仕事のプロ

2016.12.19

戦略的に人を動かす「仕掛け」というツール〈前編〉

魅力的な行動の選択肢を増やし、目的を達成する

日々の生活の中で、「無意識のうちにそうしていた」「ふと気が向いた」といった経験は少なからず、誰にでもあるだろう。そういった経験は、誰かの「仕掛け」によって意図的に引き起こされている場合がある。日本で唯一「仕掛け」の事例を収集・分類、「仕掛学」というフレームワークを確立した大阪大学大学院経済学研究科の松村真宏准教授に、世の中にある「仕掛け」の事例を通して「仕掛学」の概要について伺った。

「した方がいい」とわかっていてもできないことを
「ついしたくなる」ようにする「仕掛け」


「オフィスの書類は整理整頓されていた方がいい」「部屋はきれいに片付いていた方がいい」...正論ではあるが、実行が伴わないことも多い。
「『した方がいい』と頭でわかっていることであっても、それを強制されたり、直接的に指示されたりすると、言われた側は素直に従おうという気持ちにはならないこともありますよね。そういった正攻法が効かない場合に、『ついしたくなる』ように間接的に誘導し、目的を達成する手法が「仕掛け」なのです」と、大阪大学の松村准教授。

例えば、「書類をいつも整理整頓された状態にする」といった問題について。書類を入れたボックスの背表紙に斜線を引くこと(図1)で、ついつい順番通りに並べようという気持ちになる。ちょっとした「仕掛け」で、「自発的に整理したくなる」ことにつながるのだ。

「問題に対して、『仕掛け』という選択肢を提示する。その選択肢のほうが魅力的に見えた人には、選んでもらえる。仕掛ける側が強制するわけではなく、本人が自主的にその行動を選ぶ、というイメージです」(松村氏)

「魅力的な選択肢」の例として、公共の男子トイレの事例を紹介しよう。「きれいに使おう」と張り紙がしてあったとしても、なかなかきれいに使われることは少ない。そこで、男性用便器のなかの一番飛散が少なくなる位置に「標的となるシール」を貼ってみる(図2)と、自然と便器外への飛散が減り、結果清掃コストが大幅に削減できたという。
「オランダのスキポール空港のトイレには、『ハエ』の的がついており、飛散が80%減少した、という報告もあるんですよ」(松村氏)
現在では、このような「的シール」が「温度により炎の赤色が消えて鎮火したように見えるシール」などバリエーションも増えて、市販されている。

  • 2_bus_026_01.jpg

    図1 ファイルボックスの斜線

  • 2_bus_026_02.jpg

    図2 トイレの的


このように「仕掛け」によって、毎日の行動をより快適にできる。その他にも、ゴミのポイ捨てや不法投棄、迷惑駐輪・駐車といった社会問題にも使える場合がある。
例えば、ゴミを捨てられやすい場所に小さな鳥居を設置することで、「バチが当たりそう」と思う気持ちからゴミを捨てづらくなる。「バチが当たらない状態」を魅力的なものとして、自分で選んでいるのだ。
これは鳥居の示す意味を理解している日本人にのみ有効な仕掛けだが、類似の例として、同じ日本で不法投棄の多い場所にスフィンクスを設置したところ不法投棄が激減したという事例や、子どもが書いた絵を地面に置くことで、その場から迷惑駐輪がなくなったという事例もある。

「ファイルボックスの斜線」や「トイレの的」「鳥居」に共通することは、問題解決が「結果として」促進されていることである。そういった「行動の選択肢を増やす」ための「仕掛け」のフレームワークが「仕掛学」なのだと松村准教授はいう。

松村 真宏(Matsumura Naohiro)

大阪大学大学院経済学研究科・准教授。 大阪大学 基礎工学部 システム工学科を卒業後、大阪大学 基礎工学研究科、東京大学 工学系研究科を修了。 東京大学大学院情報理工学系研究科・学術研究支援員、大阪大学大学院経済学研究科・講師、イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校・客員研究員として、人工知能の研究で「データから意思決定に役立つ知識を発見する」ことに取り組んだのち、日常生活において「気づき」を促す「仕掛け」の事例収集、研究を始め、日本発のフレームワークとしてスタンフォード大学で「仕掛学」の客員研究員を務めた。 著書に『仕掛学 -人を動かすアイデアの作り方―』がある。

文/マキノ スミヨ 撮影/出合コウ介