ライフのコツ
アメリカにおけるリカレント教育
Phase2Careers代表理事ロン・ビスコンティ氏に聞く
移民で成り立った多民族国家であり、人種も民族も多様なアメリカ。その中でもリベラルなカリフォルニア州のサンフランシスコ・ベイエリアに、就職、転職、再就職をサポートする非営利法人Phase2Careers(以下P2C)がある。地元短大でキャリアに関する教鞭をとったこともあるP2C代表理事のロン・ビスコンティ氏に、アメリカにおける雇用形態や仕事への考え方、リカレント教育と雇用を取り巻く状況についてお話を伺った。
アメリカにおけるリカレント教育の背景
2019年8月にリリースされた米国労働統計局の「仕事の数、労働市場の経験、および収益の成長:全国縦断的調査の結果」によると、後期ベビーブーマー世代(1957年~64年生まれ)は、18歳から52歳までの34年間に平均で12.3の仕事につき、とくに18歳から24歳の間にこのうちの約半分にあたる平均で5.7の仕事についていたことが明らかになりました。 つまり、そのくらい転職する人が多く、定年まで1つの仕事に従事するケースは少ないのです。この傾向はミレニアル世代(2000年代に成人・社会人となる世代)でも変わっていません。 より高収入の職に就くため、人材価値を高めるため、時代の変化にあわせて成長産業に転職するため、あるいは自分磨きのためなど、転職の目的はさまざまですが、転職のタイミングで「学び直し」をする、リカレント教育を受ける傾向はもともとありました。 最近は、ブロックチェーン技術や金融技術、マーケティングといった革新的なテクノロジー分野の資格を短期で取得可能なオンライン講座が人気です。 また、失業時に州の雇用開発局(EDD)から保険金の給付が受けられるほか、リカレント教育を受ける場合に一定額までの費用を支給する制度があることも、学び直しを後押ししています。
州政府が民間と連携して職業訓練を推進するも、適用範囲は限定的
雇用開発局(EDD)からの保険金給付や費用支給はあるものの、連邦政府が直接主導する職業訓練などはありません。連邦政府の役割は、職業訓練施策に対して補助金を出すことであり、それを州政府および州政府と連携する各種団体や民間企業がいわゆるリカレント教育にあたる就業支援プログラムを提供することでカバーしています。 また、州政府が費用負担するのは、仕事に直結した資格取得に限ります。期間も数日から数か月に及ぶもの、費用も低額なものから数十万円するものまでさまざまです。取得できるコースも、医療系、経理系、IT系、人事系の他、プロジェクトマネジメント、在庫管理などがあり、不況時にも役立つもの、あるいは高収入につながる資格やスキルが人気です。 このほか、州政府による支援ではありませんが、子育てや介護などの理由で仕事をしたことがない、あるいは離れていた人の就職や復職を支援する「リターンシップ」という非営利団体などによるプログラムがあります。 運営団体は、ウォルマート、Netflix、アップル、SAPといった採用先になりうる企業と連携し、職場復帰プログラムを運営しています。「リターンシップ」終了後、連携企業で採用される確率も高く、雇用主、失業者の双方にとって有効なプログラムとなっています。
雇用を取り巻く問題が多く、失業と常に隣り合わせ
2020年は新型コロナウイルスの世界的大流行により、アメリカにおいても経済の悪化と連動して一時は全米で14.8%まで失業率が上昇。ただし、パンデミック以前から、業績不振による失業やレイオフ(一時解雇)の問題はつねに存在していました。 事実、サンフランシスコを含むベイエリア周辺は、地価や生活費全般が過去10年間高騰し続けており、企業は税金や地価の安い州外へ移転。そうした移転にともなう大規模なレイオフで多くの人が職を失いました。 また、社会情勢以外にも、アメリカでは雇用を取り巻く問題が多々あります。例えば人種、宗教、性別、年齢、障害などによる差別は1964年の公民権法第六編(タイトルVI)により禁止されています。それにも関わらず、女性の賃金は男性よりも低く、責任ある地位に就く割合も男性や白人の方が圧倒的に高いなど、性別や人種による賃金や昇級機会の不公平は歴然とあるのです。 アメリカでは差別につながる危険があるため、履歴書に顔写真、性別、生年月日を載せていませんが、学歴や職歴から年齢が逆算でき、名前から性別や人種が推定できます。その結果、同じ能力や経験を持っていても、履歴書の審査で振り落とされるなど、均等な機会が得られないことが問題となっています。
働き盛りの40代も差別の対象に
タイトルVI(法的に差別を禁止)で保護されるべきグループ中に、40歳以上の中高年者が含まれていることは一般的にあまり認識されていません。最近注目を集めているダイバーシティの動きの中でも、残念ながら40歳以上の中高年層を含めた「世代のダイバーシティ」への取り組みはほとんどありません。 しかし、40歳以上の人が職場でも求職活動においてもさまざまな障害にぶつかることはアメリカではよく知られています。50代、60代と年齢が上がればハードルはさらに高くなり、女性、有色人種など社会における少数派(マイノリティ)であれば、相乗的により厳しくなります。 今年2020年には、新型コロナウイルスの影響により失業者が急増したため、若い世代も再就職を求めて求職市場にいるために。40代以上の人の求職はさらに厳しい戦いになっていると言えます。
リカレント教育で女性の就業を支援
こうした40代の就業を支える仕組みとして、リカレント教育が注目されています。専門知識を学んで人材価値を高めたり、成長産業へのキャリアチェンジのために新たな資格を取得したり、老後に備えて高収入な職種への転職準備をしたりと、時代に合わせ、将来を見すえて新しい一歩を踏み出すために、リカレント教育が必要とされているのです。 また違った事情で、女性にとってもリカレント教育が重要になっています。男性に比べ、家事・育児・介護の負担が大きい女性の場合、家庭の事情により仕事を辞める、キャリアをあきらめるケースが多くなっています。生活費全般が高騰しているサンフランシスコのベイエリアでは特に、育児・介護の外部サービスが高額なため、経済的な側面から子育てや家族の介護は家で女性が担うケースが多くあります。 しかし、子育てや介護が一段落した女性が復職するときに待ち受けているのは、年齢の壁だけでなく、テクノロジーなどの職場環境への対応です。働く環境から長らく離れていた女性にとっては、40代男性以上に厳しい現実があるため、リカレント教育によって求職市場での競争性を上げる就業サポートが必須なのです。
リカレント教育の今後
福利厚生のつく安定した常勤職へのニーズはまだまだ高く、常勤になるためにさまざまなスキルや資格を取得する傾向はありますが、今の時代、さまざまな意味で働き方が変わってきています。 一つの仕事に縛られることなく、多種多様な仕事や単発のプロジェクトに関わり、フリーランスとしてポートフォリオを充実させる、ギグエコノミーならではの働き方を選ぶ人も増えています。 リカレント教育の役割は、安定した職を求める人にも、自由な働き方を選ぶ人にも、学びの機会を提供することです。加えて、単なる資格取得のため、高収入を得るため、といったキャリアのためだけでなく、自分が何をしたいのかを見つめ、そのために学ぶ機会、生涯教育としてリカレント教育がより重要になっていくでしょう。
第二の人生のサポートをミッションとする非営利団体Phase2Careersの役割
私が代表を務める非営利団体Phase2Careers(以下P2C)は、再就職、転職、起業を支援するリカレント教育のプログラムやリソースなどを提供しています。
40歳以上の第二の人生、第二のキャリアをサポートすることは、まさにライフワークです。妻(イブ・ビスコンティ)をはじめ、ミッションに賛同する理事、キャリアコーチ、ボランティアなど多くの人の支えを受けて活動を続けています。
主な活動には、履歴書の書き方や面接の受け方指導といった再就職や転職の支援、起業のサポートのほか、新しい出会いの機会としてネットワーキングイベントの開催なども行っています。
また、家庭の事情で長らく仕事から離れていた女性の復職支援として、復職のモデルケースとなる女性の講演会を開いたり、1対1のキャリアアドバイスの機会をつくるなど、幅広く女性の就職や復職をサポートするイベントも開催しています。
現在は、新型コロナウイルスの影響でオンラインへの移行を余儀なくされていますが、新しいテクノロジーを活用することで活動範囲を広げ、これまでサポートできなかった遠方の人たちにも、さまざまなイベントやサービスを提供できるようになっています。
今後も、新しいことを学び続けながら、P2Cとして時代に合ったプログラムを提供し、より多くの人をサポートしていきたいと考えています。
ロン・ビスコンティ(Ron Visconti)
サンフランシスコ大学修士。1984年から18年にわたりCareer Education Centerでサンフランシスコのベイエリアの求職者のサポートというライフワークに携わる。ノートルダム大学非常勤講師、サンマテオ郡立大学キャリアカウンセラー兼講師、Peninsula Employment Group運営ディレクターなど勤めた後、2009年にPhase2Careersを設立、代表理事を勤め、現在に至る。現在はオンラインでのイベントを独自に、また地域の図書館や他の非営利法人とコラボレーションで提供している。