仕事のプロ
人類の進化とともに組織のあり方も進化する「ティール組織」とは〈後編〉
ティール組織の手法を自社に取り入れるには?
経済成長はできていても誰も幸せじゃない経済社会に違和感を抱き、理想の組織のあり方を探究したフレデリック・ラルー氏が紹介した「ティール組織」。日本での第一人者と言われる嘉村賢州氏に、その手法を自社に取り入れるための考え方や実践事例として自身が組織運営をどのように行っているのか、引き続きお話を伺っていく。
大切なのは組織が健康であること。 ティール組織の3つの特徴に照らし合わせて判断できる
ティール組織の正しい認識を広めるエバンジェリストとしての活動をしている嘉村氏によると、ティール組織はすべての企業にとって理想の組織であるわけでも、めざすべきものでもないという。 「大切なのは組織が健康な状態かどうかであって、YESならそれでいいわけです。NOなら改善すべきですが、それでティールになることが正解というわけでもありません。健全であるならオレンジの組織の状態でもいいのです。ただ、組織が健康ではない場合、ティール組織で生まれた知恵が役に立つかもしれません」 例えば理念に誇りが持てない、パーパス経営といっても格好いい文言を作っただけになっている場合は、「存在目的」を捉えきれていない可能性がある。社員一人ひとりが心から実現したいと思える「存在目的」でなければ、熱量を持って自己決定しようと思えない。その場合は意義を感じられる「存在目的」を一緒に考える時間と場を持つ必要が出てくる。 愛社精神もしっかりしたパーパスもあるのにイノベーションが生まれず、ワークショップや会議ばかり行っている場合は、進め方や構造上の課題を疑ってみる。そのブレイクスルーとして「自主経営」の助言プロセスでの意思決定を取り入れるという方法が考えられる。例えば訪問介護でも地方部と都市部では同じ「日報を書いて提出する」という作業でも負荷が違う。それなら一律ルールを見直し、現場ごとにプロセスやルールメイキングができる構造にしてみるなどが考えられるだろう。 社員間で陰口が多い、頑張っている人の後ろ指を指すなどが見られるなら「全体性」に問題がないかを疑い、その要因を探ってみる。例えば評価のインセンティブ制度が足を引っ張り合う要因になり、その結果個人主義がはびこるのであればそこを見直すことから始めてみる。 「ティール組織は10社あれば10通りのやり方があり、ティール組織になるためのステップなどは存在しません。鳥になるべくして生まれた組織が、牛になるべくして生まれた組織のマネをしても意味がないわけです。 ただ一つ明確に言えるのは、ティール組織をめざすのであれば、経営トップ自らが大きく変わる覚悟が必要であるということ。意思決定のスピードを上げたいから部門単位で自主経営を取り入れてみよう、という感覚では成功させるのは難しいでしょう。途中失敗してもいいというぐらいの覚悟で、数年かけて、途中カオスになってもやりきると長い目で取り組む必要があります。その結果、理想的な組織に近づいたならば、社員全員が仕事だからと力む必要もなく自分らしくいられ、元気でファンの多い企業となり、売り上げにも直結してくるはずです」
「実験」と「標準化」を繰り返しながら 存在目的の実現と理想の組織のあり方を模索
嘉村氏は自身が代表を務めるNPO法人「場とつながりラボhome's vi」でティール組織の手法を取り入れ、理想の組織をめざして様々な実験を行っている。 その取り組みの一つがWILLとCANの見える化だ。一部のプロジェクトで構成される役割群に主観的な「やりたい度(WILL)」プラス2からマイナス2の範囲で「スキル度(CAN)」を1から5の範囲で数値化し、共有している。つまり「この仕事はやりたくない」という意思表示をすることもできるのだ。やりたい度をプラスにつけているにも関わらず、ミスが増えるなどパフォーマンスが低く意欲を感じられない時などは、対話をしながらそれが本当にやりたいことなのか確かめるという。 「手を挙げたときは確かにやりたいと思ってプラス1をつけた役割でも、その目的が実は早くチームになじみたいから手を挙げたなどの場合、時間の経過と共にだんだんやりたい役割ではなくなっていくことも。その場合は、その人がその役割から離れて、今本当にやりたい役割にシフトしていける方法を考えます。 例えば本当はやる必要がない仕事なのであれば止める、その役割をやりたい人を採用する、やりたい仕事というわけではなくてもチームのためにその役割を引き受けてくれる人がいれば、感謝を伝えるとともに評価にも反映する、などのやり方が考えられます。いずれにしてもマイナスの状態が1年以上続くことがなく、みんながプラスで働けるように考えていきます。自分が本当にやりたいことだと思えたり存在目的に心から共鳴できていると、途中どんなトラブルがあっても楽しめるほど情熱的に輝いて仕事ができますから」 また、新しい制度を取り入れる時にはまず「ゆるやかな哲学」を決めてから方法を検証するという。 例えば「個人が分断しない給与制度」という哲学を決めて全員で合意したら、それを体現できる方法として「自己申告での評価制度」を導入して1年間回してみる。そのうえでみんなが満たされるやり方になっているか検証し、改善点があれば進化させていく。 ティール組織では「失敗」はなく、実験を繰り返しながら目的の実現に向けて標準化していくことが重要だと考えてられていて、まさにそれを実践しているのだ。 「このやり方はティール的な方法だろうか、などと難しく考える必要はありません。『違和感があることを止める』とシンプルに考えていれば、自然とブレイクスルーできる時が来ます。例えば『お茶くみは女性がすべき』や『人をふるいにかける』『従業員』といった言葉に対して心にざわつきを感じるなら、それを取り除いていけばいい。 そのためにも、自分の内側のシグナルが弱くても気づけるセンサーを取り戻すことが大切です。自分らしさを抑え、違和感を抱きながらも、上司の命令だからと無理矢理取り組んでいるとメンタル不調や体調不良につながることもあります。そうしたアラームに気づけるセンサーを持つことが、仕事という人生の旅路を楽しむためにも重要です」
「組織」から「生態系」へ、 組織の殻はますます薄くなる
さらに今後は副業や兼業が進み、複数の企業に属するのも当たり前になるなど、組織の殻がもっと薄くなり、「ティール組織」から「ティール的生態系」になっていくと嘉村氏は予想する。 「ティール組織が最終形態というわけでもありません。『ティール組織』の著者フレデリック・ラルー氏が事前に知っていたら必ず盛り込んだという『ソース原理』など、新しい組織運営のコンセプトも出てきています」 組織の進化には価値観のダイナミックな変化がつきもの。そのために傷ついてしまうケースもあるので注意が必要だ。例えばアンバーやオレンジの組織の理論の下で長く働いてきた人は、ティールへの移行の中で大きな価値観の変化を受けることになり、昇給や出世をモチベーションにしていた人が目標を見失って途方に暮れてしまうこともあるので、ケアが必要だ。 「例えばこれまで当たり前だった『ミーティングの後は疲れる』や『外回りの後、オフィスに戻りたくないからカフェで時間をつぶす』というのは、実はおかしな話。人と会話することで元気になれたり、打ち合わせの結果をシェアするために早く戻りたくて仕方がないというオフィスにすることもできるはずです」
「全体性」を担保しやすいオフィスの工夫 重視すべきは「多様性」と「自然」
そのための一つの工夫としてオフィス空間づくりを見直すことも効果的だ。 「アンバーやオレンジの組織のオフィスはコーポレートカラーや統一ブランドに合わせてカラーを1色で打ち出す場合が多く、それはそれで意味があるのですが、一人ひとりのカラーを大事にすることができません。一方例えばザッポス・ドットコムという企業のオフィスは、自席をそれぞれが自由にデコレーションしていて、組織の中で自己表現できるようになっています。そうした多様性を大切にしたオフィスづくりや、自然を取り入れたオフィスでは社員も心を開きやすくなります」 また、オフィス内に社員のペットや子どもの出入りが自由な企業もあり、そうすることで全体性を保ちやすくなるという。例えば普段は怒鳴るなど高圧的な態度を取る人が、テレワーク中で隣の部屋に家族がいる場合は穏やかになることもある。そういう経験を通じて、普段はありのままの自分で働いているわけではなく、仕事用の仮面を被っていることを認識することにつながる。 「ラルー氏はオフィスに電子レンジはあってもキッチンがないことに疑問を投げかけています。食を囲むというのは笑い合ったり励まし合ったりするなど、人と人が関わりあえる豊かな時間ですから。テレワーク時代だからこそ、自社にとってエネルギーを奪われるのではなく湧き上がってくるオフィスづくりとは?というところから考えてみるのもいいですね」
嘉村 賢州(Kamura Kenshu)
1981年生まれ、場づくりの専門集団NPO法人場とつながりラボhome's vi代表理事、東京工業大学リーダーシップ教育院 特任准教授。集団から大規模組織にいたるまで、人が集うときに生まれる対立・しがらみを化学反応に変えるための知恵を研究・実践。研究領域は紛争解決の技術、心理学、脳科学、先住民の教えなど多岐にわたり、国内外問わず研究を続けている。