仕事のプロ

2024.09.18

「マナビ」体質を手に入れる〈前編〉

「何かを得よう」と思わない方が楽しく学べる

近年、「リカレント教育」というキーワードが急速に普及し、資格取得などを目標とした学びに取り組むビジネスパーソンもみられる。しかし、「何かやらなきゃとは思うけど、仕事が忙しい」「義務感だけでは続かない」という人もいるのではないだろうか。そこで、「役に立たない学びも人生を拡げてくれる」と主張する東京都市大学メディア情報学部の岡部大介教授に、「マナビ」(=知識やスキル習得に直結しない学び)の続け方やモチベーションの保ち方についてお話を伺った。マナビ体質が身につけば、学ぶ体力も高まるはずだ。

ためにならない「マナビ」は
様々なマナビの基本

――いきなり核心をつくようですが、「マナビ」とはいったいなんでしょうか。社会人が「マナビ」と聞くと、よく企業で実施されているビジネス研修や社会人大学院など、スキルインプットを目的とした「勉強」が思い浮かびます。それは先生のおっしゃる「マナビ」とは異なるものなのでしょうか。


「マナビ」の基本は、自分が興味をもった対象を追究することです。ここで大切だと私が感じるのは、マナビに「何かの役に立つ」「ためになる」を求めないことです。
マナビの姿勢を的確に言い当てているのが、コンテンポラリーダンスユニット『コンドルズ』を主宰し、テレビ番組の「サラリーマン体操」などで知られる近藤良平さんの言葉だと思います。近藤さんは企業向けのワークショップで講師をなさる機会も多いのですが、ビジネスに役立つ内容というよりは、思わず脱力してしまうものばかり。
近藤さんと一緒にワークショプを企画した際、「ためになることよりも、ダメになるという価値観も大事です」と言われました。半分冗談、半分本気ともとれる近藤さんの言葉は、ついつい「わかりやすくためになること」だけを追い求めてしまう私の思考を取り外してくれました。
仮に「ためになる」ことを求める考え方からあえて距離をとることを「ダメになる」と言い表すとしてみましょう。何になるかわからないことに時間をかけて没頭すること、すなわち「ダメになる」のにも、ある程度の時間とトレーニングが必要です。大学で言えば、ゼミは「ためになる」場であるとともに、「ダメになる」場でもあります。そういった場や機会は社会人にも必要だと思います。



――興味をもった対象を追究することが「マナビ」の基本とはいえ、「ためにならないマナビ」となると誰も学ばないのではないでしょうか。


社会の流れが生産性向上に傾いているためか、教育プログラムも「学ぶことで何を得られるか」ばかりが重視される傾向にあるのは気になるところですね。
私自身も、講師としてワークショップを主催するときには「何かを持ち帰ってもらわなければ」と無意識のうちに考えてしまうことがあります。参加側も「何かを得なきゃ」と考える人が多いのではないでしょうか。

社会人と同じで最近の大学を見ていると、授業の準備や課題提出に多くの時間を割くことを求められるカリキュラムになっているので、授業や単位取得と関係のないマナビに手をつける余裕がない。
しかし、中には単位取得のためのマナビで忙しくても、「なんだか面白そう」という純粋な興味で「ためにならない(単位に関係ない)マナビ」に時間をかけてしまう学生もいます。 そういう学生は、最初から「何かになる(役に立つ)」とわかっているわけではなく、自分の興味関心に素直なんですよね。専攻分野で学んだこと(社会人で言えば現業)を、「勉強」だけに収めず、実生活で試し、自分なりに考えを派生させ、興味を拡げていっています。興味の奥には拡がりがあると思える。そこから探究心が芽生えてくるんじゃないでしょうか。 本人たちにしてみたら、興味に突き動かされてハマってしまった、という感覚なのかもしれませんね。



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興味をマナビにつなげる
ポイント

――ためにならない学び...その入口は興味から始まるということですね。どうやって興味がマナビへとつながっていくのですか


私のゼミに所属している学生が、ある日ディズニーリゾートが好きだと打ち明けてくれました。
そこから、どこが好きなのか、どれくらい行っているのかなど、会話を拡げていくと、月1回は行き、キャラクターと一緒に写真撮影ができるアトラクション「キャラグリ(キャラクターグリーティング)」に興味を持っていることがわかってきました。

その話を聴いたあと、ゼミのメンバーで、ゲスト(来園者)たちが撮影したキャラグリの動画を次々に観ていったのです。すると、ほとんどの動画が1分以内に収まっていることがわかってきました。つまり、キャラクターと対面し、一緒に記念撮影をして別れるまでが1分間で構成されるように巧みに動いていたのです。

その事実から、キャストとキャラクターがどんな働きかけをして一定時間内に決まった段取りをこなし、目の前のゲストを満足させ、かつ、次のゲストを待たせないようにしているのかを分析していけば、非常におもしろい考察になりそうだ、と思いました。



――興味がマナビにつながった瞬間ですね。


現在、この学生は、卒業論文のテーマとして「キャラグリ」を選び、リサーチを続けています。

この学生に限らず、マナビを引き寄せる人は、節度を持ちながらも自分の生活や興味について話してくれる人が多いですね。自己開示してくれる大学生は、実は意外と珍しいかもしれません。「よい情報を集めるため」といった意識はなく、自然に行っている行動だと思います。
社会人の方でも、自分の興味などについて周囲にフラグを立てておくと、「あの人はこのテーマに関心がありそうだから」と声をかけてもらえることもあるのではないでしょうか。

「ためになる/ならない」といったことは考えず、興味に突き動かされて行動していくことが、結果的にマナビを深めていくのだと思います。

ビジネスパーソンの方も、日々の仕事に取り組む中で「もう少し知りたいな」というテーマが見つかることもあるのではないでしょうか。「いつ止めてもいい」ぐらいの軽い気持ちで少し深掘りしてみてはいかがでしょうか。

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――岡部先生にとっての「マナビ」の楽しみ方を教えてください。


「取り組んでいて楽しい」以外のメリットは求めていませんが、「マナビを深めることで自分の常識に気づける」という面は大きいと思います。私は腐女子の方々を研究対象としたことがあり、たびたびイベントに同行したり、インタビューさせてもらったりしました。その際、自分が今まで当たり前だと考えてきたことがまったく通じず、非常に新鮮に感じました。それは、生きてきた中でつくられた自分なりの常識と、彼女たちの常識が異なっていたからです。「どうして?」と思ったことを追ってみると、自分を新たに知ることもできるのが面白いですね。

後編では、「マナビを共創する楽しみ」について紹介します。



【関連記事】「マナビ」体質を手に入れる〈後編〉


岡部大介(Daisuke Okabe)

東京都市大学メディア情報学部教授。慶應義塾大学政策・メディア研究科特別研究教員、東京都市大学環境情報学部専任講師などを経て現職。専門は認知科学、フィールドワーク。2008年に発表した論文「腐女子のアイデンティティ・ゲーム: アイデンティティの可視⁄不可視をめぐって」が広く注目される。著書に『ファンカルチャーのデザイン 彼女らはいかに学び、創り、「推す」のか』(共立出版)、『デザインド・リアリティ[増補版] 集合的達成の心理学』(共著 北樹出版)など。

文/横堀夏代 撮影/石河正武