仕事のプロ

2021.10.04

だれもが創造的になれる創造性の磨き方

ビジネスで実践!「進化思考」で創造性を発揮する①

昨今はビジネスシーンでもクリエイティビティ(創造性)の重要性が高まるも、創造性とは何で、どうすれば発揮できるかが語られることは少ない。創造性の正体を突き止め、万人が創造性を発揮できるための手法をまとめた『進化思考』(海士の風)をもとに、デザイナーであり創造性の探究者でもある著者の太刀川英輔氏に、創造性とは何か、そしてワーカーが創造性を発揮するためになにをすればいいのかを3回に渡って解説いただいた。

生物の進化が教えてくれる、創造性の本質

私は大学院生時代から20年あまりにわたり、創造性やそれを発揮する手法を探究してきました。そして、「世の中にもっと創造的な人を増やしたい」という思いから、それを広める活動に取り組んできました。

私が提唱する「進化思考」とは、「生物の進化と同様に変異と適応を繰り返すことで、誰もが創造性を諦めることなく発揮できるようになる思考法」です。
まずは前提となる「創造性とは何か」から、解説していきましょう。




創造性とは?

「創造」とは、人が価値をつくり出す現象のこと。例えば発明やデザインだけでなく、冷蔵庫の残りものから料理を作るのも効率の良い仕事の進め方を考えるのも一つの創造であり、誰もが日常的かつ本能的にやっていることです。一方、歴史的な発明や素晴らしい絵画を前にして、人は「創造性は才能の話だ」と感じてしまう。

こんなふうに人は自分のクリエイティビティ(創造性)に対して劣等感を抱きがちです。では本当に、創造性は磨くのをあきらめざるを得ないものなのでしょうか。

ビジネスシーンにおいても、優れたアイデアをどんどん出す人を見て、「自分には無理だ」と思ってしまうことがあるかもしれません。
そもそも、学校教育では正しい答えにいかに早く辿り着くかが求められ、いかに創造するかについては学びません。ところが社会人になった途端に、「これまでにない斬新なアイデア」を求められる。困惑するのは当然です。


生物の進化に学ぶ創造力発揮法「進化思考」

創造性の輪郭はなんとなくわかるものの暗黙知になっていて、全体像は未だブラックボックスのままです。その全容を解き明かしたい、形式知化したいと思った私は、創造性とは何かを20年以上にわたって探究してきました。
そのなかで、自然物のデザインの秀逸さに魅了され、これらがどのように生まれたのか、進化してきたのかに着目しました。
その結果行き着いたのが、生物の進化と人の創造性の構造は似ているのではないかという仮説でした。

私たちは意思をもって創造しているように思い込んでいるけれど、実は生物のDNAの変異のように偶然生まれ、何らかの理由で選ばれた結果ではないか。
そうであるなら、偶然にはどのようなパターンがあり、選ばれるのにはどのような理由があるのか...。

探究の結果、至ったのが、偶発的な変異(エラー)と必然的な適応(選択)を繰り返すことで創造の精度は高まる、さらに、変異には数えられるだけで9つのパターンがあり、適応は4つの軸で捉えられる、という結論でした。
ここでは結論に至った詳細なプロセスは割愛しますが、『進化思考』にはその探究の軌跡を数々の根拠となる事例とともにまとめているので、ぜひお読みいただければと思います。

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「進化思考」とは?

私が提唱する「進化思考」とは、「生物の進化と同じく、変異(エラー)と適応(選択)を繰り返すことで、誰もが創造性を発揮できるようになる思考法」です。

創造性は天賦の才能だと思われがち、ゆえにコンプレックスの根源になりがちですが、そうではなく誰でも創造的になり得る、創造性は努力して磨くことができるというのが、私がもっとも伝えたいこと。
創造を紐解くカギは「変異」と「適応」を繰り返す生物の進化にあり、私たちはそこから創造性を磨く術を学び取ることができるのです。

ところで、いわゆる「ひらめき」は、どのように生まれるのでしょうか。突然、頭にパッと浮かんだものをひらめきと言うのであって、ひらめこうという意図をもってひらめくことはできません。
つまり、人は思っているほど自分の意志で創造を生み出せるわけではなく、まるで偶然のようにひらめくものです。でも、誰しもがその確率を上げることはできると思っています。

創造性を発揮するための進化思考には「変異の思考」と「適応の思考」の2つがあり、それぞれ次のように定義しています。

変異の思考:偶発的なアイデアを大量に生み出す発想手法=どのように変化できるのか(HOW)
適応の思考:適応状況を理解する生物学的なリサーチ手法=なぜ、そうあるべきなのか(WHY)

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出典:書籍『進化思考』より


つまり変異的なアイデアの数が多くユニークだったり、適応的にその実現性やニーズが高いと、その人はクリエイティブな人と認識される。そう考えると、進化と創造は同じような現象と捉えられるわけです。


「変異の思考」と「適応の思考」

創造的発想はこの2つの「変異の思考」と「適応の思考」の往復から生まれるものであり、変異により偶発的な無数のエラーを生み出し、適応によってそれらを選択することで自然に発生するというのが、進化思考の根幹です。

平たく言うと、バカになって固定観念をとっぱらい、あらゆるエラー的なアイデアを不発覚悟で出しまくるのが「変異」。
一方、質もさまざまな大量のアイデアの中から、そのアイデアが置かれた本質的な関係性において最適なものを選び取るのが「適応」です。
下図のように変異には数え得るだけで9パターンあり、適応4つの時空観軸で捉えることができます(詳しくは本連載2回目、3回目で解説)。

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出典:書籍『進化思考』より変異の9パターン


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出典:書籍『進化思考』より時空観マップ




生物の進化における「変異」と「適応」とは?

「進化思考」を深く理解するうえで重要になる生物の進化についても、簡単に説明しましょう。

生物の進化は誰かによる設計ではなく自然発生する現象だという強力な仮説を提示してみせたのが、1859年にチャールズ・ダーウィンが発表した『種の起源』です。ここで提唱された進化論は、神がすべての生物の形態をデザインしたとされてきた従来の自然観への認識をひっくり返す衝撃的なものでした。

ダーウィンらの進化論の構造は、次の4つの現象を前提にしています。

1.変異によるエラー:生物は、発生するときに個体の変異が偶然に起こる
2.自然選択と適応:自然のふるいによって、適応度の高い個体の形質が遺伝しやすい
3.形質の進化:世代を繰り返すと、細部まで適応した形質に近づく
4.種の分化:住む場所や生存戦略の違いが発生すると、種が分化していく

このダーウィンの進化論が、進化思考のベースとなる進化の捉え方です。



変異は偶然、適応は必然

重要なのは、変異は偶然、自然選択・適応は必然であり、そこには誰の意思も介在しないということです。
キリンの首は長くしたいと思って長くなったのではなく、偶然首が長い個体が変異的に現れ、高いところにエサがあるという環境では首が長い方が有利だったため、首が長い個体が生き残りやすくなった、何代もの世代を経て、それがキリンの特性になった...というわけです。

気の遠くなるような時間をかけて、自然に最適な状態になっていった。つまり、生物の進化は壮大な結果論なのです。

ちなみに、ダーウィン以前にも進化論者は多くいて、その一人であるラマルクはダーウィンより50年くらい前に「生物はなりたい方向に向かって進化する(獲得形質は遺伝する)」と主張しました。
キリンの例で言うと、高いところにあるエサを食べるために首を長くした、という主張です。この主張は実験的に確認できなかったりして、一時は完全に否定されたのですが、近年、エピジェネティクスの分野などでは獲得形質が遺伝しているのではないかという論争もあり、完全な結論は出ていないと言えます。

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生物の進化と人の創造性の関係とは?

人間の創造を生物の進化に当てはめると、あるアイデアが生まれたのは偶然であり、数あるなかからそのアイデアが選択されたのは必然である...ということになります。
これら2つとも、意思を介さないでも起こり得る客観的な現象です。つまり「進化思考」における創造とは、条件が整えば自然に発生する(=人の意思は介在しない)現象だという前提です。

直感に反するかもしれませんが、世の中に完全に意図的に創造されたものは存在せず、偶然に発生しうるものだという前提で考えています。
しかし私たちは意思をもってその発生確率を上げることはできる。極端に言うと、誰にでも創造し得る手段がある、ということでもあります。

「進化思考」における創造とは、条件が整えば自然に発生する(=人の意思は介在しない)現象であり、「進化思考」の手法を使えば、誰もが創造性を発揮できる。



創造力がある人とない人の違い

創造が偶然と必然的な自然選択の結果であるならば、優れたものを創造する人とそうではない人の間にある隔たりは何なのでしょうか。

それが、「エラーを柔軟に量産・許容しつつ(変異)、それらを本質的な関係性(適応)で選択しているかどうか」ということになります。
すなわち創造的な人は、これらの変異の思考と適応の思考の往復を頭の中で高速かつシームレスに繰り返しており、その結果、偶然の産物として優れたアイデアが発生しているのです。

創造的な人の出すバシッと決まったアイデアには圧倒されるものですが、その過程では頭の中で無数のボツ案が大量に生まれているということ。どれだけエラーを出せるか、失敗ができるかというのは、創造性を高めるうえで非常に重要なことです。 2_bus_106_06.jpg

出典:書籍『進化思考』より進化の螺旋


人は意図的に狙ったものを創造できない一方で、意図して変異を起こすこと、意図して適応圧への感度を高めることは可能です。
少し難解ですが、意思をもって変異と適応の思考に向かうことはできるが、それらが組み合わさった結果として生み出された発想は必ずしも意図的なものではない、ということ。
つまり、変異の思考と適応の思考の往復を意図的に繰り返せば、誰でも創造的になれるということなのです。




今なぜ、創造性が求められるのか?

私は、今こそ創造性が求められる時代だと考えています。ものもサービスも溢れ返っているのになぜ...と思われるかもしれませんが、それらは本来あるべきかたちになっているでしょうか。

例えば、ペットボトルは生産コストも安く便利ですが、地球環境には適応していません。刹那的な売上には適応しているけれど未来には適応していない、といいかえられるでしょう。
繋がりに責任を持たなくても、直接的なものでなければ無視していいことになっているため、生産プロセスで生まれる廃棄物や、労働搾取の上に成り立つ製品も多数あります。

こうして現状のものやサービスを見渡すと、本来配慮すべき観点が抜け落ちているケースが多々あります。
地球の生態系は、この全体適応への視点や考え方を更新しなければもたない限界まできており、あらゆる領域で消費やもの、サービスのあり方が見直されるときがきているわけです。

みなさんが携わるビジネスはどうでしょうか。商品開発や新規事業を手がける際、どこを見ているでしょうか。
例えば、既存の製品より性能を向上させるよりは、より長く使えるよう耐久性を上げた方が、地球環境に負荷の少ないものを生み出せるかもしれません。これまでゴミとして廃棄されていたものを有効活用するビジネスはブルーオーシャンかもしれません。

イノベーションとは、ゼロからイチを生み出すことではなく、過去からの系統的な目的の流れを理解し、今より適応した手段につくり替えることです。
人の生活は豊かですが、数十年先の未来は地球6度目の大量絶滅によって文明がなくなるかもしれない、と言われる時代において、あらゆる領域でイノベーションを起こす創造的な人を増やしたい、そしてみんなでちょっとマシな未来に向かっていきたいというのが、「進化思考」に込めた願いです。

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次からは、「進化思考」をビジネスシーンなどで実践できるよう、「変異の思考」と「適応の思考」の手法を具体的に解説していきます。
慣れるまでは2つの思考を同時に行うのは難しいので、変異の思考で考える時間と適応の思考で考える時間に物理的に分け、それぞれに集中することから始めましょう。





書籍紹介

『進化思考―生き残るコンセプトをつくる「変異と適応」』(海士の風)

6_rep_008_05.jpg進化思考―それは、生物の進化のように二つのプロセス(変異と適応)を繰り返すことで、本来だれの中にもある創造性を発揮する思考法。38億年にわたり変異と適応を繰り返してきた生物や自然を学ぶことで、創造性の本質を見出し、体系化したのが『進化思考』である。変異によって偶発的に無数のアイデアが生まれ、それらのアイデアが適応によって自律的に自然選択されていく。変異と適応を何度も往復することで、変化や淘汰に生き残るコンセプトが生まれる。https://amanokaze.jp/shinkashikou/


太刀川 英輔(Tachikawa Eisuke )

未来の希望につながるプロジェクトしかしないデザインストラテジスト。プロダクト、グラフィック、建築などの高い表現力を活かし、領域を横断したデザインで100以上の国際賞を受賞している。生物進化から創造性の本質を学ぶ「進化思考」の提唱者。主なプロジェクトに、東京防災、PANDAID、2025大阪・関西万博日本館基本構想など。主著『進化思考』(海士の風、2021年)は第30回山本七平賞を受賞。

文/笹原風花