レポート
人・組織が活性化する場のつくりかた
働く人の創造的活動を促進する、ユーザー中心のオフィスづくり
コロナ禍の3年でテレワークなどさまざまな働き方が浸透し、オフィスの役割も変化してきた。新しいワークスタイルに合わせて、オフィスのリニューアルを実施する企業も多い。2023年5月17日に開催されたリアルイベント「人・組織が活性化する場のつくりかた 働く人の創造的活動を促進する、ユーザー中心のオフィスづくり」では、ワークプレイスデザインを専門とする京都工芸繊維大学名誉教授の仲隆介氏を迎え、これからの時代のオフィスづくりについて語っていただいた。
登壇者
■仲 隆介(ナカラボLLC代表/京都工芸繊維大学名誉教授/「生きる場プロジェクト」発起人)
新しいワークプレイスをつくるだけでなく 思いを共有することで、人と組織が活性化する
今回は、場の活性化というテーマにあわせ、東京・品川のコクヨのオフィス「THE CAMPUS」の共創空間を使ってイベントを開催した。オープニングにはモデレーターの齋藤が、コクヨの自社オフィスをリニューアルした意図を紹介しながら、「オフィスがワーカーの創造的活動にどのような役割を果たすか」などについて話した。 私たちコクヨでは、2021年初旬に東京・品川に新オフィス「THE CAMPUS」をオープンしました。ワークプレイスを刷新するのとあわせて、「Be Unique」というコクヨの企業理念を体現する場所をつくるという意図もありました。この企業理念には、「社会で働く方々の創造性を刺激し、個性的なワーカーが活躍するのをお手伝いしていきたい」という願いが込められています。 また私たちは、「THE CAMPUS」を"経験拡張のための場"と位置づけています。例えば、「COMMONS」というコンセプトでつくった1階は、社員が働く執務スペースがある一方で、イベントスペースでもあり、さまざまな属性の人が集まってきます。このような多様性に富んだ場を起点に、数々のイノベーションを起こしていく活動を始めたいと思っています。 場には、組織を活性化させる力があります。新しいオフィスを構築するにあたっても、活性化は期待されるところですが、ハード空間を中心に限られた部署やメンバーだけで進めるやり方では、人や組織の行動は変えられません。重要なのは、社員同士が「どんなことに興味があるのか」「仕事を通じて何を達成したいのか」といった価値観を共有できる空間をつくること。そのためには、対話を重視した参加型のワークショップなどで意見を吸い上げて空間に反映させていくことが大切です。そうすることで、共創が生まれる、イノベーションを起こせる場をつくることができるのです。 今回のイベントのテーマは「ユーザー中心のオフィスづくり」です。人・組織が活性化する場をつくるカギはどこにあるのか、仲先生のお話を聴きながら一緒に考えていきましょう。
日本の危機的状況を変えるためには 働き方を変えて、生産性を向上させることが急務
続いて京都工芸繊維大学名誉教授の仲隆介氏が、「ユーザー中心のオフィスづくり」をテーマに講演を行った。「新しいオフィスづくり=働き方の変革」という観点から、参加型オフィスづくりの重要性や成功のためのポイントを語った。 僕は2000年代初頭から、企業や自治体のワークプレイスづくりをお手伝いしてきました。オフィスづくりの手法はこの20年ほどで大きく変化し、「どんな空間をつくるか」だけでなく「新しいオフィスでどんな働き方をするか」が注目されるようになってきました。 ただ、どんな働き方を目指すかは、企業や組織の特性・文化によって変わってきます。そこで私は建築家として、お客さまである企業・組織の方々と一緒に考え、試行錯誤しながらオフィスづくりを実践してきました。その中で「ユーザー中心の参加型オフィスづくり」のノウハウを蓄積してきたのです。 ではそもそも、なぜ働き方が注目されるようになったのでしょうか? その一因として、今の日本が危機的状況に直面していることが挙げられます。賃上げ率が物価上昇に追いつかず、相対的貧困率もじわじわと上昇しています。 例えば、1989年の世界時価総額ランキングは日本企業が席捲していますが、約30年後の2018年になると日本企業の名前がほとんど見当たりません。世界は30年以上前にゲームチェンジして新しいルールで戦い始めていたのに、日本だけが過去のルールでプレイを続け、気がついたら大きく遅れを取っていたことがこのデータから見えてきます。 日本の現状を変えるうえで欠かせないのが、働き方の変革です。長時間かけて働いたり会議を重ねて慎重に事業計画を検討したりするやり方を捨て、短時間で成果の上がる方法を試したりスモールスタートでうまくいくかを探ったりする方法に切り替えていく必要があるのです。 企業や組織も、働き方の変革に取り組んでいく必要があります。「どう変えるか」を考えるにあたって、オフィス構築は絶好の機会になります。「どんなオフィスをつくればよいか」を検討することが、「自分たちはどんな働き方がしたいのか」を考えるキッカケになるからです。 新しいワークスタイルやオフィスのあり方を決めるのは、経営層や建築家ではなく、社員1人ひとりであるべきでしょう。だからこそ私は、ユーザー中心の「参加型オフィスづくり」が重要だと考えているのです。
社員参加型のオフィスづくりで 重要なのは「いかに社員を巻き込むか」
ここからは、私がお客さまと一緒に実践している「参加型オフィスづくり」の大まかな流れをご紹介しましょう。 まず企業・組織の方と「何をゴールとするか」を確認したら、現在のオフィスを見せていただきながら働き方にどんな課題があるかを、学生に協力してもらいながら徹底的に調査します。ワーカーの方々に張りついて、オフィスのどこで、どんな動きや会話がなされているかを記録するわけです。 ここで見つかった課題をデータ化して分析し、ワークショップで共有します。そのうえで、「問題を解決するにはどんな働き方に変えればよいか」をワーカーの方々と一緒に考えるのです。 ただ、みなさん本業で忙しいうえオフィスやワークスタイルに関する知識も多くはないため、「どんな空間をつくりたいですか?」「どんな働き方をしたいですか?」といきなり質問しても、明確に答えられる人はなかなかいません。そこで、2つのものを比較しながら考えると自分の潜在的な考え方に気がつきやすいという認知心理学の理論を応用するなど、いろいろな手法を試行錯誤しながら意見をあぶり出していきます。 私はよく、「あなた自身の意見でなくてよいので、まったく別の立場ならどう考えるかをイメージしてみてください」と問いかけて、参加者の意見を引き出すようにしています。 このようにしてワークショップを繰り返しながら、「望む働き方を実現するために、どんなオフィスをつくりたいか」を煮詰めて形にしていきます。模型などもたくさんつくってお見せしながら、具体的な完成イメージを共有することもポイントです。 オフィスづくりで大切なことは、社内で影響力のあるプロジェクトメンバーを集めることや、新しい働き方のメリットをまず管理職の方に実感してもらうことなどたくさんあります。しかし最重要なのは「いかに社員の方々を巻き込むか」ではないでしょうか。ワーカーに本気になってもらわないと、課題を解決するワークスタイルを掘り起こすことができず、そのスタイルを実現するオフィスをつくことができないからです。 社員の方々を巻き込むのは難しく、ここはファシリティマネジャーの腕の見せどころです。例えば建築家の小堀哲夫さんはオフィスづくりを進める際に、寸劇型ワークショップを採り入れているそうです。社員の方々に新しいワークスタイルを演じてもらうことで、「早く新しいオフィスでこんな働き方がしたい」と期待を高めるわけです。また、プロジェクトにチーム名をつけたり、ワーカーの方にちょっとしたグッズをつくる作業をしてもらうなど、実際にアクションを起こしてもらうこともよい方法だと思います。
よいファシリティマネジャーは 働き方の変革にコミットできる人
イベントの後半は、イベント参加者と登壇者の質疑応答が行われた。続々と寄せられる質問に、仲氏と齋藤が具体事例を交えながら答えた。
Q.「オフィスづくりにおいて、よいファシリティマネジメントのあり方とは?」 仲:やはり参加型のオフィスづくりをすることだと思います。ファシリティマネジャーが知識と経験を総動員してデザイン性の高いオフィスをつくったとしても、社員の意見が反映されていなければ、実際に使い始めてから勝手の悪いところが出てくるはずです。一方、社員を上手に巻き込んで参加型のオフィスづくりができれば、ワーカーは今まで以上に生産性高く、楽しく働けるでしょう。 私は以前、構築プロセスの異なる2つの優れたオフィスを調査しました。1つは経験豊かなファシリティマネジャーが経営層と一緒に創り上げたオフィスで、とても素晴らしいオフィスでしたが、完成前後で出社率は余り増えませんでした。もう1つは社員を巻き込んで、参加型でつくったオフィスで、出社率が大幅に上がりました。つまり、全てを一部の関係者だけで作りあげて、社員にあてがうというやり方ではなく、社員が働き方の変革にコミットし、自分事としてオフィスつくりに参画することが重要だと考えています。 齋藤:社員が数千人いるオフィスでは参加型が難しい場合もあります。アンケートの自由記述などで意見を吸い上げても、すべての意見を反映させることはできないし、働き方改革との距離感によって意見も変わるため、注意が必要です。移転のスケジュールがタイトで、物理的オフィスの設計を先行せざるを得ないこともあります。 でも、どんな場合でも、オフィスを企画・設計し、運用するには、そこで働く人たちの主体性を引き出す、参加型デザインが欠かせません。働き方改革のプロジェクトチームをつくったり、対話ワークショップを実践したり、方法はいろいろあります。 ファシリティマネジメントとして大事なことは、参加型でオフィスをアップデートするしくみをつくり、働き方改革とオフィスづくりをつなげることです。そのために、物理的オフィスにも流動的なデザインが求められます。
Q.「新オフィスで新しいワークスタイルを実践していくにあたって、在宅勤務者や地方オフィスのメンバーをうまく巻き込むには?」 仲:基本的には、苦楽を共にしながら成功・失敗の経験を共有することが不可欠だと思います。半年に1回でもよいので合宿でディスカッションなどができれば理想的ですが、オンラインでも議論を積み重ねていく仕事のやり方をすることが大切ではないでしょうか。 齋藤:新しいやり方を急に受け入れるのは難しいので、他社のオフィスなどを見学する機会をつくって、記憶が新しいうちに「どんなことを感じたか」「自分たちの場合はどんな働き方ができそうか」などを話し合い、学び合ってみるのも1つの方法ではないかと思います。見学で終わってしまうのではなく、外からの刺激を様々な形で採り入れることで、意識や行動をステップアップできるのではないでしょうか。 齋藤:本日は、参加型オフィスづくりというテーマで、その必要性から実際のプロセスに至るまで、実例も豊富に交えながら、幅広く、深くお聞きすることができました。仲先生、貴重なお話をありがとうございました。
仲 隆介(Naka Ryuusuke)
ナカラボLLC代表、京都工芸繊維大学名誉教授。社会における建築・都市をテーマに様々な活動と研究を行う。情報時代のワークプレイスにも力を注ぎ、企業や協会と共同で次世代のワークプレイスを模索する活動を展開。働く場の可能性を広げることを目的とした社会実験プロジェクト「生きる場プロジェクト」の発起人も務める。
齋藤 敦子(Saitou Atuko)
コクヨ株式会社 ワークスタイルリサーチ&アドバイザー/一般社団法人 Future Center Alliance Japan理事
設計部にてワークプレイスデザインやコンサルティングに従事した後、働き方と働く環境についての研究およびコンセプト開発を行っている。主にイノベーションプロセスや共創の場、知的生産性などが研究テーマ、講演多数。渋谷ヒカリエのCreative Lounge MOV等、具体的プロジェクトにも携わる。公益社団法人日本ファシリティマネジメント協会 ワークプレイスの知的生産性研究部会 部会長など兼務。