ライフのコツ

2021.09.22

仏マクロン大統領もグランゼコール出身

フランスのトップエリートを育てる教育制度とは

ルイ・ヴィトンをはじめとする数々の高級ブランドや日産を買収したルノーなど、フランスの有名企業のトップはほとんどが「グランゼコール」出身だということをご存じだろうか。日本ではあまり馴染みがないが、フランスの教育機関の最高峰として、仏ビジネス界や政治の世界では成功への登竜門となっている。そこで本記事では、フランスのエリート育成の特殊な仕組みやビジネス事情などをご紹介しよう。

トップエリートを育てる
「グランゼコール」とは

「グランゼコール」とは、フランス独特の教育機関です。フランスの大学といえば日本ではソルボンヌ大学が有名で、文学部などが主に教養分野では世界的に高い評価を得ていますが、実は国の高級官僚として、あるいはビジネスで成功したいなら、グランゼコールを目指すというのがフランス人のスタンダードです。

グランゼコールというのは、高度な職業専門知識を学ぶための教育機関の総称です。フランスでは世界共通の大学入試資格試験である国際バカロレア合格後、大学に進学します。バカロレアで特に優秀な成績をおさめた学生は、このグランゼコールの受験を目指すため、2年間のプレパ(グランゼコール準備学級、CPGE、フランス語の通称はprépas)に進学することができます。

グランゼコールはフランス全土に200校以上あり、どのグランゼコールに進学するかはコンクール(concours)と呼ばれる入学試験の成績によって決まります。つまり、バカロレアの成績優秀者がさらに2年間猛勉強をして、トップクラスのグランゼコールを目指すわけです。

グランゼコールに進む学生は全体の10%未満といわれていますから、エリート校入学がいかに狭き門かということがよくわかるでしょう。

主に教養を身につけることを目的とする大学と比べて、グランゼコールでは専門知識を学んで即戦力を身につけます。そのため、グランゼコール出身者は入社後数年で重要なポストについたり、海外へ派遣されるなど、将来の幹部候補として優遇されます。

フランス企業のトップはほとんどがグランゼコール出身者であり、進学の際にグランゼコールを目指すことがビジネスエリートの条件といっても過言ではありません。

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トップエリートを育てる教育が、
フランスの階級制度を支えている

フランスでは小学校から大学まで、すべての公立校の授業料が無料です。しかし、グランゼコールは学費が必要になります。公立のグランゼコールなら年間十数万円程度ですが、私立の場合は百万円以上かかるところもあり、学校によって大きな差があります。


政治家をめざすならENA

希望する職種によっても選ぶグランゼコールは違ってきます。たとえば、フランスの歴代大統領が卒業しているのは国立行政学院 École nationale d'administration(以下ENA)では、優秀な政治家や官僚を多数輩出しています。

ENAは政治に特化したグランゼコールで、毎年100人しか入学枠がありません。いわば東大法学部をさらに難関にしたようなもので、エリート中のエリートが集まる有名校です(2019年には、貧富の格差からこのENAの廃止がマクロン大統領より提案されたものの、最終的に門戸を開くとともに校名を変えて存続させる形で落ち着きました)。



経営を学ぶならHEC

商業系の名門校 École des hautes études commerciales de Paris(以下HEC)は経営大学院で、フランスにはHEC出身の企業経営者がたくさんいます。国際的な化粧品会社であるロレアルの会長兼CEOジャン-ポール・アゴン氏もHEC出身です。

HECは経済や経営を学ぶグランゼコールで、ビジネス界で活躍したい人たちにとってのトップ校といえるでしょう。また、世界有数のラグジュアリーブランドグループ、LVMHの会長兼CEOであるベルナール・アルノー氏は、理系の有名校であるエコール・ポリテクニークの出身です。



ブランド系の職種もMBAよりグランゼコール

ファッション系やアパレル、化粧品メーカーなどで働きたい人や、マーケティングの中でも特にブランドについて学びたい人も、グランゼコールをめざします。
美意識の高さや伝統を守る力というのは、やはりフランスが群を抜いています。フランス人は「美」とは何かについて、常に哲学的に考え、抽象的な概念を持っています。

そして、その目に見えないものをどうやって守っていくかということを、いつも考え続けています。そうした素地があるからこそ、ルイ・ヴィトンに代表されるような強いブランド力を持った100年企業が生まれるのでしょう。

こうした抽象的な美意識を教えられる教員がいるのは、グランゼコールならではといえます。ブランドをどうつくるか。抽象的な「美」というものをブランドとしてどう育てていくか。真の価値、本物のラグジュアリーとはいかなるものか。そうしたフランス的な価値観や確固たる基盤のもとに、ブランドマネジメントを学ぶことができます。


5_lif_004_02.jpg このように、フランスの政治界やビジネス界、アパレル業界のトップは有名グランゼコールの出身者で占められています。高校卒業時点で成績優秀な学生にはグランゼコールへの道が開かれ、優秀者同士がしのぎを削り、さらに狭き門の難関校を卒業した者が各界のトップに立つ。フランスの社会はそうした階級制度のもとに成り立っているのです。




トップ企業で実務知識を学び、
一生ものの財産となる人間関係を築く

では、グランゼコールでは具体的にどのようなことが学べるのでしょうか。一言でいえば、それぞれの職業に特化した専門知識と実践力を徹底的に身につけられるというのが、グランゼコールの大きな特徴です。

日本の大学で学ぶような教養的な知識は2年間のプレパで学び、グランゼコールでは社会に出てすぐに通用するような実務レベルの知識、高度に専門的な技術などを学びます。日本の大学とは違い、ビジネスや現場経験のある実務家教員が多いのも大きな強みです。

机上の学習だけでなく、実践的な場で学ぶ機会もたくさん設けられています。たとえば商業系のHECでは、4か月もの長期にわたるインターンシップが義務づけられています。

この間、授業は受けず、毎日インターン先の企業に出社して働くことで現場感覚を養い、その成果を論文にまとめます。派遣先は主にフランスのトップ企業ですが、近年はドイツや中国など海外の企業に行くケースも増えています。

また、グランゼコールは選び抜かれたエリート集団なので、そうした同級生たちとの交流も大いに刺激になります。驚くほど地頭のいい人たちが集まっているので、グランゼコールで築いた人間関係そのものが大きな財産となります。

フランス人は議論好きなので、ちょっとした話題でも根源に立ち戻るような深い話になり、哲学的な思考も身につきます。グランゼコールというコミュニティに入ること自体が、その後のビジネスでの大きな強みになるともいえるでしょう。




社会人留学生にも門戸は開かれている

フランス国内ではグランゼコールは高校卒業後にプレパを経て進学する先として位置づけられているため、学生の多くは20歳くらいの若者ですが、海外からは社会人が留学してくるケースもあります。

たとえば、政治系のENAは毎年100人の入学枠のうち、20~30人を世界各国からの交換留学生が占めています。日本では外務省が一枠持っており、毎年トップエリートがENAに留学しています。

商業系のグランゼコールの場合は、企業から派遣される形での社会人留学も主流となっています。日本でも日銀などが優秀な若手社員を留学生として派遣しています。企業に就職して実績を上げることで、グランゼコールへの道が開ける可能性もあるのです。

また最近では、社会人に学びの場を提供する趣旨で、MBAのコースを設けるグランゼコールも出てきているため、社会に出た後でもグランゼコールで学ぶチャンスがあります。

5_lif_004_03.jpg フランスの伝統あるトップ企業のトップエリートのほとんどがグランゼコールを卒業しているといっても過言ではありません。そのため、グランゼコールは学び舎である以上に、ビジネスをする上で貴重な人間関係と人脈を築く場とも言えるのです。真に価値あるものを学び、一生ものの財産を得る。それがグランゼコールの強みなのです。


福原 正大(Fukuhara Masahiro)

慶應義塾大学卒業後、東京銀行(現:三菱UFJ銀行)に入行。フランスのビジネススクールINSEAD(欧州経営大学院)でMBA、グランゼコールHEC(パリ)で国際金融の修士号を最優秀賞で取得。筑波大学で博士号取得。2000年世界最大の資産運用会社バークレイズ・グローバル・インベスターズ入社。35歳にして最年少マネージングダイレクター、日本法人取締役に就任。2010年に、「人を幸せにする評価で、幸せをつくる人を、つくる」ことをヴィジョンにIGSを設立。主な著書に『ハーバード、オックスフォード...世界のトップスクールが実践する考える力の磨き方』(大和書房)、『AI×ビッグデータが「人事」を変える』(朝日新聞出版社)など著書多数。慶應義塾大学経済学部特任教授を兼任。米日財団 Scott M. Johnson Fellow。