レポート

2019.05.27

世界の成長企業から学ぶ! イノベーションオフィスのヒント vol.2

第7回働き方大学
「人財の多様性を高める」編 セミナーレポート

世界の成長企業の実践・実例を通して、イノベーションにつながる働き方やオフィスのポイントを紹介するセミナー「世界の成長企業から学ぶ! イノベーションオフィスのヒント」の様子をレポート。前回のvol.1では、社内知の衝突のための「部門を超えた交わり方」について紹介。今回は、社内知の衝突の観点でも「人財の多様性を高める」方法について、人財の採用から活躍できる仕掛けづくりのポイントを紐解きます。講師は、国内外の働き方のトレンドや働く環境の研究、リサーチに携わるなかで様々な成功事例に触れてきた、コクヨ株式会社 ワークスタイル研究所の研究員・田中康寛氏。

人財の多様性を高める


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特に人事の方とお話をすると、「(自社の既存人財)っぽくない人財」も採用したいとお聞きすることが増えたように思います。ところが、「そういった人財が採用募集に来てくれない」「採用できたとしても、会社に合わず辞めてしまう」というケースがあることも聞きます。

こういった課題を解決する「働き方」や「オフィスづくり」のポイントとして次の2つが挙げられます。

[出会い方](人財それぞれの)価値観に合った活動ができる
「(自社の既存人財)っぽくない人財」と接点をもてても、既存の文化や価値観を押しつけそうな会社だと感じれば、そこでは働きたくないと思い、採用試験を受けに来ないでしょう。そこで、採用したい人財の価値観や考え方を尊重した環境をつくることが、ポイントに挙げられます。

[深め方]会社や同僚とつながりを感じられる
新たに採用された「(自社の既存人財)っぽくない人財」が社内の既存人財と異なる点は、社内に仲間がほぼいない状態ということです。この点を考慮すると、仲間として迎え入れられ、自分の役割を見出せることがポイントとなります。

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[出会い方]価値観に合った活動ができる

2000年以降に社会人になった「ミレニアル世代」が、2025年ごろには日本の労働人口の約50%を占めるといわれ、これから組織の中核を担っていく重要な世代となります。

一方、ミレニアル世代の価値観はこれまでの世代と異なるといわれていますが、採用の観点からもこの世代が何に心地よさを感じるかを把握して働き方を設計することは重要といえます。「働く」に関するミレニアル世代の特徴として、私生活も含めて「楽しみたい」という意識が高かったり、「柔軟で健康に働けること」を重視するといったことが挙げられます(出典:デロイトトーマツ「2018年ミレニアル年次調査」)。ここでは、こういった特徴を捉えて働き方やオフィスを設計している企業の取り組みをご紹介します。

■健やかさ:有機的な環境だから心身ともに健康に働ける
優秀な人財を採用するため、働き方に「健やかさ」を取り入れた事例として、ロンドンの衛星放送を配信する企業「Sky(スカイ)」をご紹介します。近年、映像コンテンツもNetflixやYouTubeなどテクノロジーと掛け合わせて、各視聴者の特性に適したコンテンツを制作・配信をする企業が台頭してきました。そこでSkyもテクノロジーに明るい若い人財を獲得するため、長時間ガツガツ働くワークスタイルから健康的なワークスタイルにシフトしました。

その施策の1つとして、オフィスも非常に「有機的」なデザインになっています。天井からは自然光が降り注ぎ、数万株の植栽でオフィスを可能な限り「自然」に近づけています。健康的に働けるということを、オフィスでも表現しているのです。

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■権限委譲:自由と信頼で社員の個性を引き出す
そしてもう一つ、社員を信頼して、どのように働くかの権限を委ねる「権限委譲」も、ミレニアル世代の価値観を支える要素となり得ます。ここでは、働き方の権限委譲の方法を2種類ご紹介したいと思います。

1つは、働く「場所」と「時間」を権限委譲するものです。これは、ABWと同義ですが、ここでは広義のABW(=街のワークスペースも活用して、オフィスも働く場所の選択肢の1つとなるような働き方)を実践している企業をご紹介します。

カナダにある「Telus(テラス)」という大手通信企業は、柔軟な働き方にシフトする一環で、広義のABWを採用しました。オフィスの執務席は社員の約半数しかなく、社外で働くことを促しています。くわえて、社外でも働きやすいように、ICTツールを活用し、オフィス外でのコミュニケーションや個人作業を支援しています。こういった働く場所と時間の権限委譲を推進したこともあり、従業員満足度が世界一となり、さらに株価も上昇を続けています。優秀な人財が集まりやすくなったのはいうまでもありません。

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ABWの本質は適した働き方を各人が「選べる」ことなので、オフィスから出て働くことが正解だと強要することは逆に自由度を奪いかねません。クラウドファンディングを運営する「Kickstarter(キックスターター)」では、社員それぞれが自分に適した働き方を考え、それに適した環境を選択できるようになっています。例えば、自席を中心に働いたほうが集中できるのであれば自席やデスクトップが与えられますし、オフィス外を中心に働きたいのであればモバイルツールなどが与えられます。

つまり大事なことは、ABWを通じて、働き方は会社から与えられるものという社員の意識を、自分自身で探求して設計するものという意識に少しずつ変え、働くことを自分ごとにすることなのです。

もう一つの権限委譲は、「仕事内容」を社員に委ねるものです。例えば、ゲーム会社の「Wooga(ウーガ)」では、チームごとに予算をつけ、何をつくるか、どう進めるかは自由というスタイルをとっています。組織が大きくなり決裁ステージが上がるごとにアイデアが丸くなるのを避けるため、現場の"トガッタ"アイデアをそのまま世に出すことを目的にこのような取り組みを行っています。しかしながら、仕事を丸投げするのでなく、チーム間でプロトタイプをフィードバックする仕組みもつくり、質を担保していることも面白い点です。



[深め方]会社や同僚とつながりを感じられる

■居場所:なじみの人が集まる場に帰ってこられる
今後ABWのような柔軟な働き方が広がると、「明日から自由に働いていいよ」といきなり言われても、とくに入社したばかりの人は困ってしまいますよね。今までこの組織にいなかったのに、どうやって働いたらいいか、何を目標とすべきか見当がつきにくいです。そんなときに、自分と似た仕事をしている人が近くにいたり、相談できたりすると安心ですよね。SkyではABWを実践しつつ、近い職種の人が集まるエリアをオフィスに設けることで、こういった不安や孤独感を減らそうとしています。

■学びあい:ナレッジを共有して助け合う
たとえ働いてきたバックグラウンドが違っても、各人がもっているスキルや経験を学びあうことを通じて、互いに深く知り合えることもあります。

この観点で、特定のスキルに関する勉強会を開いて、横のつながりを強めようとする企業は増えてきましたが、別の視点として「Seats2meet.com(シーツトゥーミート)」というコワーキングスペースのメソッドが参考になります。

このコワーキングスペースは、「お金」でメンバー契約するのではなく、「信用・信頼」で契約する点が特徴的です。どういうことかというと、「ナレッジ(知識・知見)」を利用者に公開し、誰かから相談があったらナレッジを活かして支援すると、利用料が無料になるというシステムなのです。これを参考にすると、企業でもナレッジの公開をきっかけに、学びあいや信用の輪が広がりやすくなる可能性もあると考えられます。

■カルチャーの表現:どのような組織/社員であるべきか示す
一言でいうと、ヴィジョンやミッション、バリューを明確に定め、それに適した働き方を設計しましょうという視点です。例えば、「Zappos(ザッポス)」は10項目のコアバリューを明確に示して、強い企業文化をつくりあげた最たる例です。採用の際にも文化に合う人財だけを入社させるなど徹底されています。また、自分の人となりがわかる趣味や関心をデスクに飾ってオープンな人間関係をつくりあげるなど、オフィスもうまく活用してコアバリューを体現しています。

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文化や企業の存在意義が明確になっていることは、働くことの意義を大切にする傾向にあるミレニアル世代を惹きつける要素になるでしょう。

一方、企業が発信するミッションやバリューに対して、それを支える働く環境が適切に用意されていることも重要です。例えば、社外との協働を増やしましょうと経営が発信しているのに、オフィスに社外と交流できるスペースがなかったり、来客用のWi-Fiがなかったりすれば疑念を抱きますよね。

これまでは社外に見えにくかったそういった社内の現実や社員の感情も、現代ではSNSやクチコミサイトなどを通じて社外に筒抜けになるので、経営の意思に合った環境を整えることの重要性は増しているといえます。

逆にこの状況をうまく活用することで、自社のカルチャーや働き方の魅力を適切に発信することもできます。Zapposでは、オフィス環境や社内イベントなどをインスタグラムで発信し、そのカルチャーを社外に伝えています。このような取り組みは、企業での働き方を具体的にイメージできるので、結果的に適切な人財を採用するのにも役立つといえるでしょう。

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次回は最終回のvol.3。社外知との衝突における「異文化とつながる」の視点をご紹介します。

田中 康寛(Tanaka Yasuhiro)

コクヨ株式会社 ワークスタイル研究所 / ワークスタイルコンサルタント
2013年コクヨ株式会社入社。オフィス家具の商品企画・マーケティングを担当した後、2016年より働き方の研究・コンサルティング活動に従事。国内外のワークスタイルリサーチ、働く人の価値観調査などに携わっている。

文/株式会社ゼロ・プランニング 写真/新見和美