レポート

2019.07.01

オープンイノベーション2.0 vol.1

第8回働き方大学
「VUCA時代にグローバル企業が挑む価値共創の場づくりとは」セミナーレポート

未来のお客さまや社会に支持される企業であり続けるために、オープンイノベーションは重要な経営戦略の一つである。社会の変化を取り込み、危機感を感じながら、新たなビジネスモデルの創出に挑戦しているグローバル企業2社(株式会社資生堂・富士フイルム株式会社)が登壇。VUCA時代におけるR&D戦略や組織のリフレーミング、場の役割についてイノベーターリーダーたちが熱く語る。今回は、2019年5月30日に虎ノ門ヒルズで開催された「VUCA時代にグローバル企業が挑む価値共創の場づくりとは」のセミナーの様子をレポートする。

〜イントロダクション〜
オープンイノベーションの形は三"社"三様

株式会社資生堂、富士フイルム株式会社の2社を迎えるにあたり、今回、モデレーターを務めるのは、コクヨ株式会社 ワークスタイル研究所の齋藤敦子氏。

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「私が所属する一般社団法人Future Center Alliance Japanでは、オープンイノベーションを試行している企業、国、行政など、80組織ぐらいが集まってオープンイノベーションのアライアンスを組んでいます。オープンイノベーションの形は一つではありません。今日は、イノベーションの先端を走っていらっしゃる富士フイルムの小島さんと、みなとみらいに新しいイノベーションの場をつくり話題になっている資生堂の荒木さんをお招きし、2社の"違い"や"共通項"を発見していただければと思います」と思いを述べ、講演がスタートした。



富士フイルム第二の創業と
オープンイノベーション

富士フイルムは1934年に創業。1976年に「フジカラーF400」(感度が非常に高く画期的なフィルム)を発売して以降、すべてプラスチックでできたレンズ付きフィルム「写ルンです」や、世界初の量産型デジタルカメラなど、自前の技術だけで数々の"イノベーション"を興してきた。ところが、カメラ機能付き携帯電話やデジタルカメラの普及を一因とした写真業界の衰退とともに、会社は存続の危機に。彼らの目指したその先は――。

【富士フイルム株式会社 小島健嗣氏 講演概要】
"超"自前主義だったというビジネスから、「自分たちの強みである技術とお客さまがもっている問題課題を掛け合わせることによって新しい道が見つかるのでは」と、イノベーションを定義することから始まる。いわゆるコラボレーティブなイノベーションだ。そこでまずめざしたのは、社員一人ひとりがお互いに何をやっているのか知り合うということだった。その後、2014年にはもっとアンテナを広げることを目的に、「顧客の声から潜在ニーズを問うためにどうしたらいいか、社会課題と自分たちの研究テーマをつなげる、そんなオープンイノベーションの場がほしい」とボトムアップの意見で「Open Innovation Hub」を開設。小島氏は現在、館長を務めている。

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さらに、2018年10月、AIの開発拠点「Brain(s)」を世界的シェアオフィス「WeWork」にオープンする(東京・丸の内)。自社の人材と、最先端のマーケッターやスタートアップ、理化学研究所のAI研究者など、外部の人たちと常に接触をする場をつくり、新しいビジネスを生み出そうという試みだ。

一番大事なのは、『異質と交流する』『今までの既成概念にとらわれない価値観に出会うこと』です。それは、良い悪いは関係なく、出会った多様な価値観を受け入れる=リスペクトしあうということ。そこで「未来を創ろう」ということで、いかに周囲にエンパシー(共感)を生むか、仲間を増やせるかということが実現への一番の近道である」と熱く訴えた。新しい価値を生み出すために、「やるべきこと=社会課題」「やれること=自社のアセット」「やりたいこと=社員の思い」、この3つのバランスをもう一度、見直してほしい。



化粧品会社からBeauty Companyへ
~研究開発の再定義~

資生堂は1872年に日本で初めての洋風な調剤薬局として銀座に創業。現在では売上げのほとんどが化粧品だ。高級ラインのプレステージから、アジアのコスメティクスやパーソナルケアなどの中価格帯、ドラッグストアなどで購入できる低価格帯と、アジアを中心に世界中に多彩なブランドを展開している。

【株式会社資生堂 荒木秀文氏 講演概要】
直近の業績として2018年度は、売上で1兆948億円、営業利益率は10%ほど。今勢いがあるのはインバウントの影響によるトラベルリテイルであるとのこと。一見、順調に見えるが、"TO BE THE BEST INNOVATIVE BEAUTY COMPANY"のポリシーのもと、現在も変革の最中にあるという。実は2014年ごろから、かつては25%程度あった国内シェアが下がり続けており、かなり厳しい状況に陥った。原価率の低さや、機能価値の差別化の難しさ、時代が変わって販売チャネルが獲得しやすくなったことなどから、化粧品製造販売業の新規参入が激増したことが要因の一つであると分析し、自前主義の難しさを実感したという。

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そこで始まった変革では、まず経営陣を刷新。女性や外国籍、他社でキャリアをもった人の割合が増えた。同年に就任した魚谷雅彦社長も、まさに外部出身者である。さらに2018年10月からは英語が社内公用語になりグローバル化も進んでいる。そして、当時の売り上げ7,500億円から、1兆円を目指すためのヴィジョンづくりも進めた。

近年では、「日本の化粧品会社ではなくグローバルなビューティーカンパニーになろう」をテーマに、化粧品だけでなく美容機器、ヘルスケア、毛髪の再生医療など、あらゆる手段で美しさを追求する研究開発をスタートしている。

2019年4月には、研究所「S/PARK」をみなとみらいにオープン。変革を象徴する大きなアクションとなった。中でも、「ビューティーカンパニーの研究員たるもの、ファッションやトレンドを肌で感じながら研究しなければ、お客さまのビューティーソリューションはつくれないだろう」ということや、多様な知の融合を実現できる場所であることが、みなとみらいを選んだ最も大きな理由だそうだ。実際、みなとみらい21地区は文化や知の交差点として現在もめまぐるしく変わり続けている。

なおS/PARKは一部、一般向けにも開放していて、ビューティープログラムやカウンセリングを体験できたり、カフェ、ヨガスタジオなども併設しており、研究員自身もお客さまと直接触れあえるところがポイントになっている。

最後に荒木氏は、「グローバルビューティーカンパニーになることを目的に、ビューティーイノベーションを成し遂げるためには、自前だけではできなくなってきていることを伝えたかった」と結んだ。



〜ダイアログ〜
三者鼎談

2社の講演を終え、齋藤氏の質問に小島氏、荒木氏が答えるダイアログ。

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齋藤氏:現在の成功の背景に、どんな課題があり、どうやって乗り越えたのでしょうか?

小島氏:まだまだ成功しているとは言えませんが、トップがメッセージをしっかり出すことと、それに対応して個人個人がやりぬこうとマインドリセットしたことが一番大きかったんじゃないかと思います。新しいことに前向きじゃない人にも成功事例を見せて理解してもらうことで、共感してくれる人を増やせます。それが前進に繋がるんですね。

齋藤氏:一般的な課題としてよく「ノベーション人材の欠如」が挙げられますが、その点はいかがですか?

荒木氏:外部から人を採ってくればいいという話になりがちですが、それだけで解決しないと思っています。たとえば、今いる1000人の優秀な研究員の力と、組織への帰属意識の高さや集団で何かやることの協力体制の組みやすさを利用した、いわゆる「日本型のイノベーションの仕組み」をつくれないか、今ちょうど考えているところです。

齋藤氏:では、どんな場(目的、行程、変化)だと、共創やイノベーションが興りやすいでしょうか?

荒木氏:とにかく社外の方には「資生堂と何かやってみたいな」と思ってもらうことが大事なので、オープンであるというところですね。あと社内の研究員に対しては、チャレンジするために心理的な安全性というか、失敗してもいいよという、「結果を問う」より「行動を評価する」ことでしょうか。それから、具現化できるかどうかではなくて、アイデアの面白さとか本人が情熱をもっているかどうかというところを問うようにしています。



オープンクエスチョン&クイックソーシャライズ

オープンクエスチョンでは、会場の参加者から様々な質問が寄せられた。その一つを紹介する。

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Q.新しい挑戦への社内の抵抗勢力に、どう対応して変革を成し遂げたのでしょうか?


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小島氏:気持ちはわかりますが、抵抗勢力という言葉はよくないと思います。新しいことを否定する人たちは一定数います。否定する理由のひとつは、「お客さまもいて、自分たちのやり方で稼いでいるのに、なぜ変えなくちゃいけないのか」ということ。

多くの大企業は主力事業がまだ安定していて、それなりの利益率もあって、金融機関や大手企業が潰れるわけがないと思っていた時代を過ごしていた40代50代には、このまま新しいことはやらずに逃げ切りたいという人もいる。でもそういう人たちを抵抗勢力とみなすのではなく、「(新しいことへのシフトに)共感できない人」と呼んでいます。でも、共感を増やすことは、変革を成功へ導く必須条件。今は環境変化の激しい事業に対して、新しいビジネスで変化しなければ!と思っている人をしっかりと巻き込んでいく、そして"消極的だが思いはある"という人も巻き込んでいくことが大切です。

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荒木氏:変化に後ろ向きな人たちをどうこうしようというよりも、前向きな人はチャンスが与えられるカルチャーを目指しています。仮に若くてキャリアがなかったとしても、情熱があって「やりたい!」と言ってくれる人に、どんどんチャンスをあげています。抵抗勢力の人たちがいるとして、一人ひとりに説得している時間はありませんので、やろうという人たちで結果を出して、そっちが正解だって示していくしかないと思っています。

(まとめ)
両社とも日本が誇る技術力をもった大企業だが、思わぬ"存続の危機"に直面したことが、オープンイノベーションに踏み出す理由の一つになっている。「時代の変化」を前向きにとらえた様々な取り組みは、非常に参考になったのではないだろうか。冒頭の齋藤氏のアテンションの通り、アプローチやプロセス、目標は、異なるところもあれば共通点も多かった。ちなみに、今回の2社は"オープン"イノベーションを選択したわけだが、他社の成功例をそのまま当て込んでもうまくいかないのが、イノベーションの難しさと醍醐味。少し時間はかかるかもしれないが、三"社"三様の方法で楽しみながら探っていただきたい。

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小島 健嗣(Kojima Kenji)

1986年にプロダクトデザイナーとして富士写真フイルム株式会社(現・富士フィルム株式会社)に入社。構造改革や事業改革に携わった後に、社内外の共創のための場「Open Innovation Hub」を2014年に立ち上げ、館長として運営を担う。2021年に退職後、2022年にdesign MeME(デザイン ミーム)合同会社を設立し、デザイン思考に基づく企業支援や講演などで活躍中。

文/株式会社ゼロ・プランニング 写真/新見和美