レポート
「進化思考」×「スローイノベーション」
正解のない時代の社会課題解決
生物の進化の構造に創造性の法則を見出す「進化思考」。その学びの場としてオンラインスクール「進化の学校」がある。今回は京都のオーバーツーリズム問題に取り組む野村恭彦氏をゲストに迎え、「進化思考」を使って観光の進化を考えたセッションの様子をレポートする。
パネリスト
■太刀川英輔氏(NOSIGNER 代表・デザインストラテジスト)
司会・進行
■山田崇氏(塩原市役所企画政策部官民連携推進課)
進化における変異と適応の観点で 創造性のプロセスを紐解く
「進化の学校」は、週1回オンラインで学び合う3か月限定の学校。その学長を務めるのが太刀川氏。「進化思考」をもとに、何をしたいか? 社会にどう実装していくか?をさまざまな分野で活躍するゲストと太刀川氏とで語り合う。 今回のゲストである野村恭彦氏は、大手企業などでフューチャーセンターの設立・運営などに携わったのち、社会をクロスセクターで変えていくことをめざして起業。「イノベーションはどのように起きるのか」をテーマに、『渋谷をつなげる30人』プロジェクトなどに携わってきた。2019年には、「地域から日本を変える」というコンセプトで、Slow Inno-vation(株)を設立。拠点を京都に移し、「つながりをつくってホリスティックに世の中を変える(=スローイノベーション)」ことをめざして活動している。 トークは3名それぞれから見た「進化思考」についてから始まった。 太刀川:「創造性はどう生まれるのかを長く探究していて、結局辿り着いたのが、『自然界の生物の進化と同じ構造だ』ということでした。生物は、変異と適応を繰り返して進化する。同じように、創造というプロセスもまた変異と適応の視点で捉えることができるんです。社会を持続可能にするには無数に課題がありますから、特定の人だけではなくみんなで時代の創造性を高めたい、そこで進化思考をあらゆる領域で応用・実装していきたいと考え、体系化してワークショップや書籍としてまとめることにしました」 「書籍の出版元である『海士(あま)の風』は、島根県の海士町という人口約2,300人の離島にあるんです。その出版社の記念すべき最初の一冊が進化思考です。まだ存在していない小さな出版社から、共感の力、つながりの力で大きく広げていく...という挑戦を、一緒にしています」 山田:「野村さんは『進化思考』のプレ版を手にされていますが、いかがですか?」 野村:「進化論は概念的には知っていましたが、進化とはこれほどまでに美しいものなんだと感動しました。イノベーションが起こることをめざして、ブレストで意見やアイデアを出して発散して、それをまとめて収束させて...ということをしてきましたが、自分がやっていたあのプロセスはこの変異なんだ、この適応なんだと、あてはめて考えるとおもしろくて。自分たちは進化の一端を担っていたに過ぎないという気づきもあり、『なんだ、この神の視点は!』、と衝撃を受けましたね」 山田:「これまでうまく言語化できていなかったこと、意図がうまく説明ができなかったことを、『進化において必要なプロセスだ』と言い切っていただいたことで、これでいいんだと思えました。変異だけではいけなくて、適応と行き来することが大事なんだということも、すごく腹落ちしました」
9つの変異と4つ適応に照らして アイデアを発散・収束させる
続いて、太刀川氏が「進化思考」とはどのような主張であり手法であるのかについて、概要を改めて解説した。 太刀川:「生物の進化においては、長い時間をかけて2つのことが繰り返し起きています。ひとつは、卵から少しずつ違うものが生まれてくる仕組み。DNAのコピー時に起こるエラー、変異です。変異のパターンは、私が見つけた限り9パターンあります。まだあるかもしれません。そして、新しい何かを創造したいときに、この9パターンに照らし合わせると、アイデアがどんどん出てくるんです」
【変異の9パターン】
- 1. 変量:極端な量を想像してみる
- 2. 欠失:標準装備を減らしてみる
- 3. 融合:意外な物と組み合わせてみる
- 4. 逆転:真逆の状況を考えてみる
- 5. 分離:別々の要素に分けてみる
- 6. 交換:違う物に入れ替えてみる
- 7. 擬態:欲しい状況を真似てみる
- 8. 転移:新しい場所を探してみる
- 9. 増殖:常識よりも増やしてみる
【適応の4パターン】
- 1. 解剖:内側の構造と意味を知る
- 2. 系統:過去の系譜を引き受ける
- 3. 生態:外部に繋がる関係を観る
- 4. 予測:未来予測を希望に繋げる
複雑に絡み合う「京都の観光」を 「進化思考で」紐解く
続いては、トークセッションの主題「進化思考を使って○○を考える」へ。今回、紐解いていくテーマは、京都の観光だ。 山田:「今回、野村さんが進化させたいものは何ですか?」 野村:「観光です。私が京都に移ってから携わっているのが観光なんです。京都では、コロナ禍になる前は、オーバーツーリズムが大きな問題になっていました。経済的には観光業に依存しているのだけど、市民にとっては観光客は困った存在。観光客が多すぎて、桜も紅葉も見られないし、美味しい店も満席、バスも混雑...。アフターコロナに向けて、これをどうしたら持続可能な形に変えていけるだろうかということに取り組んでいます」 「実際、京都にもさまざまな立場や考えの方がいて、一元的な観点でやろうとするとハレーションが起きるんです。コロナ禍で観光客がいなくなった今こそ、未来に向けて観光を進化させるチャンス。観光を地域の人にとってハッピーなものに変えられないか、持続可能なツーリズムを模索しています」 「そもそも観光という概念は、産業革命で大衆が旅をするようになってからできたもの。大勢の人を行きたいところに効率的に行けるようにする、たくさんの人を集客するというのが従来の観光のかたちでしたが、コロナ禍で分散型旅行が広がり、観光地の来訪ではなく地域独自の文化を体験するような方向に変わってきてもいます。これは観光の変異だと思うのですが、この変異を一時的なもので終わらせずに適応させていくにはどうしたらいいかというのが、今の課題です」 太刀川:「なるほど。じゃあそれを進化思考に照らし合わせて考えてみましょう。まず、変異からはいろんな方法が考えられます。例えば、『変量』ならバスの本数を増減する、『擬態』なら観光を学校に似せる、『増殖』なら移動手段を増やす、とか。変異に慣れて、それこそ無数のアイデアを出せる自信を培うのが大切です。」 「同時に、適応の視点から、なんでこの問題が起きているんだっけ...ということを紐解きましょう。京都の観光の『生態』(つながりの深い外部ファクター)や歴史的な『系統』を把握する、ということです。生態的観点では、まずは、京都の観光について、どのような人たちがどう関係していて、なぜそういう考えや主張をするのかを、ちゃんと知ることが大事。観光を生業にしている人もいればそうではない住民もいて、企業でも交通系、販売系...といろいろある。そこを整理してみましょうか」 野村:「何だかワクワクしてきました(笑)。客側にも地元側にもいろんな人がいます。例えば、京都の台所と言われる錦市場商店街。もともとは旅館や飲食店、地元の人が食料を買いに来る場所で、市場の人たちも京の食文化を支えているという誇りをもっています。ところが昨今、錦市場の観光地化、テーマパーク化が、経済原理的に起きつつあるんです。顕著なのが、食べ歩き。観光客には人気ですが、地域の人が一番やめてほしいことだと聞いています。一方で、食べ歩きは観光客相手の商売になるというお店もあって、組合内でも合意ができない状態です」 「かたや観光客にも、表面的・娯楽的に楽しみたい人もいれば、京都の伝統文化を尊重したい人もいる。市場からのメッセージがないから、悪気なく食べ歩きをやっている人もいる。観光客、地元の住民、市場で商売をしている人がいて、さらにそれぞれが細かく分かれている...合意なんて無理だ...というわけです」
イメージ画像
太刀川 英輔(Tachikawa Eisuke )
未来の希望につながるプロジェクトしかしないデザインストラテジスト。プロダクト、グラフィック、建築などの高い表現力を活かし、領域を横断したデザインで100以上の国際賞を受賞している。生物進化から創造性の本質を学ぶ「進化思考」の提唱者。主なプロジェクトに、東京防災、PANDAID、2025大阪・関西万博日本館基本構想など。主著『進化思考』(海士の風、2021年)は第30回山本七平賞を受賞。
野村 恭彦(Nomura Takahiko)
Slow Innovation株式会社代表取締役、金沢工業大学(KIT虎ノ門大学院)イノベーションマネジメント研究科教授。博士(工学)。国際大学GLOCOM主幹研究員、日本ナレッジ・マネジメント学会理事、日本ファシリテーション協会フェロー、社団法人渋谷未来デザインフューチャーデザイナー。慶應義塾大学修了後、富士ゼロックス株式会社入社。2012年、社会イノベーションをけん引するため、株式会社フューチャーセッションズを創設。2016年度より渋谷区に関わる企業・行政・NPO横断のイノベーションプロジェクト「渋谷をつなげる30人」をスタート。2019年、地域から市民協働イノベーションを起こす社会変革活動に集中するため、Slow Innovation株式会社を設立。『イノベーション・ファシリテーター』(プレジデント社)など、著書・監修書多数。