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2024.05.17

世界中で広がりつつある「静かな退職」、その原因と向き合い方とは

すでに2人に1人は「静かな退職」を選択

若い世代を中心にワークライフバランスを充実させたい、仕事よりもプライベートを重視させたいという価値観が拡がっている。そんな中で近年アメリカを中心に「静かな退職」という働き方を選択する人が増えているという。その要因や企業に与える影響、向き合い方について解説する。

「静かな退職」とは

「静かな退職」とは、実際に会社を辞めるのではなく職務に対する思い入れや熱意を失い、心理的に会社を去っている状態のこと。
組織に在籍しながら契約上義務づけられた必要最低限の業務だけを行い、仕事とプライベートの境界線を明確に引いて、仕事に自己実現ややりがいを求めない割り切った働き方だ。

英語の「Quiet Quitting」を日本語で「頑張りすぎない働き方」と訳すことも。キャリアコーチのブライアン・クリーリー氏が2022年にTikTokで使った言葉がアメリカで流行したことが発端と言われている。
対義語は「ハッスルカルチャー」で、毎日死に物狂いで働き続けるワークスタイルを示し、過度なストレスやバーンアウト(燃え尽き症候群)のリスクを伴う。そうした働き方に疑問を感じ、必要以上に一生懸命働かないという選択をするのが「静かな退職」だ。




「静かな退職」その特徴や兆候は

「静かな退職」を選択している人には、主に以下のような姿勢や態度が見られることが多い。

・求められている以上の仕事はしない 
・最低限の会話しかしない、業務外のことで話しかけられても聞こえないふりをする 
・会議でほとんど発言しない
・指示待ちの姿勢
・毎日定時に退社
・時間外に仕事のメッセージへの返信をしない
・飲み会や社外イベントに参加しない
・業務範囲外の仕事やプロジェクトへの参加は理由をつけて断る
・自分の仕事に感情を込めない
・タスクに余分な労力を費やさない

一方、「期待以上」のことをしないだけで、同僚に対して批判や悪口は言わないし、遅刻や無断欠席もしない、業務範囲で頼まれた作業は及第点のものはこなすなど、服務規程違反をするわけではない。会社に対して肯定的でもないが否定的でもないスタンス、といえる。




データから見える「静かな退職」の現状

「マイナビ 正社員のワークライフ・インテグレーション調査2024年版(2023年実績)」によると、20~50代正社員に対して行った調査で回答者の約5割が「"静かな退職"をしている」と感じていることがわかった。

また「できることなら働きたくない」と感じている人は約57%。仕事と私生活の充実は関係していると感じている人は約70%いるが、両方の充実を求めることは39%が「できていない」と感じているという現状も見えてきた。


4_res_252_01.png 4_res_252_02.png 【出典】マイナビ キャリアリサーチラボ「マイナビ 正社員のワークライフ・インテグレーション調査2024年版(2023年実績)」

Great Place To Work® Institute Japanが2024年1月に行った調査では、「静かな退職」を選択している人の約3割は20~34歳までの若手であり、この働き方のメリットとして約48%が「プライベートな時間を確保できる」と回答している。
また、「静かな退職」を選択した人の約7割が入社してからこの働き方を実践するようになっており、その理由に「仕事よりプライベートを充実させたいと思うようになった」「努力しても報われない(正当に評価されない・給与に反映されない)」ことが影響していることがわかった。


4_res_252_03.png 4_res_252_04.png 【出典】Great Place To Work® Institute Japan 「静かな退職に関する調査2024年」

また、アメリカの世論調査会社ギャラップ社が160カ国12万人以上の労働者に対して2022年から2023年にかけて行った調査から、世界の労働者の59%が「静かな退職」を選択している(仕事に打ち込んでいない)ことがわかった。
仕事への打ち込み度合いの低さと反比例するように職場におけるストレスレベルが高まっていて、ストレスレベルは仕事の場所よりも、仕事への打ち込み度合いや関わり度合いに関連することも見えてきた。つまり「静かな退職」をするのではなく、毎日の仕事で熱意を持って仕事に打ち込む方が、ストレスレベルを軽減することにつながると言えそうだ。




「静かな退職」が広がっている背景

こうした働き方が生まれた背景として、いくつかの要因が考えられる。主なものについて説明していく。

ワークライフバランスを重視する価値観の変化

特にZ世代と呼ばれる若い世代を中心に、ワークライフバランスやタイパを重視し、仕事だけでなくプライベートも充実させたいと考える人が増えている。その結果残業をよしとせず、労働時間を自主的に調整する動きがみられるようになったと考えられる。

選択肢の多様化

近年、本業以外で収入を得る方法や、自己実現や自己成長を感じるための選択肢が増えている。また、終身雇用が前提ではなく転職が当たり前となり、帰属意識が薄れる傾向は強くなっている。このように職場や働き方を選択できるようになったことで、会社に固執しない働き方も取り入れやすくなったといえる。

業務範囲や評価指標があいまい

いまだに年功序列で昇進・昇格が決められたり、一生懸命仕事をしたことでかえって仕事を振られて忙しくなったなどの経験によって、「がんばっても損をするだけ」「努力しても報われない」という認識を生んでしまっているケースも想定される。

キャリアパスが不透明

終身雇用から複数の企業を移りながらスキルを伸ばすスタイルへと働き方の変化の過渡期であるため、キャリアパスを描きにくいことの影響も考えられる。今いる会社での出世レースからは離脱し、ワークライフバランスを保ちながら副業や資格取得などに取り組もうと考えて「静かな退職」を選択することもありそうだ。

労働環境や人間関係への不満やストレス

コロナ禍を経て急激に進んだワークスタイルの変化により、在宅勤務が可能な業務とそうでない業務によって働き方の柔軟性に差が生まれたり、テレワークによって組織とのつながりを感じにくくなったという声も聞かれる。そういった不満やストレスからエンゲージメントが下がり、静かな退職を選択する原因と考えられる。


企業に与える影響

「静かな退職」の広がりが企業に与える影響として、生産性の低下と人材流出の2点が考えられる。

生産性の低下

「静かな退職」をしている人はモチベーション高く仕事に打ち込んでいる人と比べると生産性は低いことが想定される。また、緊急の顧客対応など突発事項が発生しても必要最低限しか仕事をしない人がいると、周囲の人が負担することに。その結果周囲の人の業務負荷が増え、モチベーションも下がるなど、チームのパフォーマンス低下が懸念される。

人材の流出

仕事に対する意欲が低い人がいることで不公平感が生まれるなど雰囲気が悪くなると、人間関係が悪化したり、周囲の優秀な人材が組織に対する不満を募らせて辞めてしまうことも考えられる。
さらに、モチベーションの低さや「必要最低限の仕事だけやればいい」という雰囲気がチーム内に伝染すると、新しいことに挑戦する風土も生まれず、業績の悪化にもつながりかねない。




企業として「静かな退職」にどう向き合うか

「静かな退職」そのものはひとつのワークスタイルであって、それ自体が悪というわけではない。最低限の仕事をこなしつつ、プライベートな時間を活用したスキル向上や人脈の構築などを行うことがプラスになる可能性もあるだろう。働き方に対する多様な価値観に寄り添いながら、それによる弊害を避けるために企業はどのように向き合うべきか。代表的な対応策として考えられるものについて説明していく。

人事評価制度の見直し

正当に評価されない、がんばっただけムダだと感じさせないためにも、業務範囲や責任の明確化や年功序列の見直し、成果に見合った報酬テーブルの検討などに取り組み、公平性が高く透明性のある評価制度を構築することが重要だ。また、「定年まで勤め上げる前提で管理職をめざす」だけではない多様なキャリアパスを用意することで、目標設定もしやすくなるだろう。

ワークライフバランスを尊重し、支援制度を導入

従業員がワークライフバランスを保てるよう、必要な支援制度を導入することも必要だ。たとえば、フレックスや時短勤務、リモートワークの導入、育児や介護休暇等の設置、福利厚生メニューの充実など、ワークライフバランスを実現しやすい支援を会社が行う姿勢を見せることで、一度は静かな退職を選択した人も仕事とプライベート両方を充実させようと感じられるかもしれない。

働きがいを感じられる仕組みづくり

人とのつながりや認められていると感じられない職場環境では、会社との心理的距離は広がってしまう。エンゲージメントサーベイを実施して現状従業員がどう感じているのかを把握し、必要に応じて1on1やメンター制の導入やフリーアドレス化など、社内コミュニケーションの活性化につながる施策を取り入れることも効果的だ。

前出の「マイナビ 正社員のワークライフ・インテグレーション調査2024年版(2023年実績)」で、仕事とプライベート両方が充実している人の職場は「仕事の裁量権」「服装」「時間」の柔軟性が高いという傾向がみられた。まずはこの3つの観点から、自社を見直してみるのはどうだろうか。



作成/MANA-Biz編集部