仕事のプロ

2024.08.07

複雑性の時代に求められる組織戦略

変化適応型リーダーシップを教えるミネルバ式研修とは

競争と不透明性、不確実性が高まるビジネス環境において、時代を拓くリーダーに求められる力とは何か。変化に適応し、本質的課題を発見して成功に導くために必要な能力をどのように伸ばせばいいのか。これからの組織戦略におけるリーダーが学ぶべきスキルについて、「世界で最もイノベーティブな大学」と呼ばれる米国ミネルバ大学の創設母体であるミネルバプロジェクト社と協業してリーダーシップ研修「Managing Complexity」を提供する合同会社こっから代表社員の黒川公晴氏に話を聞いた。

変化に適応するためにリーダーが身につけるべき18の思考習慣

――これからの時代に求められるリーダーシップとして、ミネルバ式リーダーシップ研修プログラムとはどのようなものですか。

米国ミネルバと協業して提供しているリーダーシップ研修「Managing Complexity」では、「適応する力」を重視しています。どんな技術も発展した後衰退していく、そのことをS字カーブと呼ばれる曲線で表しますが、事業創造においても同じことが言えます。アイデアから始まって成熟した後は絶対に衰えていく...、だから適応しなければならない。 これは、私がアメリカの大学院にいた2009年頃にも繰り返し言われていたことですし、リーダーシップ育成に関わる世界中の実務家と話していても、必ず耳にするキーワードが適応です。
ただ、適応することが大事だとは言うものの、具体的に何を身につければいいのかという問いに対して、これまで真正面から答えられたものはなかったように思います。 それを18の思考習慣(コンピテンシー)に落とし込んだのが、「Managing Complexity」研修です。この18の思考習慣を意識的に使いこなすことができるようになれば、変化適応型リーダーとして、どのような複雑な局面においても必要な対応ができるようになります。

具体的には、システム思考や行動科学、パーパス、EQや共感力、チームダイナミクスの考え方、コミュニケーションスキル、課題分析スキルなどです。 例えば、問題に直面したときに、「パーパスで言うとどうだろう」とか「システム思考で考えると、何をすべきなのか」など、立ち止まって一つずつ引き出しを開いて考えていく訓練をすることで、習慣化をめざしています。

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全員が最前列に座り、エンゲージし続ける学びの仕組み

――18の思考習慣を具体的にどのように学んでいくのでしょうか?

ミネルバ式リーダー研修のもう一つの特徴であり、非常に重視している点は、学び方にあります。この18の思考習慣を10週間で習得するため、科学的に研究された方法で学びをつくっていくところがユニークなポイントです。「ミネルバ式学習の科学」と呼ばれる16の原則を軸に、カリキュラムと教授法が綿密にデザインされています。

その方法の一つが反転学習です。授業では一方的な知識のインプットは一切行いません。3~4時間かけて事前学習に取り組んでこないと、授業にまったく着いてこられない設計になっています。授業ではディスカッションを通じた学びをつくることしかしていません。

学びとは、思考と実践のかけ合わせで初めて生まれるもの。そのため、理論やセオリーを知識として理解したら、それを使ってまず現在地を思考し、過去を解釈するプロセスが必要です。授業の前に、事前課題として徹底的に取り組み、自分の考えを言語化できるようになった状態で授業に臨んでもらいます。 その状態で周囲と意見を交換し合うと、自然と「これをやってみた方がいいかもしれない」などの、アクティブラーニングが起こります。そうして得た学びを実践につなげ、翌週は実践してみての振り返りから始める...、という風に思考と実践のサイクルを回していきます。


――学びというとインプットのイメージが強いですが、アクティブラーニングの授業は対面で行うのでしょうか。

いかに気を抜けない環境をつくるかが重要なので、授業はミネルバ独自のラーニングプラットフォームを使い、すべてオンラインで行います。「全員が教室の最前列に座っている状態」、というコンセプトで、発言時間などのエンゲージメントがリアルタイムに色分けされて表示され、話していない人から当てられます。

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高速で集中させ続け、エンゲージさせ続けるにはオンラインの方が適しているので、ミネルバ大学でもコロナ前からオンラインのみで授業を行っています。




問いの立て方、学び方を学ぶ

――この10年間で世の中は大きく変化してきましたが、リーダーが身に着けるべき18の思考習慣に変化はあったのでしょうか?

もちろん、この10年で急激に発展したAIやデータサイエンスなど、いわゆるハードスキルはミネルバ大学でも教えますが、最初の一年で学ぶのは18の思考習慣のような全ての土台となるいわゆるデュラブルスキル。つまり分野や役割を問わず使える、永続的で汎用的なスキルです。その土台のうえに専門性が積みあがっていくイメージです。 土台として使いこなせるよう、リーダー研修でもデュラブルスキルを重視していて、ディスカッション等で繰り返し活用し、定着を図っています。


――デュラブルスキルは資質によるところも大きいように思いますが、学ぶことによって育つものですか。

ヒトやコトへの関心の高さや好奇心の強さなどは7歳頃までに決まると言われますが、学び方や考え方は工夫によって伸びるので、学ぶ機会をつくることは重要です。

リーダーシップ研修を提供していて感じるのは、「問いの立て方」を知らないから学べない方が多いということ。例えば、新たな知識に出会っても、それを知識として理解して終わりになってしまう。自分が過去に取り組んできたことにどの様な意味があったのか。現在に照らしてどの様な課題があり、どう変えていく必要があるのか、といった問いの立て方がわからないため、考えたくても何を考えていいかがわからないのだと思います。

矢継ぎ早に問いを立てるファシリテーターがいて、強制的に考えさせられる研修の場では、考え方、学び方を学ぶことができます。本人のモチベーションや苦手意識に左右されることなく、綿密にデザインされたカリキュラム・教授法・テクノロジーの3つを使って強制的に考えさせ、対話させ、議論させ、発言させ、思考させることで、実際に使えるリーダーシップスキルを伸ばすことができると考えています。

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――これまでマネジメントには、管理することが求められてきましたが、今は、VUCAの時代といわれるような、先行きが不透明な時代です。「Managing Complexity」研修で育てる、変化適応型のリーダーに求められる力とは何でしょうか。

変化適応型リーダーシップとは、不確実な中でも、自分の軸を持ち、課題を見つけ、仲間と一緒にソリューションを考え、実験し、振り返るという一連の行動を繰り返していくこと。そのためにリーダーに必要なのが、ラーニングアジリティ、素早く学ぶ力です。私はこれを、「知的謙虚さ」とか「面白がり力」とも表現しています。

アジリティ(俊敏性)はアビリティ(能力)ではありません。つまりラーニングアジリティとは、処理能力が高いだけでなく、あらゆることに関心を持って少しでも新しい知恵を取り込もうとする貪欲さ。謙虚な姿勢で過去を消化し、現在地を見つめて再解釈する胆力。その上で自らを変化させ新たな実践に取り組もうという俊敏性。40社500名近くの企業幹部とクラスを囲んできていますが、どんなに肩書きが偉くてもこうした特性を持ち続ける人には、すばらしいリーダーとしての素質を感じます。


――少し前までは課題解決スキルにスポットが当てられ、PDCAをきちんと回す力が求められていました。

確かに、かつてはビジネスで解決すべき課題が顕在化されていたので、それを解決することで事業が成り立っていました。しかし社会が成熟してくると、課題を見つけ、分析して定義する力が求められるようになります。

また、バイアスを持っている以上、個人で気づける範囲は限られているので、周りの人と共に複眼で見ていく多様性マネジメントの必要性が急速に謳われるようになりました。

職場に多様性が必要だと言われる背景として、労働力不足やグローバル化という側面だけでなく、実は課題を発見し、危機を察知して対応するために複眼で見るという、システム思考的な実利の側面もあるのです。




すべての人がリーダーシップを身につけ、複眼で変化に対応する

――日本ではロールアサインメントで、リーダーとフォロワーのように分けて考えがちですが、リーダーシップはすべての人が身につけるべきものでしょうか?

リーダーシップとは役割ではなく、チームが目標達成するために自分が周りに及ぼす影響のこと。チームに対して付加価値を生み出す営みや影響力がリーダーシップです。チームで働く以上、リーダーシップを身につけなくてよい人など存在しません。

システムの中に存在しているということは、自分も何かしらの相互作用を起こしているはずです。自分が知らず知らずのうちに与えてきた影響は、意図を持って意識的に行うことでどう変化するのか。まずはこうした点を見ていくことで、自らのリーダーシップに気づくことができると思います。

ものづくり大手をはじめ日本経済を牽引する大企業が、「これからのリーダーのあるべき姿」を言語化できるようになれば、就職を意識する教育現場でも学ぶことが変わっていくはず。数十年のスパンかもしれませんが、そうして視座高くものを見ることができる若いリーダーが増えれば、日本が変わるはずだと考えています。そのためのお手伝いができれば嬉しいですね。




黒川公晴(Kurokawa Kimiharu)

合同会社こっから代表社員、一般社団法人Brain Active with代表理事、米国ミネルバ講師 ペンシルバニア大学組織開発学修士
2006年外務省入省。2009年米国で組織開発修士を取得後、外交官としてワシントンDC、イスラエル/パレスチナに駐在。日米の通商協議、日本のアートプロモーション等を担当。2013年に帰国後は、米軍基地の返還交渉、NZとの漁業権益交渉、条約締結等に携わる傍ら、首相・外相の英語通訳を務める。2018年独立。現在はファシリテーター・コーチとして国内外の企業の人材開発・組織開発を支援。リーダーシップ育成、ビジョン・バリュー策定、学習型組織作り、心理的安全性の醸成、事業開発、紛争解決等のサポートを行う。

文/中原絵里子 撮影/石河正武