仕事のプロ
社会のリアルとともに歩む学校〈前編〉
ドルトン東京学園の目指す教育とは?
従来の同質化・没個性のあり方から脱し、多様な個を尊重しようという流れがあるなか、組織においても「個性=価値創造の源泉」とする見方が広まっている。こうしたなか注目を集めているのが、個を起点として自主性・創造性を育て、多様な人々との交流を通して社会性・協調性を身につけることを目指す、ドルトン東京学園中等部・高等部の新しい教育だ。同校が礎とする学習者中心の教育メソッド「ドルトンプラン」とはどのようなものなのか、安居長敏校長に目指す教育や学びのあり方についてお聞きした。
ドルトンプランの2つの原理「自由」と「協働」
「ドルトンプラン」とは、今から約100年前に、アメリカの教育家ヘレン・パーカストが生み出した学習者中心の教育メソッドだ。当時、多くの学校で行われていた詰め込み型の教育に対する問題意識から提唱された。 「大量生産・大量消費の工業社会に向かうなか、ヘレン・パーカストは、学校とはロボットのような人間を一斉かつ大量に生み出す場所ではない、自由な発想で物事を深く考え、問題に立ち向かう力を身につけるのが学校だと主張し、実践研究を重ねながらドルトンプランを確立していきました。 実は、ドルトンプランは大正期に日本に入ってきて、自由教育運動の機運のなか海軍の兵学校で取り入れられた時期もあったようです。しかし、軍国主義が強まって画一的な教育が行われるようになり、目を向けられることはなくなりました。 現在、ドルトンプランを導入した学校は世界に400校ほどありますが、日本国内の中学校・高校では本校だけです。未知なる課題や決められた正解のない問題に向き合い、乗り越える力を養うためには、自分で問いを立て、考え、物事にあたる力が不可欠である。偏差値で刻まれてきた日本の学校教育や、生徒中心ではない学校のあり方に、一石を投じたい。そんな思いから、2019年に本校の設立に至りました」(安居校長、以下同) ドルトンプランの最大の特徴は、学習者中心であること。生徒一人ひとりの知的好奇心や探究心を育て、個人の能力を最大限に引き出すため、「自由」と「協働」という2つの原理に基づき学びが設計されている。 「多くのドルトンプラン導入校同様、本校でも個を学びの起点とし、生徒一人ひとりの興味・関心を出発点に学びを深め、自主性と創造性を育むこと(=自由)を重視しています。『学びたい!』『知りたい!』という湧き上がる好奇心や意欲が、学びにおいては何よりも大事。時間割や一斉授業、クラスといった従来の学校にある固定化された枠はできるだけとっぱらい、画一的に物事に取り組ませることはしていません。一方、みんなで意見を出し合い、それぞれの個性や強みを発揮しながら、より良いものをつくりより豊かになること(=協働)も大切にしています。 学校はリアルな社会の縮図であるべきだというのが、私の考えです。個として学びを深めつつ、多様な仲間との交流や協働を通して、個を尊重する感性や社会性・協調性を身につける。これが本校の教育の根幹であり、まさに今の社会においても求められていることだと思います」
学習者中心の教育の柱 「アサインメント」「ラボラトリー」「ハウス」
「自由」と「協働」を支えるのが、「アサインメント」「ラボラトリー」「ハウス」という3つの柱だ。これが「学習者中心」を謳うドルトンプランの特徴になっている。 「アサインメント」は、生徒にとっての「学びの羅針盤」。学習の目的や到達目標、課題など教員から提示された素材をもとに、生徒は自らの学びを自らの手で設計していく。 「本校では、一つの単元やテーマについて、何をどのくらいどうやって学ぶか、生徒自身が決めます。具体的には、教科担当の教員が各単元やテーマの課題や学習方法、到達目標を提示し、生徒は何をどういう順番でどのように取り組むかを自分でプランニングします。得意なものは早く終わるし、不得意なものには時間がかかる。得意なら発展的な内容に深く取り組んでもいいし、苦手なら基礎をしっかりとやってもいい。学びの進度・深度を自分で設計したうえで学びに取り組み、必要に応じて教員のサポートを受けます。もちろん計画通りいかないこともありますが、失敗したら修正すればいいのです。また、アサインメントではその単元を学ぶ目的・意義も提示されるので、生徒は何のために学ぶのかを理解・納得したうえで取り組めます」 「ラボラトリー」は学びを広げ深めるための「小さな研究室」であり、学年ごとのテーマに取り組む「基礎ラボ」と、個人の興味・関心を深める「探究ラボ」の時間がある。 「本校では探究学習をベースにしたラボラトリーの時間を重視しています。段階的に探究の手法を習得できるよう、1年次から学年ごとの基礎ラボに取り組み、5年次には学びの集大成として卒業探究に取り組みます。また、探究ラボは教員や生徒が提示した内容(テーマ)を希望する生徒が集まって実施するテーマラボと、生徒が自由に取り組むオフィスアワーがあり、学年混合で取り組みます。テーマラボについては年間50種類以上の講座があり、外部から講師を招いたり企業と連携して行ったりする講座もあります」
探究ラボ(テーマラボ)の一つ「ランチ改善ラボ」は、生徒や教職員の食事環境の改善をミッションに活動。コンビニや飲食店などと連携して販売を行うほか、NTT東日本の協力のもと校内に無人販売システム「スマートストア」を設置して運用している。 「ハウス」は、従来の学年単位のクラスとは異なる、異学年の生徒からなるコミュニティのこと。1年生(中学1年生)から6年生(高校3年生)までの縦割りで、1ハウスは25名ほど、各ハウスにはハウス担任(ハウスアドバイザー)が付く。週1回の「ロングハウス」の時間にはハウスルームに集まって交流するほか、学校行事にもハウスごとのチームで取り組む。 「ハウスはいわば社会の縮図です。多様な個が集い、互いの違いを認め、受け入れ、協働するなかで、生徒たちは成長していきます。授業のクラスとは違うメンバーと過ごすなかで、自分自身の立場や役割が変わり、自分の新しい面に気づくこともあるでしょう。ハウスは基本的に3年生以降は同じメンバーなので、ハウスごとのカラーが出ますし、結束も強くなります」 ハウスごとに教室(ハウスルーム)が割り当てられ、ロングハウスの時間などにはメンバーが集う。なお、教室の用途はハウスルームに限定されず、教科の授業や生徒の自習等にも使用されている。レールのない道を歩めるよう ゆるやかに自立を促す
自由と協働の原理のもと、強制されるのではなく、自分で考え自分で決めて、主体的に自由に学ぶ。やりたいことや興味・関心が明確な生徒にとってはまさに楽園だが、やりたいことが見つかっていない生徒にはどのような支援をしているのだろうか。 「最初から自分で決めて自分で動ける生徒ばかりではありません。むしろ、そうした生徒は少数派です。本校では、大きく1・2年生の2年間と3〜6年生の4年間に分けて考え、最初の2年間はある程度こちらで決めたルールや指導に則って生活を送ります。いわば、薄くレールを敷いておくわけです。この割合をどんどん減らしていき、最終的には自分で考え意志をもって行動できる、レールのない道を自分の足で歩んでいけるよう設計しています。 なかにはやりたいことが見つからないという生徒もいますし、やりたいことへの熱量も人それぞれです。打ち込めることが見つかればいいですが、見つからないまま卒業してもいいと私は考えています。人生は、休むことなく進み続けなければいけないわけではありません。自分にとっての何かが見つかるタイミングも人それぞれです。不安になって相談に来られる保護者もいますが、放っておいてください、今は見守ってくださいとお伝えしています」 新しい教育や学校のあり方を模索し、実践するドルトン東京学園。後編では、学習者中心の学びを支える校舎や学習空間について、引き続き安居校長に伺う。