仕事のプロ
組織の求心力を高める経営人材を育てる〈前編〉
今、リーダーに求められるものとは?
慢性的な人材不足や求められるリーダー像の変化により、今、組織では「経営人材の不足」が課題となっている。なぜ経営人材の育成が必要なのか、経営人材に求められる素養・資質とは何かについて、20年以上にわたり人材開発に携わり、自らもトップとして会社を牽引する株式会社セルム代表取締役社長の加島禎二氏と、コクヨの人事部長や海外を含む子会社の取締役(人事管掌)としてキャリアを積んできたコクヨ理事の萩原謙一郎が対談。長年にわたって交友を深めてきた旧知の二人がフランクに語り合った。
右から)加島禎二氏、萩原謙一郎
これからのリーダーに求められるのは、 フラットな関係性とナラティブ
萩原:加島さんは、人材開発の一環として、これまで多くの組織において経営人材、いわゆるリーダーの育成に携わられてきました。まずは、経営人材の育成がフォーカスされるようになった背景をお聞かせください。 加島:一つの転機は、2000年代前半です。事業変革を担うリーダーが、あらゆる組織において同時多発的に求められるようになりました。 当時は、バブル崩壊後の後処理にメドがついた時期。役割に応じて組織内に人を配置し、整然と業務を回していれば会社が成長するという前提や、年功序列でなんとなくリーダーになれるという前提が崩れ、新しい価値を創造する経営人材の戦略的な育成が求められるようになったのです。 さらに昨今は、ビジネスのグローバル化、人材の流動化、労働市場のDX化などの影響から「遠心力」が効いているなか、組織には「求心力」が必要になっています。 しかも、同じ時間と場所を共有する、苦楽を共にする、というかつての家族主義的な求心力とは異なるスタイルが求められています。そのカギを握るという意味においても、リーダーの存在や育成はますます重要になっています。 萩原:コロナの影響もあり、在宅ワークや外部コワーキングスペースの利用など、オフィス以外での仕事の機会が増えました。コミュニケーションのオンライン化が進んだことにより、リーダー像やリーダーシップの発揮の仕方が変化したと感じています。そのあたりはいかがでしょうか? 加島:時間・空間を超えられるのがオンラインの良さで、リーダーの声や表情を直接届けることができるようになりました。一方で、同じ場を共有していないことで、従来のリーダーがもっていた階層のパワーが機能しづらくなりました。こうした状況のなか、リーダー像は大きく2点において変わったと言えます。 1点は、フラットな立ち位置で関係性をもてる人であること。対面とは違い、オンライン上では関係性がフラットになりやすいのです。もう1点は、組織が向かう方向性を言語化できる人であること。今、私たちはどこにいて、これからどこに向かうのか、この先どうなっていくのかという組織としてのあり方や方向性のストーリーを語れること(=ナラティブ)が大事になります。 そして、さらにそれを、「組織の構成員一人ひとりにとってどういう意味があるのか」まで広げて語れること、相手の心に届け、つなげられることが大事です。 リモートワークが浸透し、みんなが同じ場所にいることが前提ではなくなったなか、このフラットな関係性とナラティブが、これまで以上に重要になっているのです。偉そうな態度のリーダーや、語る言葉が社員の心に響かないリーダーは、今後は受け入れられなくなるでしょう。
「Lead the Self」「Lead the People」 「Lead the Business」が、リーダーの条件
萩原:肩書きではなく、人間性を含めた個人の力が問われる時代ということですね。言い換えれば、本当に人間力のある人がリーダーになる時代といえますか?? 加島:そうです。しかも、1人の強力なリーダーが組織を引っ張っていく時代は終わり。なろうという意志があれば、誰でも経営人材になれる時代が来たとも言えるでしょう。 萩原:では、リーダーになるための条件、リーダーに求められる素養・資質はどのようなものなのでしょうか? 加島:リーダーとは、行く先を定め、自分を含めた人々を目的地に連れていく人のことです。目的地を目指すなかでまた違う景色が見えてきて、新しい目的地が見つかります。リーダーは、言ってみれば、終わりのない旅をする旅人なのです。 人々と一緒に旅を続けるために何よりも大事なのが、「Lead the Self」です。これは、自分の心の炎を絶やさないよう、動力源に薪をくべて燃やすということ。常にワクワク・ドキドキし続ける気持ちです。 ただし、これだけではリーダーとして人を率いていく「Lead the people」はできません。ただ熱く燃えている人だからついて行こうとは、大抵の人は思わないからです。 ここで必要なのが、「Lead the Business」です。「Lead the Business」とは、顧客にこれまでにない付加価値を提供し、その結果、顧客が高い満足度を得ること、いわば永遠に終わらないファンづくりです。付加価値が磨き続けられる状態だと、「あの人、あの会社がやることっていいね!」となります。すると、周囲が「なんかおもしろそう。自分も付加価値づくりに挑戦したい!」と思えるようになり、「Lead the People」が可能になるのです。社員の多くは、競争環境の中で日々の問題解決に集中しているので、「価値を創造しよう」ということになると、好奇心が湧いてきて自分も参加したいと思うのです。
リーダーが目的地を見定めるには、 組織の存在理由「パーパス」が不可欠
萩原:なるほど。しかし「どこに向かうのか」、行く先を定めることは、実はとても難しいのではないかと思います。リーダーとそれ以外の人とでは見えている景色が違うために、「そんなところに行くの!?」と周囲の共感を得られないこともありますし。そもそもリーダーは、目的地をどうやって見つけるのでしょうか? 加島:自社の経営は、市場によって方向性が決まるものです。市場の動向を見極め、そこに過去・現在・未来とつながるストーリーを見つけられた人が、デスティネーション(目的地)を定められるのです。 市場開拓という点では、ブルーオーシャンを見つけるのが定石ですが、誰もが未着手の領域だけがブルーオーシャンではありません。ブルーオーシャンは、実はレッドオーシャンの中にあるのです。レッドオーシャンの中で独自の付加価値を追求することで、競争相手のいない穏やかなブルーオーシャンを生み出すことができます。ブルーオーシャンは「見つけ出すもの」ではなく「自ら創造するもの」なのです。 とはいえ実際は、目的地は進みながら見つけていくものです。進みながら目的地が変わることだってあります。そもそも、どこを目指すかを決める難しさの本質は、パーパスの欠如にあります。 パーパスとは、組織としての存在理由です。多くの組織はこれまで、自分たちの社会的な存在理由をあまり考えてきませんでした。向かうべき目的地を見つけるためにも、自分たちがなくなると誰が困るのか、存在を期待される根本的価値は何かといったちょっと青臭いことを真剣に語り合える、議論し合える組織であることが重要になります。 萩原:市場の状況が変化するなか、リーダーは次なる目的地を見つけないといけないわけですが、その際に拠って立つものとしてのパーパスが必要だということですね。実際、昨今は、ミッションやバリューと合わせてパーパスを掲げる企業が増えています。 加島:先が見えない、市場が成熟している、組織に遠心力がはたらいているといった状況の中で求心力を見出すには、組織のアイデンティティ、「らしさ」を突き詰めないと、経営の軸がブレてしまいます。そうしたなかで、パーパスの重要性に注目が集まっているのでしょう。
大事なのは、心の底から湧き上がる 強い「意志」を磨き続けること
萩原:ところで、パーパスを社内で浸透させていく上で大切なことは何でしょうか? 加島:パーパスに込めた「意志」だと思います。パーパスを掲げる真の目的は、自社の存在理由を美しい言葉で表現することではなく、自社がより良い社会のために進化したい、変わりたいという「意志」を込めることだと私は思います。つまりパーパスの中に、健全な自己否定のメッセージが入っているべきであり、それが組織、一人ひとりの社員に自ら考えさせ、行動を変えるチカラになります。 これは先に述べた「Lead the Self」、つまり自分の心を燃やすことと同義で、広くリーダーに求められるものです。「どうあるべきか・何をすべきか」や「どれが最適か」という論理的な思考ではなく、「こうしたい・こうありたい」という心の底から湧き上がるのが志です。リーダーには、この志が不可欠なのです。 萩原:加島さん自身は、リーダーとしてどのように「意志」を磨いているのでしょうか? 加島:意志ある人と付き合うこと、ですね。意志は伝染します。意志ある人と語り合ったり仕事をしたりすると、それが自分にも良い意味で乗り移ってくるのです。そして、ビジネスを通して「夢中になる、信頼される、成果が出る」という経験を積み上げることも大事です。 自分の中に貯金が貯まっていくイメージですね。外から刺激を受けること、夢中・信頼・成果のサイクルを繰り返すことの両輪で、意志は磨かれていきます。そういう意味でも、外とつながるアクセスポイントをたくさん開発しておくことは大事です。自分の中だけで回しているだけでは、チャンスは巡ってきませんから。