仕事のプロ
組織の求心力を高める経営人材を育てる〈後編〉
リーダー育成の理想と課題②
組織における急務となっている「経営人材の育成」について、株式会社セルム代表取締役社長の加島禎二氏とコクヨ理事の萩原謙一郎が語り合う本記事。中編では、組織として経営人材を育てるためには何が求められるのか、現状ではどのような課題があるのかなどについて意見を交わし合った。
左から)加島禎二氏、萩原謙一郎
リーダーは、万能である必要はない。大事なのは、 高度な専門性をもつ経営人材とチームを組むこと
萩原:採用時の見極めは難しいという現実があるなか、入社後に、自分はこの会社で何をしたいのか、世の中に何を残したいのか、といったことを早いうちから考えさせ、社員の自立を促す...というのが大企業の人材育成の流れです。 どうしたら、自ら考え行動できる人を増やすことができるでしょうか? 加島:大企業の状況が根本的には変わらないなかできるアドバイスとしては、「ジョブ型採用」へのシフトですね。これまで「自分が何を成し遂げたいのか(=意志)が大事」と訴えてきましたが、実際に働くうえでは「自分には何ができるか」も大事です。「何ができる」を差し置いて「何がしたい」ばかりを語っても、現実的ではありませんから。 組織においては、軸となる事業以外に、人事も総務も広報も必要です。自分が得意なことや専門能力を活かせる業務に就き、組織のなかでその能力をさらに磨くことを打ち出すのはアリだと思います。もちろんそのためには、自分が何が得意で何が苦手かをわかっていないといけませんが。 萩原:専門性を活かす、磨くというのは、リーダーにも言えることでしょうか? 加島:はい。「リーダー=ゼネラリスト」という印象があるかもしれませんが、組織を束ねるだけではリーダーとして通用しません。リーダーには、「ここが強い」「この領域については揺るぎない自信がある」という極めて明確な専門領域があること、何かのスペシャリストであることが求められます。 例えば私の専門領域は、営業です。営業の力を磨くことに関しては躊躇がないですし、営業で成果を出してきたという自負もあります。 その一方、自身の営業としての強みは強みとして認識しつつも、さまざまな専門領域については適切にその専門性を有する経営人材に権限移譲しつつ、「経営チーム」として意思決定プロセスを進めることが大事です。私の専門領域のみではカバーできない事象も、その領域に強い人たちを集め、高度な専門性を持った経営人材が組織的に企業価値向上のためワンチームで経営責任を果たす、そんなチームが私の考える「経営陣」です。 萩原:リーダーは万能ではなくて良くて、それぞれの専門領域を持ち寄ることで、強い経営チームができるということですね。課題は、スペシャリストをどう集めるか、社員の専門性をいかに磨くか、ですね。 加島:ファイナンス、マーケティング、エンジニアリングなどコース別に分けた採用をすることに加えて、専門性に磨きをかける教育も必要になります。高度な専門性とは、一つのことをやり続けて習熟することではありません。それでは、経験を積んで慣れているだけ。 経営人材に求められる専門性とは、「だいたいこなせます」レベルではありません。人脈なども含めてその領域に徹底的に通じている必要があり、高度な専門性がないまま中途半端なジョブ型採用をやっていても、効果は期待できません。
最終決定権をもつラストマンになる経験が、 リーダーへの道のりの第一歩になる
萩原:経営人材の問題は、会社側の視点だけでなく、従業員側の視点も大切だと思います。つまり、従業員自身にも変化が求められるということですが、従業員側にリーダーを目指すという意識や気概が全体的に足りていないと感じますが、いかがでしょうか? 加島:一番は、リーダーになるんだという心構えを日頃からもつことですね。成果を出して、信頼と評判の貯金を貯めていくうちに、誰かの目に留まるときが来ます。そのチャンスを引き寄せ、逃さないこと。出る杭は打たれるなどと思っていると、大企業では誰にも見つけてもらえません。積極的に出る杭になって、自分に声がかかったと思ったら、フットワーク軽く挑戦すること。ノリも大切です。リーダーは、楽観的でないといけませんから。 萩原:どういう経験が、リーダーへの道のりの第一歩になるのでしょうか? 加島さんの場合はいかがでしたか? 加島:どのような案件にせよ、ラストマン(最終決定権を握っている人・最終責任者)になって、自分の頭で考え、決断を下す経験ですね。 私の場合は、40歳で関西支社長になり、組織改革に取り組んだ経験が大きかったです。関西のマーケットにおいてセルムをどのような存在にしたいのか、クライアントとどうなりたいかを考え、目指すセルム像を描きました。理想を実現するには組織として力不足だったので、ガラっと大きく組織のかたちや業務の進め方を変えたんです。関西支社長として経験した、自分の理想を描き、それを実現するために足りないものを考え、そこを変えていく...というプロセスは、その後の組織変革のOSになりました。 萩原:当時、本社からは口出しをされなかったのですか? 加島:本社には社長がいましたが、報告は最低限に留めていました。状況を理解している、実際に苦労しているのは現場なので、そこは手綱を握るようにしていました。 一方で、ラストマンのはずなのに、実際には決定権がないというケースも往々にしてありますよね。リーダーを育てるうえで、これはかなりボトルネックになっていると思います。大事なのは、ラストマンにいかに決断を委ねるか、周囲がいかに助けるかということ。組織の中にラストマンシップを発揮できるポジションはたくさんあるので、リーダーを生み出せる土壌はあるはずなんです。 萩原:本社が手を出しすぎ、上司がものを言い過ぎというのは、大手企業の課題だと感じています。リーダー候補生に修羅場体験をさせようと、子会社の重要ポストに当てるのだけど、本社のコントロールが強すぎて、結局本社が決めてしまう...ということはよくあります。 本来は権限と責任を明確にしておく必要がありますが、そこが曖昧なケースが多いですよね。 加島:その通りですね。だからこそ、リーダー育成のポジションと道筋をしっかりと作ることが求められるのです。
「いつかすごいリーダーが現れる」は幻想。 今こそ、組織を超えたリーダー育成に着手すべきとき
萩原:先ほど、「出る杭になれ」というお話がありましたが、特に大企業にいると、自分で何かを見つけて、ムーブメントを起こすということが非常に難しいと考える方が多数派だと思います。どんな環境を整えれば、出る杭が生まれやすいのでしょうか? 加島:自分の関心事を追求する「マイプロジェクト」をサポートする流れをつくることが大事なんじゃないかと思います。新規事業チームとか新価値創造タスクフォースとかいったフォーマルな組織にするのではなく、社員が自由に動けるようにしてあげるといいと思います。 特に、若くして役職に就いた人に対しては、インフォーマルなかたちでプロジェクトに取り組める環境をつくってあげることが、経営人材へと成長するカギになると思います。 萩原:リーダー候補生を抜擢したときに、上の人間が、「この部署の仕事だけじゃなくて、自分でやりたいことを見つけて、お前らしくやってみな」と言ってあげるということですね。 加島:そういうことです。自分の部門のマネジメントで精一杯になっていると、どうしても課題解決型の思考になってしまいます。「やりたい」という意志をもって取り組む活動、「Lead the Self」になる活動が重要になるのです。 萩原:しかし、実際はそういうリーダーは少ないですよね。今は良くも悪くも管理が行き届いているので、リーダーの裁量の自由度が下がっているという事情もあるとは思いますが、いわゆる胆力のあるリーダーは、昨今はなかなかいません。 加島:この30年間は、経済が右肩下がりだったので、器の大きいリーダーが育つ環境にありませんでした。これからも、残念ながら傑物はたくさん生まれてこないと考えるのが自然だと思います。「いつかすごいリーダーが現れる」という期待は、もたない方がいいと思います。だからこそ、リーダーを育てること、リーダー同士がつながり合いチームになることが大事なのです。 このままでは、日本の企業はズルズルと後退してしまいます。経営人材の育成に積極的に投資をして、この流れに歯止めをかけなければなりません。好転する兆しが見えると、投資への機運が一気に高まることが期待されるので、今はまさに、分岐点にいると思っています。 萩原:長く人材育成に携わってきた実感として、一つの組織内だけでリーダーを育成するには限界があると感じます。 加島:そうですね。私も、組織を超えたプラットフォーム的なリーダー育成の場の必要性を感じています。コーポレート・ユニバーシティ同士のアライアンスによって共通のプログラムを開発するとか、他社の仕事を体験する留職の場を設けるとか、そういうことがもっと自由にできるようになると、リーダー同士、リーダー候補生同士のつながりも生まれますし、リーダーになりたいという人も増えると思います。 萩原:ただ集まるだけの異業種交流では切磋琢磨が生まれませんが、厳しくしすぎると一部の選ばれし人だけがくぐれる狭き門になってしまいますし、どうセッションするか、マネジメントするかが課題だと感じています。加島さんがおっしゃるように、今はまさに分岐点だと思うので、新しい動きに期待したいと思います。