仕事のプロ

2018.01.29

起業家メソッドを学習できる「エフェクチュエーション」とは?〈前編〉

社内イノベーターも必見!世界的な広がりを見せる新理論

今、アントレプレナーシップ研究において注目されているのが、「エフェクチュエーション」という起業家の思考様式だ。日本では耳慣れない言葉だが、現在、世界で350を超える大学がテキストに採用し、経営学のトップジャーナルや学会で多く議論されているテーマなのだ。企業内で働くビジネスパーソンであっても、新規事業開発を検討するなどイノベーティブなアイデアが求められる際に、優れた起業家が用いる理論が役に立つはず。そこで、この理論を体系付けた学術書『エフェクチュエーション―市場創造の実効理論』(サラス・サラシバシー著/碩学舎)の訳者の1人である立命館大学経営学部の吉田満梨准教授にお話を伺った。

エフェクチュエーションの根幹を成す、
4つの原則と1つの世界観

【原則①「手中の鳥(Bird in Hand)」の原則】
新しい方法を発見するのではなく、手持ちの手段で何か新しいものをつくる

「機会は『発見』するものではなく、自らの手で『創出』するもの。今、自分が持っている既存の"資源"(能力、専門性、人脈など)に基づいて動き出そうというのが、エフェクチュエーションの考え方です。新たに何かを学習するのでなく、自分が無理なく利用できるものを使うことから始めます。優れた起業家は、単なる可能性に過ぎなかったものからでもビジネスチャンスを生み出すことができるのです」

「例えば、料理好きの営業マンがいたとします。年の瀬の忙しい時期に得意先の挨拶回りはスケジュール調整も大変。そこで、自分が得意な手料理を振る舞うイベントを催し、お得意先を招待することにした。そうすれば、挨拶回りする手間も省けるし、お得意先も喜んでくれる。この事例は、まさにエフェクチュエーション的な考え方です。大半の人は『料理が好きなんてよくあること』と考えますよね。"資源"と思わない人がほとんどですから利用することもない。ですが、そんな些細なものまで利用し、小さなことでも手段の1つと考えて行動する。これが大事なのです」

ビジネスでいえば、スウェーデン北部のユッカスヤルビにあるアイスホテルも『「手中の鳥」の原則』のいい事例だ。極寒の田舎町だが、荒野を流れるトルネ川の氷を"建材"に、毎年、冬になると氷のホテルが建てられ、その美しさから世界中のメディアや富裕層がこぞって訪れるようになった。

目的ありきでなく、手持ちの資源を生かした例としてわかりやすいだろう。さらに、スウェーデンのウォッカ酒造会社・アブソルートと手を組んで世界中に建物全体が氷でできたアイスバーを展開したり、氷を輸出するビジネスに発展したり、パートナーとともに拡がりをみせている。


【原則②「許容可能な損失(Affordable Loss)」の原則】
どこまで損失を許容する気があるか、あらかじめコミットする

「優れた起業家は、コストは最小限に抑え、仮に失敗しても致命傷を負わない程度にとどめるように動きます」
これはビジネスでは当たり前のように感じるが、優れた起業家は何が違うのだろうか。

「リスクを小さくすればリターンも小さくなるため、多くの人はどうしてもリターンが大きいほうに魅力を感じ、最初の一歩を大きくしがちなのです。ところが、優れた起業家は違います。ほんの小さなことから始めます。リスクが小さければ"致命傷"を負うこともない。失敗を怖れることなく、すぐに次の行動を起こすことができます。そもそも彼らは1回で成功するとは思っていません。小さな失敗を学習経験に変換することで、次のプロセスへと進んでいくのです」


【原則③「クレイジーキルト(Crazy-Quilt)」の原則】
コミットする意思を持つすべての関与者と交渉していく

通常のマーケティング戦略の場合、自社と顧客と競合を分けて考える。例えば、街にインド料理店を出店しようとするとき、すでにある街の人気インド料理店との差別化をどうはかるか? と真っ先に考えるのが一般的だ。

しかし、「エフェクチュエーション的な考え方だと、『その人気店もパートナーとして活用できないか?』と考えるのです。例えば、テイクアウトだけはうちでできないか、と持ち掛ける。優れた起業家は顧客も競合もパートナーと見なすのです。あるものを売りたいとなったときに『ここを変えてくれたら欲しい』とフィードバックしてくれる人もパートナー、『私はいらないけど、欲しい人を知っている』と営業を補完してくれる人もパートナー。自分に関与する人たちをパートナーとして掛け合わせ、拡げていくことができるのが彼らの特徴です」

クレイジーキルトとは、もともと不定形の布をパズルのように縫いつけた布(キルト)のこと。キルトのように、周囲を取り巻く様々な関係者と協力しながらパートナーシップをつくり上げていくのだ。

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吉田 満梨(Yoshida Mari)

神戸大学大学院経営学研究科 准教授。専門はマーケティング。「非予測的コントロール」に基づく思考様式(エフェクチュエーション)に関する理論的・経験的研究を行っている。著書に、『マーケティング・リフレーミング』(有斐閣)、『デジタル・ワークシフト』(産学社)、訳書に『エフェクチュエーション:市場創造の実効理論』(碩学舎)。

文/若尾礼子 撮影/出合浩介