仕事のプロ

2024.10.09

社会のリアルとともに歩む学校〈後編〉

「学習者中心」を体現する校舎とは?

学習者中心の教育メソッド「ドルトンプラン」に基づいた中高一貫教育を実践する、ドルトン東京学園中等部・高等部。「自由」と「協働」の2つの原理に基づく学びを支えるのが、「多様な学びや交流が生まれる仕掛けのある校舎」をコンセプトにした特徴的な校舎だ。同校の安居長敏校長に校内を案内していただきながら、学びと場・空間のあり方についてお聞きした。

いつでもどこでも誰とでも学べる、
開放的でシームレスな校舎

エントランスから校舎(教室棟)に入ると、まず目に入るのが、吹き抜けになった中央の大階段だ。階段の前のオープンスペースには本棚や机・椅子が置かれ、生徒が自由に集うラーニングコモンズになっている。吹き抜けを中心に広がるいわゆる「教室」もガラス張りで、全体として壁を感じさせない開放的でシームレスな空間となっている。

2_bus_156_01.JPG 吹き抜けになった中央の大階段をぐるりと囲むように、学びの空間が広がっている。

「本校では、生徒が自らの学びを設計することを大事にしていますが、どこで学ぶかという場や環境も、生徒が選べるようにしています。いつでもどこでも誰とでも学べるよう、ちょっとしたスペースに椅子と机を置いたり、図書館以外のスペースにも本棚を置いたり。教室についても特定の用途に限らず、生徒が自分のやりたいことや目的に応じて使えるようにしています」(安居校長、以下同)

  • 2_bus_156_02.JPG
  • 2_bus_156_03.JPG

  • 2_bus_156_04.JPG
  • 2_bus_156_05.JPG
取材時も、思い思いの場所で、勉強をしたり本を読んだり友だちと過ごしたりする生徒たちの姿が見られた。

「特定の用途に限らない」と安居校長が言うように、教室はシーンに応じてさまざまな用途に使用される。基本的には教科ごとに教室が決まっており、生徒は自分が受講する教科の教室に毎時間移動する。また、ハウスごとに教室が割り当てられており、生徒は自分のハウス教室のロッカーを使用。ロングハウスの時間などにはメンバーが集う。例えば、一つの教室が、あるときは数学の授業に、あるときはハウスの集まりに、あるときは生徒の自習に、使用されるというわけだ。同じ教室の決まった席に座って勉強するのが学校の常だが、同校ではそうした姿は見られない。

「生徒一人ひとりが個として存在するというのが大前提であり、本校では自分がありたいようにあることを大事にしています。ですから、学校側が一方的に定めた校則はなく、服装や髪型も自由です。空間づくりにおいても、生徒が過ごしたいように過ごせるよう、自分の学びに集中できる場所、生徒同士の学び合いや教員とのコミュニケーションに適した場所、仲間と協働できる場所など、多様であることを重視しています。加えて、椅子などの家具も、あえてバラバラのもの、いろんな色のものを置いています」




自由でクリエイティブな学びを支える
STEAM棟

教室棟に加え、2022年9月に完成したのが「STEAM棟」だ。その名の通りSTEAM教育の実践の場で、3階建の建物の内部にはガラス張りのクリエイティブな空間が広がる。1階は芸術やデジタルの教室、2階は図書館の機能をもつ「ラーニングコモンズ」、3階はサイエンスの教室となっている。例えば3階は、化学室、物理室など科目により教室が分かれているが、どの空間も開放的で、中心部の「サイエンスセンター」を要として緩やかにつながっている。

「一般的な学校だと、顕微鏡や計測機器といった理科の実験・観察のためのツールは所定の場所に片付けられていますが、本校では常にオープンにしていて、いつでも誰でも自由に使えるようにしています。理科やラボラトリーの時間に限らず、生徒が実験をしたり観察をしたりする姿が見られます。危険がないよう最低限のルールは決めていますが、学校は安全に失敗できる場所ですから、生徒にはどんどんいろんなことをやってみてほしいと思っています」

2_bus_156_06.JPG STEAM棟3階のサイエンスセンター。生徒の知的好奇心を刺激するモノがあちらこちらにさりげなく置かれている。

ラーニングコモンズも、生徒に人気の場所だ。中心のセンターエリアではくつろぎながら本を読んだり友だちと話したりでき、シーンによっては対話の場所にもなるという。また、机と椅子が置かれたラウンジのほか、一人で集中できるブースも多く用意されており、静かに勉強に励む生徒もいれば、友だちと教え合いながら勉強する生徒、読書に勤しむ生徒など、思い思いに過ごす姿が見られる。

2_bus_156_07.JPG ラーニングコモンズのセンターエリア。寝転んで本を読むのもよし、友だちと話し込むのもよし、考えごとをするのもよし、気張らず過ごせるリラックススペースとなっている。

「一般的に図書館は静かに過ごす場所ですが、本校のラーニングコモンズは、静と動の共存した空間になっています。エリアを分けることで、静かに自分の学びを深めたい生徒も、アクティブに仲間と協働して学びたい生徒も、同じ空間で過ごせるようにしています」

2_bus_156_08.JPG STEAM棟は環境にも配慮した建物で、二酸化炭素の排出を抑える技術が採用されている。




社会のリアルと共に歩み、
変化し続ける学校に

生徒の個を尊重するドルトン東京学園では、教員の個もまた尊重している。「同じ方向さえ向いていれば、それぞれの価値観は多様でいい」というのが安居校長の考え。立場やキャリアに関わらず、フラットに意見を言い合える空気があるという。

「目指す山頂は一つだけど、そこまでの登り方は自由でいい。そう考えているので、教員の個も最大限に尊重するようにしています。実際、本当にいろんな価値観や考え方の教員がいて、生徒からすると、同じことを聞いても先生によって答えが違って困惑する...ということもあるかもしれません。でも、実際の社会はそうですよね。いろんな人がいて、一つの問いに対する答えはさまざまですし、ものの見方や感じ方だって千差万別です。

個を尊重するというのは、言うは易しですが、実際は大変なことです。生徒同士にせよ教員同士にせよ、ぶつかることがたくさんあります。そのたびに話し合い、みんなが納得できる解決策を見出していかなければならないのですから、かなりのコミュニケーションコストがかかります。でも、この姿こそが多様な価値観の人がいる社会のリアルです。生徒中心であり、かつ、社会のリアルと共に歩む学校というのが、本校の目指す姿なのです」

開校して6年目を迎える今年度、初めて6学年がそろった。STEAM棟も完成し、学校としても完成形を迎えたように見える。しかし、安居校長は、「完成形はない。これからもどんどん変わっていく」と言う。

2_bus_156_09.JPG
「常により良い方向に変わっていく学校でありたいと思っています。まずはやってみる。やってみて課題が見えてきたら、改良する。本校ではこれを大事にしてきました。ですから、今年度やっていることを来年度もやっているとは限りませんし、年度途中で軌道修正することもあります。『生徒の学びにとって最適か、必要か』という判断軸さえブレなければ、どんなことだってできる可能性があります。学校という枠にとらわれず、今後もどんどん挑戦を続けていきたいと思います」



安居 長敏(Yasui Nagatoshi)

ドルトン東京学園中等部・高等部校長。1959年生まれ、滋賀県出身。理科・数学科の教員としてキャリアをスタート。関西の私立中高一貫校で学校改革に取り組んだのち、教員を辞め、滋賀県にてコミュニティFM局の立ち上げに携わる。その後、周囲に請われて学校現場に復職。沖縄アミークスインターナショナル小学校・中学校長、学校法人アミークス国際学園・学園長等を経て、ドルトン東京学園中等部・高等部の参事(副校長補佐)となる。2022年7月より現職。

文/笹原風花 撮影/高永三津子