仕事のプロ

2024.08.02

AEM-Cubeで組織を見える化。多様性を武器にする

チームのパフォーマンスを最大化する“場”の効果とは

強いリーダーによる管理の下、フォロワーは与えられた役割をこなす。そんなチームでは変化の激しい時代に対応できなくなりつつある。チームのパフォーマンスを最大限に発揮するためには、最適なバランスで、戦略的に多様性を取り入れるとともに、目的に合わせて空間を効果的に活用することが必要だ。どのような軸で多様性を測り、また、どのような効果が場に期待できるのか。人材開発と組織開発を手掛ける、合同会社こっから代表社員の黒川公晴氏とコクヨのワークスタイルコンサルタントが語り合った。
左から)黒川公晴氏、伊藤毅、齋藤敦子、坂本崇博

ディスカッション

■黒川公晴氏(合同会社こっから代表社員、一般社団法人Brain Active with代表理事、米国ミネルバ講師)
■伊藤毅(コクヨ株式会社 ワークスタイルコンサルタント)
■齋藤敦子(コクヨ株式会社 ワークスタイルリサーチ&アドバイザー/一般社団法人Future Center Alliance Japan理事)
■坂本崇博(コクヨ株式会社 ワークスタイルコンサルタント)



3つの軸で
チームの多様性を見える化する

坂本:職場に多様性が必要と言われていますが、チーム内に適切な多様性があるどうか、どのように判断すればいいのでしょう。

黒川:私が日本での普及をお手伝いしている、オランダのHuman Insight社が開発した「AEM-Cube」というアセスメントがあります。これは3つの軸でチームの多様性を見える化するツールで、10分程度のサーベイに答えると、3次元のキューブの中にピンでプロットされます。
まず、知らないことを楽しめる「発見・探究好き」なのか、それとも「安定・効率化」にやりがいを感じるか、という横軸。次に、やる内容を重視し「コト」に向き合って没頭したい「コト派」なのか、誰とやるかが重要で人とインタラクションすることに喜びを覚える「ヒト派」なのか、という縦軸。この2つの軸で平面上(キューブの底面)にプロットされるのですが、この2軸で測れる多様性は、7歳前後でほぼ固定化されると言われています。

そして、もう一つの軸が、複雑な問題に直面した際にあらゆるリソースを使って柔軟に対応しようとする「ジェネラリスト」か、まずは自分自身の経験や専門性を活用して解決しようとする「スペシャリスト」か、を測るもので、ピンの高さで表されます。

2_bus_151_1.jpg 
黒川:チームメンバーが、この3つの軸で形成されるキューブ内のどこにプロットされているかを見ながら、事業の成長曲線と照らし、必要な多様性を確保できているか、必要な人材を適切に配置できているかなどを話し合う材料に使うことができます。 例えば、一般的に事業の初期段階では「発見・探究好き」が重要な役割を果たすでしょうし、事業が成長して作業の標準化が重要になると「安定・効率化好き」の人材が求められると思います。こうした多様性を組織として確保できているのかを、全員で同じ絵を眺めながら対話するのです。

坂本:「最もパフォーマンスの高いチームバランス」のような理想の形と照らして、偏りの有無を分析したり、足りない部分を採用などで補うといった活用イメージでしょうか。

黒川:いえ、正解はないというのが前提ですし、評価や点数をつけるものではありません。AEM-Cubeの結果は、必ず全員で見て、問いを立てて対話をしながら考えるのが鉄則です。
例えば、あるチームが、プロダクトの使い勝手が非常に悪いという課題を抱えていた場合、AEM-Cubeの結果を見ながら、「ヒト派が全然いないから、ユーザーの使い勝手をきちんと理解できていないのではないか」や、「専門家とジェネラリスト、探究好きな人と安定型の人をつなぐ役割となるちょうど真ん中の人材が足りていないのではないか」、などの仮説を立てることができます。
チームにそうした対話が生まれて、仮説を実践してみることに価値があるツールだと捉えています。

2_bus_151_2.jpg 黒川公晴氏


伊藤:ジェネラリストなのかスペシャリストなのかは、経験によっても変わるような気がします。もともとは専門家気質だったけれど立場が変わってジェネラリストにならざるを得なかった、など。

黒川:その通りです。縦と横の傾向は7歳前後で定まりますが、高さの軸は役割によっても変わります。
例えば、メンバーに一人だけ非常に視座の高い人がいて、相談や確認がその人に集中してしまっているという課題がある場合、他の人の役割を見直すことで高さの軸を引き上げられないか、などの問いが生まれ、打ち手が見えてきます。




人材に優劣はなく、
フィット感がパフォーマンスを決める

黒川:欧米ではすでに常識になっている、多様性を武器として戦略的に取り入れていくというアプローチが、日本でも受け入れられる潮流がきているのではないかと感じています。その際、AEM-Cubeを役立ててもらえたらと思います。

坂本:これまでは、上司が感覚的に差配していましたが、AEM-Cubeによって、メンバーそれぞれの本質的な多様性を知ることができれば、得意をさらに伸ばすこともできますし、アンマッチな場合は役割を見直す、あるいは、現業の中で多様性を活かせる機会をつくる、といったことができますね。

2_bus_151_3.jpg 坂本崇博


黒川:そうですね。また、働きやすさや働きがいをどうつくるかを考える時にも使えるツールだと思います。
私が特に好きなのは、AEM-Cubeの思想として「人材に優劣はない。今の環境や事業フェーズや役割にどれだけフィット感を得られているかでパフォーマンスが決まる」という前提に立っていること。そのフィット感が上がるように差配するのがリーダーの役割だと思っています。
そのためにチーム全員でAEM-Cubeの結果を眺めて、「社外との連携を担う役割の人が不足している」「もっと営業を強くする必要があるからこうしてみよう」といった、話し合いが生まれることに価値があるのです。




事業フェーズに合わせて、
多様性ある人材を戦略的に配置する

伊藤:先ほど、事業フェーズと照らしてという話がありましたが、同じチームでプロジェクトを動かしていく場合も、フェーズによってメンバーが流動的にアサインされていく方が本当はいいのでしょうね。立ち上げ期には探索型のメンバーが多めに配置されていて、運用段階に入ったら安定的に動かしていけるジェネラリストが多い方がいい、といったように。

2_bus_151_4.jpg 伊藤毅


黒川:その通りですね。組織に流動性がある方が強いというのは間違いないです。フェーズの変化に合わせて、最適な役割や連携の仕方に変えていく...。そのためにもこうしたツールを使って、可視化して対話することが大切です。




チームダイナミクスを発揮する
「場」の効果とは

坂本:組織を活性化させ、チームのパフォーマンスを高めるもう一つの要素として「場」の効果もあると考えますが、黒川さんがファシリテーションをするとき、場の使い方として意識している観点はありますか?

黒川:たくさんあります。私は脳科学に基づくファシリテーションを行う、オランダのBrain Activeという会社と一緒に、神経科学を応用した場づくりのメソッドを実践するお手伝いもしていて、場の理想的なあり方に関する研究を行っています。2021年には日本初となるBrain Active式の空間が奈良で完成しました。

例えば、ワークショップのときなどは、車座になって座ることが多いですよね。実は脳幹という生存本能を司る部分は通称「爬虫類脳」と呼ばれるのですが、人間は新しい場所に行くと爬虫類脳が反応し、「安全か?」「食べ物はあるか?」「自分よりエライやつはいるか?」などを瞬時に判断しながら警戒します。そういう場に机があると、爬虫類脳は「下半身が見えないから相手が攻撃してきても動きが見えない」と錯覚します。脳が警戒状態にあると知的な活動を行うことは困難です。そこでファシリテーターは冒頭、いかに爬虫類脳をゆるめるかに集中します。

距離が近すぎても警戒するので、最初は手を伸ばしても当たらない程度に離した方がいいですね。逆に会が進行してきて、もう少しクローズドな関係性にしたいときは、「ぎゅっと詰めて座ってください」と指示を出すこともあります。距離が近づくと、ミラーニューロンが働きやすくなり、共感が生まれやすくなるためです。


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黒川:他にも、対面で座ると相手の表情、つまり非言語表現が伝わりやすくなるため忖度が働きやすくなります。バーカウンターや車の運転席・助手席で話す体験を思い出していただくとわかると思いますが、ベンチ形式で横並びに座った方がお互いの顔が見えず忖度が働きにくくなり、本音が出やすくなります。教会の懺悔室などはまさにこの効果ですよね。
ブレストをするときは、立った状態でホワイトボードを使うと、同じ方向を向き、かつ少し顔が上を向くので思考が抽象的になりやすい。逆に詰めて考えたいときは、模造紙を机に置いて落とし込む方がまとまりやすい。歩きながらミーティングすると感覚思考が働くので、あまり難しく考えず本音が出やすい効果がある、などがわかっています。

また、人間の脳はポジティブなときは、わからないものに対しても寛容になりますが、ネガティブなときは、緻密になる傾向があります。そのため、新たな学びを作り出したいワークショップなどでは、強制的にポジティブな状態になるよう誘導したりします。例えば、最近あった、ちょっといいことをシェアする、「グッドアンドニュー」というアイスブレイクを入れたりします。

2_bus_151_7.jpg 黒川公晴氏


伊藤:営業のセオリーで、「商談の前の雑談で『YES』を3回以上言わせると商談でもYESといってもらいやすくなる」、というものがありますが、同じことですね。感覚的にそうだろうなと思っていたことに神経科学の裏づけがつくと、納得感が上がりますね。他にも、五感に訴える仕掛けで、効果が期待できそうなものはありますか?

黒川:例えば、照明を少し落とすと、表情が見えにくくなるので話しやすくなるとか、匂いは自分が心地よいと感じるものであれば、脳のパフォーマンスが上がります。特に、柑橘系がよいと言われています。色は赤系よりもブルー系の方が脳のポジティブ系を刺激すると言われています。

画像投影も脳に作用します。例えばお昼休み明けは眠くなるので、壁一面に大きなトラの画像など本能的に身の危険を感じるような画像を映すと良いと言われています。爬虫類脳を刺激して目が覚めるような仕掛けです。オランダではこうした取り組みの効果がどの程度あるのか、実際にMRIなどで計測してエビデンスを取っているそうです。

齋藤:ソロワークの場合は、集中しやすさの要件に個人差があるので一概に言いにくいですが、チームダイナミクスを発揮する場だと、相互作用も起きやすいので、こうした効果を取り入れやすいですよね。

2_bus_151_8.jpg 齋藤敦子




場の仕掛けとともに
ソフト面の働きかけも必要

黒川:人間の行動や反応に対する空間の影響は興味深い分野ですよね。私ももっとこの考え方を広めていく一助になれたらと考えていますが、そういった視点で、空間を効果的に活用する動きは日本ではあまりみられない気がします。また、ソフト面への働きかけを担う存在が不足しているとも感じています。

齋藤:ミケランジェロの時代には、「人間とは、そもそも、どのような存在なのか」まで考えて空間を設計していたので、今見ても面白い空間になっています。現在も海外では、建築設計のプロジェクトチームに歴史学者や文化人類学者、脳科学者なども参加し、「もともとここはどういう場所だったのか」、というところから議論しながら進めるケースも多いです。
一方日本では、経済合理性が優先されるので、建物を建てる際に、「この場所で人がどう振舞うか」まで考えて設計されていないように感じます。

伊藤:私は、「働く」を科学し、オフィスをもっと働きやすい場にするには、どうすればいいかを、考えています。
例えば、コクヨでは、ABW(業務によって働く場を選ぶ)を促す目的で、多様なワークスペースをオフィス内に設けていますが、活発に働く場を変えているのは全体の2割程度。どうすれば、もっと多くの人がオフィス内を動き回るようになるのか...。行動データをもとに、いろいろと仕掛けていきたいと思っています。

齋藤:そうですよね。働く場を積極的に変えることで変化も生じます。データを活用して人の動きを捉えながら空間をつくるのと同時に、ソフト面の働きかけも必要不可欠だと感じています。場をつくっただけでは上手くいかないので、どう使っていくのかのファシリテーションが必要です。
イノベーションの観点から、場づくりは「プレイス(空間)」だけでなく、「パーパス(目的)」「プログラム(工程)」「プロセス(方法)」「ピープル(人々)」「パフォーマンス(変化)」「プロモーション(展開)」という、7つのPを設定し、何をやりたいのか、どうしたいのかを俯瞰することも重要です。ハードの場だけをつくっても、パーパスがなければ機能しません。また、試行錯誤するイノベーションのプロセスも重要で、こうしたソフトの部分をコントロールできる人材が不足していると感じます。

2_bus_151_9.jpg 【出典】(一社)Future Center Alliance Japan [WISEPLASE]より


黒川:場をうまく機能させるよう誘うという意味でも、これからのリーダーにとってファシリテーションスキルは必須の素養だと思っています。空間×人の行動はまだまだ研究が始まったばかりの分野ですので、これからどんな科学を導き出せるのか、とても楽しみです。



黒川公晴(Kurokawa Kimiharu)

合同会社こっから代表社員、一般社団法人Brain Active with代表理事、米国ミネルバ講師 ペンシルバニア大学組織開発学修士
2006年外務省入省。2009年米国で組織開発修士を取得後、外交官としてワシントンDC、イスラエル/パレスチナに駐在。日米の通商協議、日本のアートプロモーション等を担当。2013年に帰国後は、米軍基地の返還交渉、NZとの漁業権益交渉、条約締結等に携わる傍ら、首相・外相の英語通訳を務める。2018年独立。現在はファシリテーター・コーチとして国内外の企業の人材開発・組織開発を支援。リーダーシップ育成、ビジョン・バリュー策定、学習型組織作り、心理的安全性の醸成、事業開発、紛争解決等のサポートを行う。

伊藤 毅(Ito Go)

コクヨ株式会社 ファニチャー事業本部/ワークスタイルイノベーション部/ワークスタイルコンサルタント
2007年コクヨ入社。セキュリティやITなど働き方を支援する仕組みや環境づくりに従事し、コクヨのクラウドを活用したワークスタイル企画に参画。現在は、働き方・IT・制度の3つテーマを働き方プロジェクトマネジメントとして実施。

齋藤 敦子(Saitou Atuko)

コクヨ株式会社 ワークスタイルリサーチ&アドバイザー/一般社団法人 Future Center Alliance Japan理事
設計部にてワークプレイスデザインやコンサルティングに従事した後、働き方と働く環境についての研究およびコンセプト開発を行っている。主にイノベーションプロセスや共創の場、知的生産性などが研究テーマ、講演多数。渋谷ヒカリエのCreative Lounge MOV等、具体的プロジェクトにも携わる。公益社団法人日本ファシリティマネジメント協会 ワークプレイスの知的生産性研究部会 部会長など兼務。

坂本 崇博(Sakamoto Takahiro)

コクヨ株式会社 ファニチャー事業本部/ワークスタイルイノベーション部/ワークスタイルコンサルタント/働き方改革PJアドバイザー/一般健康管理指導員
2001年コクヨ入社。資料作成や文書管理、アウトソーシング、会議改革など数々の働き方改革ソリューションの立ち上げ、事業化に参画。残業削減、ダイバーシティ、イノベーション、健康経営といったテーマで、企業や自治体を対象に働き方改革の制度・仕組みづくり、意識改革・スキルアップ研修などをサポートするコンサルタント。

文/中原絵里子 撮影/石河正武