仕事のプロ
北欧に学ぶスマートシティ推進のポイント〈後編〉
日本のスマートシティに必要なのは市民参画を促す仕組み
世界各地で行われているスマートシティ(ICTなどの先端技術を活用して社会・生活・産業のインフラやサービスを効率的・効果的に運用し、人々の生活の質を高め、持続的な経済発展を目指す都市)の取り組みの中でも、北欧諸国は人間中心の都市構築で評価されている。一方で日本のスマートシティは、情報のデジタル化や市民参画などの点で課題が多いと言われる。そこで後編では、北欧研究所代表でありデンマーク・ロスキレ大学准教授も務める安岡美佳さんに、日本で採り入れられる「北欧のスマートシティ構築のエッセンス」について伺った。
情報のデジタル化・統一化は 北欧諸国にとっても課題だった
日本では現在、「柏の葉スマートシティ」(千葉県柏市)や「スマートシティたかまつ」(香川県高松市)など複数の地域で、各地方自治体や企業の主導によるスマートシティ構築が進められている。安岡さん自身も、福島県会津若松市の「スマートシティ会津若松」プロジェクトでアドバイザーを務めているという。 それぞれの地域では、デジタルデータやテクノロジーの活用によって地元の課題を解決するための施策を打ち出している。しかし、地域によってはスマートシティ化がスムーズに進んでいないケースもある。 停滞の一因となっているのが、情報のデジタル化・統一化が遅れていることだ。これまで全国の自治体や、自治体内の各課では、それぞれ異なるフォーマットによって情報システムが運用され、それぞれのデータは互換性がなかった。そのため、例えば市民が今の居住地から別の自治体に引っ越した場合、転出先の自治体ではその人のデータを新たに入力しなければならず、非効率な作業につながっていた。 総務省では2021年に「自治体DX推進計画」を発表し、2026年3月までに取り組むべき重点事項として「自治体情報システムの標準化・共通化」や「行政手続きのオンライン化」を挙げたが、逆に言うと現段階ではこれらの取り組みが実現しきれていないということだ。 この現状は、行政手続きのオンライン化がすでに実現されている北欧のあり方に比べて大幅に遅れている。 「北欧では2010年代から行政データのデジタル化が急速に推進されました。ただ、行政データのITシステムは1970年から自治体に導入されたため、新しいシステムとレガシーシステム(導入から長期間経った旧型のITシステム)の統合はひと苦労だったはずです。日本は北欧諸国に比べて人口が多く、各自治体・各課のデータを統合するとなると、大変さは北欧以上でしょう。それでも北欧では、API(Application Programming Interface;異なるアプリケーションやソフトウェア同士をつなぐ仕組み)などを活用しながら地道に取り組んできました。DX推進計画の骨子を各自治体の状況にあわせてアレンジし、少しずつでも手をつけることは大切だと思います」 「また、北欧では市民が自分の個人情報入力や各種手続きを自分でおこなっていますが、高齢者などデジタルツールを使うのが難しい人への対応として、高齢者同士の共助団体があります。市民ポータルサイトのマイページにログインする方法や、自分の個人情報を入力するやり方をメンバー同士で教え合ったりしていて、政府からは運営のための資金も提供されています。日本でも採り入れることは可能ではないでしょうか」
民主主義への意識差が スマートシティ進展の差に
北欧諸国でスマートシティ化が急速に進んだ背景として、「少子高齢化や産業構造の変化による税収減少などで危機意識が高まったことも大きい」と安岡さんは説明する。その点で言えば、日本も同じ課題を抱えているのは間違いない。にもかかわらずなぜ、スマートシティの推進度に差が出るのだろうか。 「日本は北欧諸国に比べて人口が格段に多く、コア産業も北欧に比べれば豊富にあるため、住む人は危機意識を感じにくいのかもしれません。ただ、私は数年おきに日本を訪れているのですが、街を歩いたり地方へ出かけたりすると、シャッター商店街やメンテナンスされていない公共施設が増えていることに気づき、マイナスの変化を実感します」 また、日本人のマインドもスマートシティ進展にブレーキをかけている可能性があるという。 「北欧の人は『国は自分たちでつくるもの』という意識をはっきり持っています。政府は単に国の運営を担っているだけで、あり方を決めるのは自分たち、と考えています。自分たちでつくるからこそ、一人ひとりが当事者意識を持って『どんな国・都市をつくりたいか』を真剣に考えます。しかし、私自身も北欧に移住してから気づいたのですが、日本では、『国のあり方を担うのは政府であり、自分は税金を納めて福祉などのサービス提供を受ける』と考える人が比較的多いのではないでしょうか。スマートシティに市民参画が少ないのも、『国のあり方を決めるのは自分たち』という意識が弱いことが一因かもしれません」
意欲ある人が活動しやすい仕組みが スマートシティ進展の追い風に
日本でスマートシティを進展させていく組織・企業に向けて、安岡さんからエールを送っていただいた。 「日本は大きい国なので、住民の高齢化が進んだ小規模の自治体と大都市とでは、情報のデジタル化においても求められる施策が異なります。確かにデータの互換性は大切なのですが、横並びではない形で、各自治体で必要な施策を検討していけるといいですね。そのためには、アンケートやヒアリングで地域の人の意見を聞くだけでなく、ワークショップなどを通じて実際に住民がまちづくりに参画できるような仕組みを整えることが重要だと思います」 とはいえ、日本では情報のデジタル化に対して抵抗感を感じる人も多い。どのように訴えかけていけばよいのだろうか。 「個人情報をデジタルデータ化するメリットを住民が実感できるよう、成功事例をつくっていくことが大切ではないでしょうか。例えばデンマークでは、まず大学生の奨学金申請をすべてデジタル化しました。デジタルネイティブ世代を対象とする制度だったので、この施策は利用者にスムーズに受け入れられました。メディアはこの成功事例を大きく取り上げたため、ほかの年代の市民にデジタル化の重要性をアピールするのに一役買ったようです」 日本のスマートシティ構築には課題もあるが、安岡さん自身は地域住民の積極的な参加に注目しているという。 「日本にはイノベーティブな人がたくさんおり、多様なテクノロジーも蓄積されています。スマートシティづくりに関して彼らがより活躍できるよう、政府が各自治体に積極的に権限委譲をおこない、自治体は地域の団体や有志メンバーが活動しやすい仕組みをつくることで、地域の課題解決につながる取り組みが活性化するのではないでしょうか。 例えばデンマークには『フォイーニング』というコミュニティづくりの仕組みがあり、メンバーが5人以上集まれば公的な団体をつくり、資金調達をしたり公共施設を無料で使ったりして活動できます。日本でも、意欲的な人がどんどんアクションを起こせるような枠組みづくりを期待したいです」 最後に安岡さんから、企業に勤務するビジネスパーソンに向けて「もっと組織や企業の枠を越えて連携し、活動内容や成功事例をシェアしてもよいのでは」とアドバイスをいただいた。それぞれの企業が個別に取り組むだけでは、労働力不足や貧困化といった今後の大きな課題に立ち向かえないからだ。スマートシティの取り組みをきっかけに、産官学民のコラボレーションがより活性化するのかもしれない。
書籍紹介
『北欧のスマートシティ テクノロジーを活用したウェルビーイングな都市づくり』著者:安岡美佳/ユリアン森江/原 ニールセン(学芸出版社)
安岡 美佳(Mika Yasuoka)
デンマーク・ロスキレ大学准教授、北欧研究所代表。コペンハーゲンIT大学助教授、デンマーク工科大学リサーチアソシエイツ等を経て現職。2005年に北欧に移住。「人を幸せにするテクノロジー」をテーマに、スマートシティやリビングラボなどの調査・研究に取り組む。会津若松市スーパーシティ構想のアドバイザーも務める。2022年に『北欧のスマートシティ テクノロジーを活用したウェルビーイングな都市づくり』(ユリアン森江 原 ニールセン氏との共著;学芸出版社)を出版。