仕事のプロ
日本の「働く」環境の現在地
1.国際競争における日本の立ち位置
2022年12月。MANA-Bizのこれまでの活動の集大成として、発刊した『LEAP THE FUTURE ~未来の常識を跳び越える「働き方」』(プレジデント社)。この本の制作にあたって、未来の働き方を考察するためにさまざまなデータを紐解いていくなかで、印象に残ったデータや社会の変化について、編集長の所感を3回連載で紹介します。第1回目は、世界の中で日本がどういった立ち位置にいるのか、「お金(経済指標)」「イノベーション」「先端IT技術」の視点でまとめました。
世界における日本の立ち位置「お金編」
日本製品の品質の良さ、豊富な品ぞろえ。長年メイドインジャパンは高い信頼性を誇ってきました。また、近年はアニメやマンガに代表されるサブカルチャーも世界的に人気が高く、世界の中での日本の存在感は高いと言えるでしょう。
一方でバブル崩壊後から現在にかけて「失われた30年」と言われており、日本経済の低迷も叫ばれています。しかし、日々の生活の中で日本経済の低迷を実感することはあまりないのではないでしょうか。なぜ、低迷を感じないのか。また、どれくらい日本は「低迷」しているのか。世界の中での日本の価値をはかる「お金」のデータから、世界の中の日本の立ち位置を見ていきます。
- 企業の世界時価総額ランキングのトップ50から日本企業が消える(2023)
1989年には日本企業は32社がランクインし、上位5位まですべて日本企業が独占。しかし、2023年1月に発表されたランキングではついに日本企業が1社もなくなる。50社中32社をアメリカ企業が占める。 - 平均的な豊かさでみると日本は27位(2021)。今後も横ばい予測
2021年の日本のGDPは世界第3位だが、平均的な豊かさを示す一人当たり名目GDPは27位。また、IMF(国際通貨機構)による実質GDP長期予測では、2060年までに世界全体のGDPが伸び続けるとの予測に対して日本はほぼ横ばいと見込まれている。 - 日本の平均年収は過去20年ほぼ横ばいで、OECD加盟国内でも22位(2020)
2000年からの20年間、アメリカは25%、韓国は44%も平均年収が上昇しているのに対して日本はほぼ横ばい。OECD加盟国内でのランキングでも22位とOECD内平均を下回る。
毎年発表される日本の平均年収の推移を見るたびに、停滞感を感じていましたが、世界的に安月給だという現実はショックでした。確かに海外旅行先では、「レストランでの食事代が高いな」とか、「文房具がやけに高いな」とか感じることはありましたが、同時に、「日本は頑張っているな」と少し誇らしく感じてもいました。しかし、それはすなわち、日本の物価が安いということ。
物価安のおかげで30年間給料があがらない現状でもなんとかやり過ごしてきた私たち日本人は、自分たちが豊かになっていない、むしろ「貧しく」なっていることに気づけていないのだと実感するとともに、この先も気づかないふりが続いていくのでは...と危機感を覚えました。
働く視点でも、「本格的なグローバル化」とよく言います。それは、「働き方」「働く意識」だけがグローバル化するのではなく、物価もグローバル化する可能性があるということも示唆しています。
この30年で、世界の企業ランキングでも日本企業名がなくなってしまっています。かたやIT技術の進歩で、世界はもっともっと狭く(近く)なってきています。世界中で同じ物価感覚でモノの売り買いが行われるようになり、今のままでは、私たち日本人が購入できるものはだんだんと限られてくるかもしれません。世界の中での日本の発言力はますます減っていく可能性が懸念されます。
世界における日本の立ち位置「イノベーション編」
コロナによってさまざまな変化を強いられたことで、「ニューノーマル」という言葉が頻出するようになりました。変化することが積極的に求められ、これまで以上にイノベーションの必要性を実感するようになっています。
古くはカラオケ、ウォークマン、ウォシュレットなど、革新的な商品を生み出してきた日本。新しいモノを生み出すことが得意だったはずですが、今現在のイノベーション力はどうなのか...? データで見ると、日本の「弱み」が見えてきました。
- 日本のイノベーションの課題は「多様性」と「協働・協創」
国際競争力をランクづけした「グローバル・イノベーション・インデックス」(2022)では韓国6位、シンガポール7位に対して日本は13位。アジアの中でもかなり後れを取っているのが現状。日本の課題として指摘されているのが「労働力の多様性」と「複数主体による共同研究」。多様な価値観をかけ合わせながら新しい価値を生み出すことが課題だ。 - 競争力を国際的に比較すると日本企業の課題は多い
各国の競争力に関する基準点を示す「国際競争力ランキング」(2022)。日本は63か国中34位。課題として「生産性」や「効率性」「職場の多様性とその活用」「機会や脅威などに対する意思決定の素早さ」などがあげられる。 - ベンチャー企業が融資を集めにくく、起業リスクも高い
日本での2021年のベンチャー企業への投資額はアメリカの100分の1。起業コストがかかることや、個人保障など起業リスクに対する保障制度の課題、投資家からの直接融資が少ないといった状況も、日本でメガベンチャーが育ちにくい要因になっている。
国際的な指標の結果だけを見て判断するのは危険ですが、国際競争の中にあっては、日本だけが取り残されたり、独自路線でガラパゴス化していくのは得策とは言えません。
日本はきめ細かいマイナーチェンジの繰り返しでどこよりも便利に暮らせる国になりました。また、国内に十分なマーケットがあったがゆえに、世界市場へ打って出る必要性が低くかったことで、世界の動きや変化に対して鈍感になっていたのかもしれません。その結果、「世界に遅れをとってしまった」とようやく気づき、今になって焦り始めているように見えます。
ただ、日本人のひいき目もありますが、まだまだ日本にはポテンシャルもアドバンテージもあるはずです。変化の波は避けられないため、今からでも全力で変わっていかなければなりません。
そしてすでに、企業のDX推進やデジタル化の普及などイノベーティブな波が起き始めているのもたしかです。ただし、企業も個人も、まだまだ視野が狭いように感じます。自社内だけで完結させようとせず、複数社で開発したり、情報をオープンにすることで他流試合を活発化させるなど、多様なアイデアを生み出す戦略的なコ・クリエーションに日本全体で取り組む必要性を強く感じました。
イグ・ノーベル賞では、16年連続受賞している日本人。アイデアをカタチにすることが非常に得意な一面がここでも証明されています。日本人の誇れるアイデア発想力と開発・実装力にぜひ期待したいです。
世界における日本の立ち位置「先進IT技術編」
現在のGDP成長率を維持するためには、自動化による2.5倍の生産性向上が必須になるといわれています。AIに仕事を奪われるのではないかという不安の声も聞かれますが、労働力不足の解消や、新しい価値を生み出すためにも、テクノロジーの進化は不可欠です。しかし、日本の先進IT技術は世界の中で存在感を発揮しているとはいえない状況です。
- IT人材は2030年には70万人不足
経済産業省の試算によると、IT人材は2030年には最大79万人不足する見込み。一方、メタバース市場は10年以内に18倍以上になると拡大が予測されるため、より高度な技術を持つIT人材は世界で奪い合いになる。世界に遅れを取らないためにも、優秀なIT人材の育成は急務だ。 - 研究開発費は世界第3位、対GDP比は横ばい
韓国や中国、アメリカが増加し続けているのに対して、日本の研究開発費の対GDP比は3.3%前後。過去5年間ほぼ横ばい傾向。国家総額では世界第3位の規模だが、トップのアメリカや中国など増額する国との差がますます広がっていくことが懸念される。 - 世界デジタル競争力ランキングでは最下位の項目も
「世界デジタル競争力ランキング」(2022)を見ても63か国中29位と遅れを取っている。特に「国際経験」(知識)と「ビッグデータ活用・分析」「ビジネス上の俊敏性(未来への対応)」では調査対象国・地域内で最下位。ChatGPTなどの人工知能チャットボットの開発や活用が世界で進む中、出遅れ感は否めない。
日本では、1990年代後半にペットロボットという市場が生まれ、家庭用の愛らしい犬型(?)ロボットがブームになったこともあり、ロボット開発を得意とする印象があります。
そして実際に調べてみると、日本はロボットアームによる組み立てや良品・不良品を見分ける画像処理技術、在庫数を最適化する技術など産業用ロボットの分野では世界でも多くのシェアを占めるトップクラスの実力であることがわかったのは嬉しい驚きでした。
また昨今は、ドローンやセンサー技術の活用に加えて、自動運転技術やAI自動走行などの導入に向けた技術開発はますます加速しています。そうした国際競争の苛烈な市場で日本企業が健闘しているという現状も、とても誇らしく感じました。
ただ、私たちの身近な部分でテクノロジーによるポジティブ変化をどれだけ感じられているのか?というと、まだまだ実感が持てていないのではないでしょうか。仕事の面では、IoTの進化により効率化は進んでいますが、忙しさは変わりません。暮らしにもIoTが入ってきたことで楽になった面もありますが劇的なインパクトまではなく、普及率という点では、まだまだだと感じます。
AIを活用した技術開発に国策として力を入れる国もあるほど、競争は激化しています。危機感を高く持っていなければあっという間に取り残されてしまいます。
ロボット開発で世界的なトップシェアを誇るなど、日本の強みが活かせている分野がある一方で、もっと身近な場、とくに仕事の場面で最新技術が活かせていないことが、長時間労働、諸外国と比較しても明らかな生産性の低さにつながり、低賃金にも大いに関係しているでしょう。低賃金はグローバルな労働市場においてもデメリットになることを考えると、労働環境でのAIやテクノロジーの活用は必須です。
コロナによってデジタルツールへの依存度がイッキに高まった今、この機を逃さずDX化をさらに加速させていくことが求められていると強く感じました。
第1回目は、さまざまな国際比較データから見える日本の立ち位置について感じたことをお伝えしました。次回は2030年に向けて日本国内に山積する問題について考察していきたいと思います。
書籍紹介
LEAP THE FUTURE 未来の常識を跳び越える「働き方」(プレジデント社)
栗木 妙(Tae Kuriki)
コクヨ株式会社ワークスタイルイノベーション部MANA-Biz編集長。働き方のトレンドリサーチ、コクヨのオウンドメディア『MANA-Biz』を運営。専門はダイバーシティ&インクルージョン。