レポート
2019.03.13
日経ニューオフィス賞受賞企業から学ぶ「経営戦略」としてのオフィス移転最前線 vol.3
第5回働き方大学
「本社移転プロジェクト_プロジェクトリーダー」編 セミナーレポート
2018年3月に移転した新本社が、「日経ニューオフィス賞(※1)」を受賞した新日鉄興和不動産。vol.1「オフィス構築プロセス」編とvol.2「オフィスの仕掛け」編につづき、今回は「プロジェクトリーダー」編として、鶴田氏にプロジェクトの過程での気づきや行動について伺った。
※1:日本経済新聞社と一般社団法人ニューオフィス推進協会(NOPA)が、「ニューオフィス」づくりの普及・促進を図ることを目的とし、創意と工夫をこらしたオフィスを表彰する制度
経営層の全面的な協力が不可欠
新日鉄興和不動産株式会社 総務部 部長 鶴田悟氏(写真右)
コクヨ株式会社 ワークスタイルイノベーション部 部長 鈴木賢一氏(写真左)
―今回のオフィス移転は、誰が決めたのですか?
鶴田氏:オフィス移転の是非については、実は社内でも意見が分かれましたが、経営会議で議論のうえ、最終的には社長が決定を下しました。
―移転した本社は、やはり投資として力を入れたかったということでしょうか?
鶴田氏:そうですね。オフィス移転の目的はさまざまだと思いますが、当社を含め、移転を契機として働き方改革を進めようとする企業は多いと思います。しかし、一方でその投資効果は定量的に測れるものではないため、何をどこまで行うか、迷われるケースもあるかと。そういう意味では、当社も、社長直轄のプロジェクトでなければ、思い切った投資ができず、結果として十分な成果をあげることは難しかったかもしれません。
―社長による意思決定の場合、他の役員や社員を巻き込む工夫は必要でしたか?
鶴田氏:全社プロジェクトですので、当然、社内のコンセンサスを醸成することは極めて重要です。しかし一方で、実際にこういったプロジェクトに携わった経験のある方であればご理解頂けると思いますが、新しいことを実施しようとするときには必ず反対意見が出ます。当社の場合も、今回の本社移転では、まず設備面では、①部署の壁を壊す(当社では、企画・管理部門を含め、部署の壁を一切設けていない)、②デスクパーティションを撤廃する、③内部階段を設置する、④社員食堂を兼ねた多目的スペースをオフィスの中央に設置するといった施策。運用面では、①フリーアドレスを導入する、②社内ミーティングをオープンな場所で行う、③紙の文書を7割削減する、④会議や稟議決裁をペーパレスで行う、⑤デスクトップPCを廃止しモバイルPCに統一する、⑥固定電話を廃止しスマートフォンに統一する、⑦ノンコア業務を集中処理する社内BPOを新設するといった多くの施策を実施しましたが、いずれもかなり大胆な施策でしたので、その一つひとつに対し、多くの賛同してくれる人がいた一方、強硬に反対する人もいました。そういった局面では、もちろん反対意見に謙虚に耳を傾けることも大切なのですが、事務局としては、プロジェクトを期限までに完遂させる責務がありますので、いつまでも反対意見に引きずられている訳にはいきません。いずれ、意見が平行線のままでも、推し進めざるをえないタイミングが訪れます。そうしたときに極めて重要なのは、経営陣のサポートです。幸い、当社の場合、移転決定後は、経営陣が一枚岩になって事務局を支援してくれました。もしそれがなければ、新しい本社はきっと、旧態依然の、魅力に乏しい、平凡なオフィスになっていたでしょう。一方、経営陣の支援をとりつけるためには、外部のコンサルティング会社や設計会社任せにせず、事務局自身がしっかり勉強する必要があります。私も移転前に30社近くのオフィスを見学し、働き方改革やオフィスづくりに関する文献に手当たり次第目を通しました。コクヨさんのようなコンサルティング会社の方にも積極的に指導を仰いで、とにかくオフィスの設計・運用については自分が第一人者だという自負を持って、社内の人たちを説得しました。結果として、移転から半年経った今、反対していた人たちも、その多くが、「働きやすい良いオフィスになった」と言ってくれるようになり、あきらめず初心を貫いてよかったと思っています。
―そういう反対意見というのは、何から生まれるものでしょうか?
鶴田氏:変化に対する恐怖心、それと、変化を強いられることに対する反発心だと思います。反対する人は、「今うまくいっているのになぜ変えなければいけないのか」と言います。正直なところ、そうした人たちに「変える意義」を納得してもらうことは難しい場合もあります。ただし、今回のプロジェクトでは、そうした反対意見にも努めて耳を傾けるようにしました200件近くにのぼったそうした意見や要望はすべてオープンにし、Q&A形式で事務局としての考え方を記載したうえで社内掲示板に掲示しました。
働き方改革もオフィス施策も、
やりながら変えていく
―移転後、社員に変化は見られましたか?
鶴田氏:移転と同時に先ほどご紹介した数々の思い切った施策を実行しましたので、当然ながら、社員の働き方は一変しました。社員全員が、モバイルPCとスマートフォンを持ってどこでも仕事ができるようになり、ペーパレスワークやオープンミーティングも当たり前になっています。現場の7割が自らの意思でフリーアドレスを選択し、移転から半年が経った今、固定席に戻したいという声は一切あがっていません。
―いま振り返ってみて、やって良かった施策はありましたか?
鶴田:移転プロジェクトでは、新本社の設計や運用に関する社内のコンセンサスを醸成するとともに、移転に関わる様々な重要事項を社内に周知するため、本社移転委員会という組織をつくって、移転の8ヶ月前くらいからほぼ毎週、各事業本部の企画担当の部長に集まってもらって会議を実施しました。全員忙しいメンバーなので、毎週火曜日の経営会議後のランチタイムに総務部がランチを提供し、食事をとりながら会議を進めるという工夫をしてみました。この会議体は移転後も、本社運営委員会と名称を変え、不定期ですが継続して実施しています。移転後に気づいた課題の洗い出しや現場の声の吸い上げ、対応策を議論しています。
プロジェクトは「人」で決まる
―社外の人もうまく巻き込んで、移転プロジェクトを運営されていたことが印象的でした。
鶴田氏:今回のプロジェクトでは、オフィスの設計をお願いしたコクヨさんをはじめ社外のパートナーの皆さんに本当に助けて頂きました。そういった中で、私もどっぷりプロジェクトに浸かり、2年弱という短い期間でしたが、濃密な仕事をさせていただきました。引越し作業が終わった夜、あるパートナーの一人が「ああ、終わってしまいましたね」とつぶやいたんです。大変な作業でしたが、終わってみると、名残惜しいというか、もっとこの人たちと一緒に仕事をしたい、私にもそういう実感があって、グッときましたね。社外のパートナーの方々とこんなに濃い関係を築けるとは思っていなかったので、そういう意味でもいい機会を与えていただいたと感謝しています。
―外部の専門家を上手にアサインするのも一つの手ですね。
鶴田氏:コンサルティング会社の利用の是非、そしてその選定は、みなさん悩まれるところだと思います。当社の場合、働き方改革については、その分野・ステージに応じて、コクヨさんを含め数社にお世話になりましたが、正直、非常にうまくいったケースと、残念ながら十分な成果を挙げることができなかったケースがあります。うまくいかなかったケースは、相手だけでなく、当方の受入体制にも問題があったかもしれません。プロジェクトの成否にも影響しますので、どういった会社をどのタイミングでアサインするかは、慎重に検討する必要があります。委託先の選定に当たっては、会社としての実績や力量もさることながら、やはり最後は「人」が重要です。こうした新しいプロジェクトでは、理屈通りに事は進みませんので、壁にぶちあたったとき、一緒に悩み、自分ごととして、解決に向けて取り組んでくれる相手かどうか、そこも重要なポイントだと思います。
―日経ニューオフィス賞受賞後、反響はありましたか?また、いつから賞を意識されていましたか?
鶴田氏:日経ニューオフィス賞受賞の反響は、思っていたよりもはるかに大きいものでした。移転後、弊社に見学にお見えになられた企業様は、延べ2,000社、5,000人を超えています。(2018年12月時点)オフィス移転や働き方改革を計画されていらっしゃる企業様が、一日平均10社訪れている計算ですので、オフィス営業を生業としているデベロッパーとしては、こんなありがたいことはありません。一方、移転前、日経ニューオフィス賞については、そうした賞があるということだけは聞いていましたが、プロジェクト期間中は作業に追われ、エントリーのことを考える余裕はありませんでした。詳しい内容について知ったのは、移転後にコクヨさんから教えていただいてから。応募締め切りのぎりぎりのタイミングでエントリーし、そこからようやく準備を始めた、というのが実態です。余裕を持ってきちんと準備されていた他社の方のお話を伺うと、移転前のオフィスの写真をたくさん撮られていて、オフィス移転のプレゼン資料にも、移転前と移転後でここがこう変わりました、ということがわかるBefore→Afterをしっかり載せていらっしゃる。当社も移転前の写真をもっと撮っておくべきだったと反省しています。