仕事のプロ

2024.09.20

「マナビ」体質を手に入れる〈後編〉

「共愉的」なマナビはウェルビーイングにつながる

リカレント教育への関心が高まる一方で、近年は「マナビ」(=知識やスキル習得とは離れた学び)に楽しさを見いだし、ハマるビジネスパーソンもみられるようになってきた。しかし、一人でマナビを続けようとしても仕事に忙殺されて遠ざかったり、行き詰まったりすることも多いのではないだろうか。そこで、東京都市大学メディア情報学部の岡部大介教授に、個人で取り組むのとはまた違った楽しさをもつ、共にマナビを追求する「共愉」についてお話をうかがった。

マナビのメンターを見つければ
新しい楽しさが拡がる

――マナビに入り込めれば楽しいし、ひいては仕事にも好影響だとわかってきましたが、一人でマナビを続けていこうとしても、現業が忙しいとなかなかモチベーションが保てない場合もあります。続けるための工夫はありますか?


SNSなどを活用して学びの成果をWeb上に置くなど、手軽にできることでよいので、モチベーションにつながる発表・発信の機会をもつことです。
また、メンターを見つけるのもよい方法です。ビジネスにおけるメンターは、「新入社員や若手社員に向けて、成長を手助けしたりメンタル面でのサポートをしたりする人」といった意味合いが強く、メンター制度を導入している企業も少なくありませんよね。
しかしマナビにおけるメンターは、「メンター自身がハマっているマナビの世界がどれほど楽しいかを見せてくれる人」であって、「イチから教えましょう!」といったスタンスで接してくる人ではありません。



――なぜメンターの存在がマナビを後押ししてくれるのでしょうか?


興味から始まる「マナビ」はすぐ役立つものではないので、その世界の楽しさや魅力を感じないと、続きにくいからです。また、メンターがいると、マナビの新たな楽しさにふれることができるため、自分の世界も拡がると期待できます。

一つ米国の研究事例をご紹介しましょう。
プロレスを見るのが大好きなマリアという少女がアメリカにいました。周りには趣味を共有できるプロレス好きな女の子がいなかったので、ネットを検索したところ「レスリングボード」というサイトにたどり着きました。
このサイトは、亡くなったレスラーや対戦機会がないレスラーの試合を勝手に組んでチラシを作って記事を妄想で書くというファンタジープロレスの場でした。マリアはそこで同人を書き始めたところ、先達の人たちが作品や構成についてフィードバックをくれ、ますます楽しんで書くようになりました。その後たまたま高校でその活動を先生に話したら、先生は学校新聞を薦めてくれ、「書く」ことに接続され、大学でクリティカルライティングを学ぶようになったんです。

この事例では、メンターはそのサイトの先達ですね。彼ら自身も楽しんでいることが見て取れます。アメリカのカリフォルニア大学アーバイン校に拠点を置く研究チームでは、「つながりの学習」(Connected Learning)というコンセプトで、学び手の興味と社会的な活動を結びつけようとする学習プログラムを実践しています。「つながりの学習」においても、小・中・高校生にマナビの楽しさを見せるメンターの存在は重要な存在と位置づけられており、メンターと学び手が自然とコンタクトできるようにプログラムがデザインされています。

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――具体的には、メンターと学び手はどんなふうに接点をもてるのでしょうか?


例えば、このプログラムの一環として、地域の図書館において、ゲーミングやゲーム制作を学ぶ学生が子どもと一緒に過ごす時間が組織されました。ゲームに興味を持っている子どもたちがいれば、こうした大学生とコミュニケーションしながらゲーム制作の楽しさを知ることができます。
アメリカでは、地域によっては「ゲームやコミックは役に立たないモノ」とみなされてしまう場合もありますが、実際にゲーム制作という職業を通じて社会に貢献しようと考えている青年の姿を見ることで、子どもたちは「こんな仕事もいいな」と少し先の未来を見ることができるわけです。



――「つながりの学習」は、これまでの教育とどこが違うのですか?


やはり、学び手の興味・関心を起点にデザインされていることです。また、学校だけでなく自宅や児童館、学童保育、オンラインなども学習環境としてとらえている点も、伝統的な学校教育とは異なります。
その意味では、ビジネスパーソンの方々にとってもマナビの場はたくさんあることになり得るということですね。そのような場で「マナビの楽しさへ誘ってくれるメンター」を見つけられれば理想的だと思います。SNSなどで気になる活躍をしている人を見つけて、自分の中で勝手にメンター化してしまうのもアリですね。
メンターの力を借りて、興味を持った世界の楽しさに触れるだけでも自分の世界は拡がります。それもマナビの楽しさといえそうです。




自分をアピールするのではなく
「名もなき一人」になる喜びも存在する

――岡部先生は著書の中でファンカルチャーの研究をなさっていますが、ファン活動もマナビの一種といえます。集団でマナビを追求する楽しさはどこにあると思いますか?


いわゆる資本経済とは違った経済圏を感じられるところではないでしょうか。ファンダム(熱心なファンの世界)やファンカルチャーというテーマで私が最近すばらしいな、と思う事例が、「ナヴィ語辞典」です。
「ナヴィ」とは映画『アバター』に登場する衛星パンドラの先住民族で、彼らは「ナヴィ語」と呼ばれる架空の言語で話しています。公式からの文法体系に係る情報提供などがなく、ひょっとしたらでたらめにつくられている可能性もある言語です。しかし映画のファンたちは、このナヴィ語の言語体系を解明しようとして分析や研究を重ね、Web上にハイクオリティな辞典を作成しつつあります。

このプロジェクトには、言語学者も含めて数多くの人が参加しており、発音記号や語彙などがどんどん更新されています。専門知識がない人も、自主的に言語学を学んだりしてグイグイ知識を身につけ、辞書作成に取り組んでいます。時間や知識を投入して、プロジェクトに貢献しているわけですね。 辞書制作が進んだからといって収入になるわけではまったくないし、自分が有名になるわけでもありません。それでも参加者は「自分が役に立てて楽しい」という気持ちで取り組んでいるようです。



――ナヴィ語辞典の制作に参加する人は、何をモチベーションに取り組んでいるのでしょうか?


それこそ「ためにならないマナビ」ですよね。でも、すごく楽しそうだと思いませんか? 「名もなき一人」として参加し、プロジェクトが進むのを一緒に楽しむことこそが、こうした活動から得られるギフトだと思います。「自分をアピールする」「名のある成果を上げる」という方向とは真反対のモチベーションかもしれません。「ナヴィ語辞典」の参加メンバーのようにひっそりと活動するのも、それはそれですばらしいのではないでしょうか。


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「共愉」の場があれば
マナビは最高に楽しくなる

――最後に、岡部先生にとって、「マナビ」とは何でしょうか?


一言で説明すると「引用と貢献」ということになります。
「貢献」は、先ほど「ナヴィ語辞典」の事例でふれましたが、「名もなき一人となって自分が興味を持った対象を後押しすること」です。
「引用」は、難しいですが、今までいろいろな人が蓄積してきたマナビの成果をいったん引き受けることかな、と考えています。例えばBTSファンの人なら、発信している「投票チャレンジショット」などを引き継いで活動していくことも、引用の一環かな、と思っています。

ただ、マナビというとどうしても「一人で知識を身につける」といったイメージがありますよね。そこで思い出すのは、「Conviviality」という言葉です。英和辞典を引くと「宴会」といった訳語が出てきますが、もともとは「共に楽しむ、共鳴する」に近いニュアンスです。 例えば誰かが口にした気づきに対して「それいいね!」と共感したり、その発言にインスピレーションを受けて自分も発言したり......といったインタラクティブなコミュニケーションを重ねることによって、マナビはさらに豊かになって行くのではないでしょうか。
日本語で「Conviviality」の意味合いをもつ言葉はなかなか見つかりませんが、ジャーナリストの古瀬幸広さんと行政学者の広瀬克哉さんは、共著『インターネットが変える世界』(岩波新書)の中で、「共愉」(共に愉しむこと)という言葉をあてています。「共愉」的なマナビのコミュニティをサードプレイスとして持てれば、確実にウェルビーイングを感じられると思います。

興味から始まるマナビは、気づかないうちに深い深い「沼」へとはまる学習へと誘われてしまいます。それが「マナビ体質」をつくる源泉であり、その体質を知らず知らずのうちに下支えしてくれるのが、マナビ仲間です。そういった姿勢や他者とのかかわり方が、ビジネスにおける役立つ知識を学ぶ際にも活かされるのではないでしょうか。


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岡部大介(Daisuke Okabe)

東京都市大学メディア情報学部教授。慶應義塾大学政策・メディア研究科特別研究教員、東京都市大学環境情報学部専任講師などを経て現職。専門は認知科学、フィールドワーク。2008年に発表した論文「腐女子のアイデンティティ・ゲーム: アイデンティティの可視⁄不可視をめぐって」が広く注目される。著書に『ファンカルチャーのデザイン 彼女らはいかに学び、創り、「推す」のか』(共立出版)、『デザインド・リアリティ[増補版] 集合的達成の心理学』(共著 北樹出版)など。

文/横堀夏代 撮影/石河正武