模ワークショップなどまで、幅広い分野で活用されています。



ビジネスモデルキャンバス9つの要素

ビジネスモデルを考えるうえでのフレームワークが数多く提唱されてきたなか、「画気的」と評され、現在も広く使われているビジネスモデルキャンバス。その特徴を見ていきましょう。
まず、ビジネスモデルキャンバスは、次の9つの要素(ブロック)から成り立っています。

1 顧客セグメント(CS:Customer Segments)・・・顧客は誰?
2 価値提案(VP:Value Propositions)・・・コアとなる提供価値は?
3 チャネル(CH:Channels)・・・どう売る?
4 顧客との関係(CR:Customer Relationships)・・・顧客にどう思われたい?
5 収益の流れ(RS:Revenue Streams)・・・どんな収入になる?
6 リソース(KR:Key Resources)・・・どんな資産が必要?
7 主要活動(KA:Key Activities)・・・そのための主要な業務は?
8 パートナー(KP:Key Partners)・・・パートナーは誰?
9 コスト構造(CS:Cost Structure)・・・どんな支出になる?


新しいビジネスモデルを考える初期段階に、「どんなビジネスがしたいのか?」という大きな世界観を上記の9つの要素(ブロック)で考えていくのが、ビジネスモデルキャンバスです。

2_bus_094_01.png どのような顧客にどういった価値を提供するのか、顧客とどういう関係性を構築し、どう売ってどんな収益を上げるのか、そのためにはどんな資産や業務、パートナーが必要で、どんなコストがかかるのか...という9つの要素を1枚のキャンバスに可視化しながら整理するツールで、なんと言ってもシンプルで明快、視覚的にもわかりやすいのが画気的と言われるゆえんです。


1.顧客セグメント(CS:Customer Segments)

「顧客は誰か?」「誰に価値を提供するのか?」。提供する製品やサービスに、価値や魅力を感じる顧客とはどんな人たち(グループ)なのかを記述します。


2.価値提案(VP:Value Propositions)

「コアとなる提供価値は?」「どういったニーズを満たすのか?」。製品やサービスそのものではなく、それらによって生み出される、自社ならではの価値やベネフィット(便益)を記述します。


3.チャネル(CH:Channels)

「どう売るか?」「どのチャネルを通じてリーチするか?」。製品やサービスをどこで知ってもらい、どこで購入してもらうか、顧客とのタッチポイントを記述します。


4.顧客との関係(CR:Customer Relationships)

「どのような関係を構築するか?」。顧客に対して、どのように関係を構築し、どのように進展させていくか、を記述します。


5.収益の流れ(RS:Revenue Streams)

「どんな価値にお金を払うのか?」「何にお金を払っているか?」「どのようにお金を払っているか」。売上や収入の項目、課金方法を記述します。


6.リソース(KR:Key Resources)

「価値提供にどんな資産(リソース)が必要?」。価値を生み出し提供するために必要な経営資源を記述します。固定資産や人材、資金、ノウハウや経験、技術、知的財産などです。


7.主要活動(KA:Key Activities)

「価値提供のために必要な主要業務(活動)は?」。価値を生み出し提供するために必要な活動を記述します。


8.パートナー(KP:Key Partners)

「パートナーは誰?」。主要活動やリソースを提供してくれるサプライヤーやパートナーなどを記述します。


9.コスト構造(CS:Cost Structure)

「どんな支出になる?」。ビジネスを運営するにあたり発生する必要なすべてのコストを記述します。




ビジネスモデルキャンバス5つのメリット

私がビジネスモデルキャンバスを活用してみて画期的だと感じたのには、次の5つのメリットがあるからです。

1 共通言語で議論できる
2 複数のモデルを比較できる
3 全体が直感的に理解できる
4 足りない部分が見えてくる
5 全員に同じ"世界"が見えてくる


順番に説明しましょう。


1.共通言語で議論できる。

社内で新しいビジネスモデルを考えようとなると、市場分析、ペルソナ、B/S、P/L、3か年収支...などなど、みんなそれぞれの立場で、かつ、難しいことを話しがちです。ビジネスモデルを書いてくださいと言っても、さまざまなアウトプットが出てくるでしょう。ビジネスモデルキャンバスという共通のフォーマットを持つことで、共通言語で議論ができるようになります。


2.複数のモデルを比較できる。

複数のモデルについてそれぞれビジネスモデルキャンバスを描くことで、視点を合わせて比較することができます。例えば、「顧客との関係」が対面なのかオンラインなのかによりビジネスモデルは変わってきますが、それぞれについてビジネスモデルキャンバスを描くと両者を比較しやすくなります。


3.全体が直感的に理解できる。

ビジネスモデルの全体像が1枚のビジュアルなキャンバスに収まるので、直感的な理解が可能です。


4.足りない部分が見えてくる。

9つのブロック(要素)を埋めていく過程でヌケ・モレがないかを確認でき、現状で何が足りていないかが明確になります。


5.全員に同じ"世界"が見えてくる。

個々の領域について議論したり事業計画を立てたりする前に、まずはどんなビジネスをするのかという全体の世界観を描いて視点をそろえることが重要です。そのための共通フォーマットとして、ビジネスモデルキャンバスは非常に有効なのです。
2_bus_094_02.png



ビジネスモデルキャンバスを活用した成功事例 〜ネスプレッソ〜

ビジネスモデルキャンバスを活用して新しいビジネスモデルを構築し、社会的に大きくブレイクした好事例が、グローバル企業のネスレです。本サイトに過去に掲載した記事(2016年4月5日開催、ビジネスモデル・キャンバスの開発者 イヴ・ピニュール氏の講演)を抜粋して紹介しましょう。

〈関連記事〉ビジネスモデル・キャンバスでイノベーションを起こす〈後編〉

記事概要

"ネスレは皆さんもご存知のように、小売店にコーヒーを卸すBtoBがメインの会社でした。ですが、近年はネスレのコーヒーが企業内や家庭でも飲まれていますね。そう、ネスプレッソのコーヒーを入れられるマシーンと挽きたてのコーヒーを密封したカプセルをつくり、家庭や企業といった、新しい販路を開拓したんです。そして、そのカプセルを売るための店舗もつくりました。今では、世界のあちこちにネスプレッソブティックがあり、20種類以上のカプセルを売っています。そうやって、小売店からだけでなく顧客からも定期的に売上げをあげることができるようになり、この、カプセルという一つの商品だけで、実に50億スイスフランもの収益を生み出しました。これこそ、新しいアイデア、新しいビジネスモデルです"(イヴ・ピニュール氏)




ビジネスモデルキャンバス作成のポイント

ビジネスモデルキャンバスを作成にあたっては、9つの要素を大きく2つの視点に分けて考え、埋めていく順序を意識することで、論理的に思考をブレイクダウンすることができて、手戻りやヌケ・モレが少なくなります。


1.2つの視点でビジネスモデルを捉える

ビジネスモデル・キャンバスの9つの要素を、下図のように「可能性」と「実現性」の2つに分けて考えるといいでしょう。
2_bus_094_03.png 図の赤い部分は、こんな顧客にこんな価値を提供してこんなことができたら、成長しそうだね、面白いね...という、表面から見たときのビジネスの「可能性」(表側可能性)です。一方、青い部分は、面白いけど...、パートナーはいるのか? 資産はあるのか? コストはどれくらいかかるのか? という、ビジネスの「実現性」(裏側実現性)です。

「可能性」と「実現性」の両方をドライブさせる本質が、中心にある「価値提案」であり、「価値提案」が合意できて初めて具体的な議論が可能になります。
可能性は優れていたものの、実現性が不足していたために失敗に終わったサービスや商品は数多くあります。その一つが、かつて日本でもいくつかの企業から「全面が画面でボタンがない、メールやWEB、画像送信ができる携帯電話」は開発されていましたが、、回線や周辺の付加価値サービスプレーヤー・コンテンツがプアでビジネスとしては成功しませんでした。リソースとパートナーが足りなかったわけです。

スティーブン・G・ブランク氏は著書『アントレプレナーの教科書』のなかで、失敗したビジネスのほとんどは、「価値提案』以外の実現性に問題があった、と述べています。まさにその通りで、「価値提案」がいくら斬新で優れていても、実現性が不足しているビジネスモデルを成功させることは難しいのです。



2.「顧客セグメント」と「価値提案」を決める

9つの要素のうちカギとなるのが、「顧客セグメント」、「価値提案」の2つです。これらはもっとも社会的な変化が速い要素で、ここがビジネスの"震源地"になります。
2_bus_095_01.png 社会がめまぐるしく変わるなか、既存の提供価値がどう変わったのか、折に触れ、振り返りと見直しが必要になります。2020年下期の今であれば、コロナ禍により何がどう変わったか、台頭した価値は何かを考えてみる必要があります。
誰にどういう価値を提供できるかを震源地の変化に合わせて議論していくことで、既存のビジネスのちょっとした転換がブレイクにつながる可能性も出てきます。

まずは「顧客セグメント」と「価値提案」、つまり「誰に何を(提供するか)」を決めましょう。ビジネスの「可能性」を考える部分なので、とっかかりやすく、楽しく取り組めるはずです。
「顧客セグメント」と「価値提案」の設定のコツは、「顧客をできる限り具体的に絞ること」です。

「価値提案」は顧客が喜ぶわかりやすいものにする必要があり、そのためにも? 顧客像を具体的に絞ってシャープにすることから始めると良いでしょう。顧客像が具体的でシャープでないと、価値提案やチャネルがぼんやりとしたものになってしまいます。
例えば、「30代女性」ではなく、「あのテレビドラマに出演しているあの俳優が好きな30代女性」というように焦点を絞りペルソナを設定します。

これはデザイン思考のアプローチになりますが、絞ったら実際にペルソナの行動観察を行います。多角的な視点で観察するなかで新しい気づきがあり、その人の別の属性も見えてきます。すると、こういう顧客層にも広げられるかも...、と新たな顧客像が見えてきます。
シャープにすることで可能性の幅を狭めてしまうようにも思えますが、最終的には顧客の幅を広げることができるのです。



〈顧客セグメントの例〉

■ 誰のために何を創出するのか?
■ 最も重要な顧客は誰なのか?
ポイント:人物像は"超"具体的に。一人称で書けるぐらい。
例:いつもスーパーで「美味しい水」を買って持ち帰るのが大変そうな、マンションの4階に住むおばあちゃん。


〈価値提案の例〉

■ どんな価値を提供するのか?
■ どんなモノ/コト、強みを実現するのか?
ポイント:比較対象や数字を含む表現で、「◯◯を、△△ぐらい、□□にする、"◇◇"」
例:徹底的に安全処理した「美味しい水」を、18リットル大型ボトルに詰めて自宅内のウォーターサーバーに取り付けにきてくれるサービス。
「ということは、各家庭の室内・暮らし方の様子が分かるので、他の食品の受発注・お届けサービスやお掃除代行サービスにも展開できるかも! 」という具合に、提供価値や顧客との関係を、他社にないより分厚く高い顧客満足につなげていける可能性に気付けるかもしれませんね。



3.議論を広げ、具体的に言語化する

「顧客セグメント」と「価値提案」が定まったら、そこから他の要素へと議論を広げていきます。できるだけ具体的に言語化していきましょう。

〈チャネルの例〉

■ その方法で狙った顧客に確実に届くか?
■ 再現性や確率は高いか?
ポイント:購入される瞬間が浮かぶか?
例:認知・評価→購入→リピートへと顧客の行動を自然に促せるか?


〈顧客との関係の例〉

■ 顧客はどんな関係を期待しているか?
■ その関係はモデルにどう貢献するか?
ポイント:顧客にどう思ってほしい?
例:なんでも知っているアシスタント/とにかく早い・安い・手軽


〈収益の流れの例〉

■ 顧客はどんな価値にお金を払うか?
■ 価値は所有/利用?
■ 支払い方法は?
ポイント:現状は? 競合は? 自分ならどうする? モデル全体のバランスは?
例:顧客の納得感とモデル全体の安定が達成できる代金の回収方法(1回・分割・前払...)


〈リソースの例〉

■ 価値創出に必要なコアリソースとは?
■ 今、それを持っているか? 手に入るか?
ポイント:現実的なモノ・コトを優先。「組み合わせてみる」がカギ。
例:生産設備、店舗、特許、ブランド、経験、キャッシュ


〈主要活動の例〉

■ 自分たちは日々何をするか?
■ それは価値・モデルのコア業務か?
ポイント:1日単位、月単位、年単位で考える。
例:顧客に密着し提供価値を高めていくところだが、そこは適切なパートナーに任せて、もっと価値を高める仕事・先にあることに取り組み、その内容をSNSで発信しよう


〈パートナーの例〉

■ 誰をパートナー/サプライヤーにするか?
■ どんな活動を提供してもらうか?
ポイント:自分たちよりプロがいるか? モデルのコストやリスクが減るか?
例:特許と販売・回収に特化し、製造・配送はプロに任せる


〈コスト構造の例〉

■ モデル特有の重要なコストは何か?
■ 将来、モデルが成立するためには?
ポイント:重要/高額/継続的な支出は何か? 全社の期待感は? 成長のさせ方は?
例:固定費or変動費、コスト主導or価値主導

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4.具体的なアクションに落とし込む

9つの要素を埋めたら、どこの要素について現実と目標のギャップが大きそうか、どこの要素にイノベーションの可能性がありそうか、自社にはどこの要素が足りていないか...などを洗い出していきます。こうすることで、自分たちがとるべき「アクション」が見えてきます。

ビジネスモデルキャンバスは新しい世界を描く台紙ですが、あくまでもTo doのインデックスであり、ゴールではありません。

キャンバスを作って満足してしまう、作ったもののどうしたらいいかわからない...というケースがよく見られますが、あくまでもアイデアを引き出すためのツールであるということ、目的ではなく手段であるということは、意識していただきたいと思います。




リモートワークが進む今こそ、ビジネスモデルキャンバスが有効

コロナ禍によりこれまでのビジネスモデルが通用しなくなり、新たなモデルの構築に着手している、またはしようとしている企業も多いことでしょう。
以前のように会議室に缶詰めでブレスト...というのができない状況のなか、リモートでやりとりをしながら深めていくケースもあると思いますが、そんなときこそ共通言語が重要になります。
たとえ物理的なキャンバスに描くことができなくても、メンバーがビジネスモデルキャンバスの概念を共有することで、ディスカッションは格段にスムーズになるはずです。

最近はさまざまなデジタルツールも出ていますので、そうしたものも活用しながら、ぜひビジネスモデルキャンバスによる新規事業構築に挑戦してみてください。




まとめ

海外では2000年代から用いられてきたビジネスモデルキャンバスですが、今の時代にこそ、必要とされるビジネスのフレームワークだと私は考えています。
昨今は企業が集中と選択を繰り返し、各社が無駄のないビジネスモデルを構築しています。逆にいうと、コア事業以外のあそびの部分がないため一社でできることが限られ、既存の領域の延長線上にない、今までの価値観を壊すような破壊的なイノベーションとても難しいといえるでしょう。

これからの時代は、一社単独のイノベーションではなく共創によるオープンイノベーションや価値創造がより重要になってきます。求められるのは"勝ち組"ではなく、世の中をより良くしていこう、持続可能性を追求しよう、社会を巻き込んで何かを変えていこうという意志ある組織・企業、そしてコロナ禍を受け様々な社会の価値観の変化を体感しながら働く私たち一人ひとりなのです。

オープンイノベーションにおいては、さまざまな領域の多様なメンバーが協働します。その際に必要になる共通言語として、私はビジネスモデルキャンバスの価値を改めて見直しているのです。



曽根原 士郎(Sonehara Shiro)

コクヨ株式会社 ファニチャー事業本部/ワークスタイルイノベーション部/ワークスタイルコンサルタント
1989年の入社後すぐに新規事業(OA・ICT)営業・企画の部署に配属。2001年より研究開発部で、新規事業・新領域商材担当。結果、6本上市。2014年より企画部門で新たなコラボレーションクラウドサービスの開発・立上げに従事。2016年からはコンサルティング部門で「働き方改革」コンサルと同時に新規ITサービス開発に携わる。2017年より同部隊にて、さらに新たな「働き方改革」ITサービスを立ち上げ中。

文/笹原風花