リサーチ
長時間労働は働き方改革関連法で減った?新たに見え隠れする課題
“過労死ライン”を超えないためにも企業が取るべき対策とは
働き方改革の実現のため、2019年から段階的に労働基準法が改正され、長時間労働に対して管理と制限が設けられるようになった。その結果、労働時間は減ってきているのか、またその影響で新たに浮上しつつある課題について、データを交えて解説する。
長時間労働と法定労働時間とは?
長時間労働の規制といっても、「何時間以上が長時間労働」という法律上の明確な基準があるわけではありません。労働基準法における法定労働時間は、原則として1日の勤務は8時間、1週間で40時間以内となっていて、これを超える場合には36協定の締結が必要です。 36協定とは、法定労働時間の超過や休日労働が認められるための労使との合意のこと。大企業では2019年に、中小企業では2020年に施行された労働基準法改正により、36協定の範囲内の時間外労働の上限時間は、原則月45時間・年360時間まで、臨時的な特別の事情があって労使が合意する場合(特別条項)でも、年最大720時間までとなりました。 さらに、36協定の特別条項で認められる時間外労働については、以下の1~4の基準をすべて満たすことが義務付けられました。 1.時間外労働は年720時間以内 2.時間外労働と休日労働の合計は月100時間未満 3.時間外労働と休日労働の2~6ヶ月平均が、すべて80時間以内 4,時間外労働が月45時間を超えることができるのは、年6ヶ月まで 上記に違反した場合には、罰則(6か⽉以下の懲役または30万円以下の罰⾦)が科されるおそれがあります。 36協定は「臨時的な特別の事情がある場合」に限り、労働者の健康を損なわない範囲で締結されるべきであり、長時間労働を正当化する理由にはなりません。また、たとえ36協定で締結された時間外労働の範囲内に収まっているとしても、労働者に対して健康および福祉を確保するための措置を講じる必要があります。
時間外労働を制限する理由の一つである 「過労死」の認定基準とは
長時間労働が究極的に行き過ぎた先にあるのが「過労死」。過労死等の定義は、過労死等防止対策推進法第2条に以下のとおり定義されています。 ア.業務における過重な負荷による脳血管疾患・心臓疾患を原因とする死亡 イ.業務における強い心理的負荷による精神障害を原因とする自殺による死亡 ウ.死亡には至らないが、これらの脳血管疾患・心臓疾患、精神障害 "過労死ライン"とは健康障害リスクが高まるとする時間外労働時間を指し、労働災害認定で労働と過労死・過労自殺との因果関係判定に用いられます。厚生労働省は、過労死ラインを以下の2つに定めています。 ・2~6ヶ月平均で80時間を超える時間外労働 ・発症1ヶ月前で100時間を超える時間外労働 これらの基準は、脳・心疾患の発症と長時間労働の関連性を示す医学的知見に基づいて設定されています。「脳血管疾患及び虚血性心疾患等の認定基準について」によると、1週間あたりの時間外労働が月100時間、または2~6か月平均で80時間を超える場合には業務と脳・心臓疾患の発症との関連性が強いとされています。36協定の特別条項でこのラインを超えないようにルールが厳格化された背景には、こうした事実があります。 さらに2020年には「脳・心臓疾患の労災認定基準」が改正され、「過労死ラインには至らないがこれに近い時間外労働」の場合も発症との関連性が認められるようになりました。また、労働時間以外の負荷要因として「休日のない連続勤務」や「勤務間インターバルが短い勤務」も追加されました。つまり働き方に対する目はますます厳しくなっているといえます。 では現状はどうかというと、過労死のうち、近年、脳・心臓疾患にかかる労災認定件数は減少傾向にありますが、精神障害は右肩上がりの状況です。 令和3年の過労死等による労災補償の請求件数は3099件(+264件)と、初めて3000件を越えました。勤務問題を原因・動機の一つとする自殺者数のうち、「仕事疲れ」による自殺は前年より増加。長時間労働が自殺の一因となっていることがこのデータからもわかります。
長時間労働を減らすために 法律はどう改正された?
こうした状況を受けて、2019年から働き方改革関連法が改正されています。主な改正ポイントは次の3つです。 ・時間外労働の上限規制厳格化 ・月60時間超の残業の割増賃金率引き上げ(大企業・中小企業ともに50%に)、 ・過重労働を防ぐ勤務間インターバル制度の導入 1日の勤務終了後、翌日の勤務開始までに9~11時間の休息時間を設ける勤務間インターバル制度の導入はまだ努力目標ですが、導入した企業は補助金を受け取ることができます。
長時間労働は減った? その背景に隠れた課題とは?
こうした法改正の影響もあって、長時間労働は下記の通り減少傾向にあります。 ただ、総実労時間の短いパートタイム労働者比率の増加によって一見総労働時間が減っているように見えても、一般労働者の所定外労働時間はそれほど変わっていないという事実もあります。 また、令和2年は所定外労働時間が減少しているものの、令和3年は増加していることがわかります。アフターコロナによって揺り戻しが起きていないか、今後また元の水準に戻ってしまわないか、注視が必要です。 長時間労働が慢性的に多い業界を、主要産業別に見ると「運輸・郵便業」「建築業」などの所定労働時間が多くなっています。現状これらの業界は短期間で労働環境を変えるのが難しいことから、残業時間超過による割増率の適用は猶予期間となっていますが、2024年にはこれらの業界にも上限規制が適用されます。 例えば猶予期間後の運送業(自動車運転の業務)で、特別条項付き36協定を締結する場合の時間外労働の上限は年960時間となります。時間外労働が年960時間を超えるドライバーは全体の約2割と言われています。いわゆる「物流の2024年問題」と呼ばれているもので、人手不足の解消など早急に対策が必要となっています。 長時間労働の規制による新たな課題として、裁量労働制の人に業務が集中し、夜オフィスに残って作業しているのは管理職ばかりという実情もあるようです。また、勤務実態の見えにくいテレワークを利用した"隠れ残業"も近年課題となっています。 労働時間の上限規制に抵触していないかを把握するため、始業・終業時刻の確認および記録は必須とされています。残業代が発生するかどうかに関わらず、従業員の業務状況を把握することは企業の責任であり、こうした実態は早急に是正が求められます。
日本の労働時間が減らない理由
では日本で労働時間が減らない背景としてどのような理由が考えられるのでしょうか。一つには人員不足や業務過多といった物理的な理由が考えられます。 しかしそれ以外にも、部下の業務量や進捗を把握できていない、残業を前提とした業務指示、ムダな会議・打ち合わせが多いといったマネジメント不足などの要因も見られます。 さらに不規則に入る顧客対応など本人にはコントロールできない業務都合や、手当目当ての意図的な残業、生産性より長時間労働を評価する風土、上司より先に帰れないといった企業文化の影響も大きいでしょう。 こうした要因が複合的に組み合わさることで、なかなか長時間労働が減らないのが現状のようです。
まとめ
長時間労働の従業員にとってのデメリットは時間外労働が増えれば増えるほど作業効率が下がり生産性が落ちるため、モチベーションも低下、それによる疾病やうつ病のリスクやワークライフバランスを保てないといったことが考えられます。 また企業にとってのデメリットとして、離職率の増加や生産性が低くイノベーションが生まれにくい"ブラック企業"とみなされることによる社会的信用の低下、時間外労働手当の増加によるコストの増加とそれに伴う利益の減少、特に女性や外国人労働者から働く場として敬遠されてしまうなど、大きなダメージがあります。 こうした状況を避けるためにも、長時間労働解消のための対処法として、ムダな会議の廃止、自動化・機械化や外注などによって、業務量そのものを減らす努力や、業務プロセスの見直し、長時間労働に対する意識改革や評価制度の見直しなどが必要です。 まずは自社の長時間労働の原因が何かを見極め、それを取り除くために何から始めればよいか、検討してみることから始めましょう。
【出典】『厚生労働省「時間外労働の上限規制 わかりやすい解説」』 『厚生労働省「令和3年度 我が国における過労死等の概要及び政府が過労死等の防止のために講じた施策の状況」』