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アイデアを量産する9のアイデア発想パターン「変異の思考」
ビジネスで実践!「進化思考」で創造性を発揮する②
人が創造性を発揮する仕組みを、「変異」と「適応」を繰り返す生物の進化の仕組みと重ねて紐解く「進化思考」。その根幹について解説した第1回に続き、第2回ではアイデアを量産する発想法「変異の思考」について紹介する。前回に引き続き「進化思考」の提唱者であるデザイナーの太刀川英輔氏に解説いただいた。
進化思考のアイデア発想法「変異の思考」
まずは「進化思考」について、簡単におさらいしておきましょう。
進化も創造もエラーから生まれる
生物の進化はDNAのコピーミス。つまりエラーがきっかけで起こりますが、ほとんどのエラーは欠陥として子孫に現れますが、受け継がれてはいきません。 ただ稀に、自然に適応した変化が偶然生まれます。それが定常化していくと、その方向に種が進化もしくは分化していくわけです。 創造性を発揮したいと考える人は、この事実から2つの勇気をもらえます。 1つは、「アイデアの良し悪しは最初は分からない」ということ。最初から狙って考える必要はなく、偶発に任せてさまざまなアイデアを出せば、理にかなったものが生まれているかもしれないのです。 もう1つは、「アイデアはたまにしか、求められる状況に適合しない」ということ。良いアイデアが出なくても焦る必要はないし、ヒットしないことが前提であれば、固定観念やバイアスにとらわれることなく新しい可能性を自由に発想すればいいのです。
「変異の思考」で創造力を拡げる9のアイデア発想パターン
「進化思考」を構築する過程で、私は変異のパターンを数えあげてみました。私が発見できたのは9つ。この9パターンで説明できないものはほとんどありませんでした。 そして、この変異のパターンはDNAのエラーによってもたらされる生物進化にも当てはまります。 人はさまざまな常識に縛られており、意図的にエラーを起こすには慣れが必要です。ここで紹介する9パターンに当てはめつつ思考してみることで、固定観念を捨て去りやすくなるはずです。 今回は、変異のパターンごとに見られる生物進化と、これに共通する創造の事例を踏まえて、ワークをしてもらうことで枠にとらわれない自由な発想の訓練をしていただければと思います。
出典:書籍『進化思考』より変異の9パターン
1.変量:極端な量を想像してみる
生物の進化には、量を誇張した変化が数多く存在します。 例えば、コウモリの骨格をよく観察すると、羽のように見える部分は哺乳類の指を伸ばした形そのものであり、これが、巨大な手だったことがわかります。キリンは首が伸びる、ペリカンはくちばしが大きくなるという量的な変異による進化を遂げています。 量を誇張した変異は、人工物のデザインにも見られます。 椅子を横に伸ばしたソファ、上下に伸ばしたプールの監視員の椅子、低くしたラウンジチェア、高くしたカウンターチェアなど、量のパラメーターの変化が椅子としての役割や機能まで変化させています。 さらに、変量が世界を変える発見に結びついたケースも多々あります。 カメラのシャッター速度が高速化することにより科学の領域で役立つような瞬間的な化学反応まで記録できるようになったり、半導体を小さく印刷する技術の向上でコンピューターの情報処理速度を26億倍ものスピードに跳ね上げたりしています。
2.擬態:別の形態を真似てみる
生物界の形態には、物真似や比喩的な形態、すなわち、擬態が頻繁に観測されます。 コノハチョウやナナフシ、ミミズク、カメレオンなどの擬態生物は周囲のモノに似ることで姿を隠します。逆に、目立つことで身を守ろうとするミミクリーと呼ばれる擬態をする生物もいます。 例えば、フクロウチョウは目を見開いたフクロウそっくりの模様を持つことで、自分よりも強い種に擬態し、身の安全を守ろうとします。このように、生物の形態には多くの擬態が多く観察されます。 同様に創造においても、擬態的な発想を見つけることができます。 人型ロボット、ノート型パソコンなど、「〜型〜」と呼ばれるものは例外なく擬態的な思考による発想です。また、飛行機はもとを辿れば鳥の擬態ですし、Eメールも擬似的な住所(アドレス)宛に手紙(メール)を送るという擬態的な発想です。 擬態的な思考は、「見立て」や「メタファー」など、人類史においてもさまざまな文化領域で発想の手法として用いられてきました。擬態的思考を創造に活かすと、短時間で数多くの発想に出会うことができます。 視覚に影響されやすい人間の概念の殻を破るためには、別のモノの形態から学び、その形質を真似る思考法が役立つのです。
3.欠失:標準装備を減らしてみる
生物進化においては、遺伝子が次世代に伝え忘れを起こし、欠失した状態の種が環境に適応して新たな種として分化することがあります。 ヒトと98.77%同じDNAをもっているチンパンジーには尻尾があり、ヒトにはない。トカゲに近接する種のヘビには足がない。こうした欠失的な変異の偶然を農業に活かした品種改良の一例が種なしブドウの開発です。 人による創造にも、たくさんの欠失の例が存在します。 馬車から馬を消し去ってできた自動車、現金のやりとりをなくしたキャッシュレス、羽をなくしたダイソンの扇風機など、あげればきりがないほどあります。特に20世紀には、あらゆる産業が無人化を目指しました。留守番電話、自動改札、ロボット掃除機、自動ドア、自動運転...。このような「人力の欠失」の流れがさらに加速することは目に見えています。 私たちが何かを改善するときに用いる思考のプロセスには、役に立ちそうな新しい概念を追加するだけでなく、既存のものから不合理な部分を取り除く方法もあります。 モノを「解剖」して、必要だと思い込んでいるモノが、ない状態を想像してみると、不合理さが自ずと見えてくることがあります。この不合理を取り除く発想をすれば、必然的に欠失的な発想を生み出すことになるのです。「解剖」について詳しくは第3回で解説します。
4.増殖:常識よりも増やしてみる
自然界には要素を増殖させることで進化してきた生物が数多く存在します。 まず、足を極端に増やしたムカデが思い浮かびますが、現在発見されているなかでもっとも足が多いのは、ヤスデの一種イラクメ・プレニペスで、なんと750本も足があったそうです。他にも複眼をもつ昆虫、数億個の卵を産むといわれているマンボウ、数万匹の群れになって行動するイワシやサバなども典型例と言えるでしょう。 人工物においても、増殖的な創造は無数にあります。 トランプや色鉛筆はわずかに異なるものを分類して組み合わせていたり、ハシゴは踏み台の段数を増やしていたり、ショッピングモールは小さい店舗を集めていたり、集合住宅は同じような部屋を1つの建物にしていたり、集積回路はトランジスタを集めていたりします。
5.転移:新しい場所を探してみる
生物進化のなかでは何度も想像を絶する転移的な生存戦略が繰り広げられてきました。 魚類は陸に上がって爬虫類になり、逆に哺乳類が海を目指してクジラになりました。そこまで極端な例でなくても、生物は天敵から逃れたり、他の生物が好まないようなニッチな特有の生息場所に選んだりして、安全で豊かな転移先をつねに探し続けています。 人間が生み出したさまざまな道具にも、転移的な戦略が見られます。 例えば、歯ブラシはブラシが口に転移したモノで、腕時計は時計が腕に転移したモノです。このような事例は無数にあるので、便宜的に3パターンに分けてみると転移的発想をしやすくなります。 第一は「モノの転移」です。書道用筆を化粧筆に転移するような事例です。 第二は「人の転移」です。男性だけの領域だった政治に女性を転移させるような事例です。 第三は「場所の転移」です。地上を走る電車を地下に転移した地下鉄のような事例です。
6.交換:違う物に入れ替えてみる
自然界には交換によって適応した進化も見られます。 巻き貝を定期的に交換するヤドカリ、他の鳥の巣に卵を産みつけ育児を託すカッコウはその一例です。 人の創造においても交換的発想は数え切れないほど存在するため、3つのタイプに分類すると理解しやすいでしょう。
7.分離:別々の要素に分けてみる
生物には、身体を分離させる能力を生存戦略に役立てる種がいます。 危険に遭遇すると尻尾を切り離して逃げるトカゲ、温かい血が通る血管と冷たい血が通る血管を分離することで氷点下の湖でも浮いていられる水鳥などは進化のなかで分離をうまく採用し、適応してきました。 人による道具の創造にも分離的な発想が活用されています。 上水道・下水道のように分離壁を用いた発明だけでなく、無料会員・有料会員、ゴミの分別などの概念上の分離もあります。分離壁を再発明したモノにはカプセル、プラスチック容器、兵隊の食料供給のために開発された瓶詰めの保存方法や缶詰があり、ドアやジッパーなどは分離された内部と外部の往来を可能にする開口の発明です。 さらに言えば、科学の大きな発展は、光や物質はどこまで細かく分けられるかという分離可能性への挑戦を経て成し遂げられたとも言えるでしょう。
8.逆転:真逆の状況を考えてみる
生物の進化においても、逆転的なエラーの発生が見られます。 人間には利き腕が逆転した左利きが6人に1人の割合で、すべての内臓が左右反転している内臓逆位が22,000人に1人の割合で発生します。 また、上下反転で生活するコウモリやナマケモノ、出産や育児をオスが行うタツノオトシゴなど、上下、左右、凹凸、雌雄、色の反転など、逆転の発想を思わせる適応を遂げた生物は数多く存在します。 人の道具の歴史も逆転の発想によって進められてきました。 創造的なアイデアは常識の逆を想像することによって生み出されます。次の3つに分けると、逆転の発想がわかりやすくなるでしょう。
9.融合:意外な物と組み合わせてみる
生物進化の過程では、別の生物同士が共生し融合する現象がしばしば起こります。 人間も、古代生物だったミトコンドリアを細胞内に取り入れて、ミトコンドリア独自のDNAを保有したり、腸内細菌と共生することで食べ物の消化に役立てたりしています。 創造にも融合的な変異は頻発しています。 水陸両用車、多機能ナイフ、カメラ付き携帯電話、原動機付自転車など、挙げればきりがありませんが、現代社会において最たる例はスマートフォンでしょう。電話、電卓、音楽デバイス、辞書、アドレス帳...と、ありとあらゆる機能が融合されています。 融合的発明はドミノのように連鎖し、モーター、車輪、ディスプレイのような汎用性のある商品が開発されると、それらを取り込んだ融合的な発明が次々と発生します。 また、融合への挑戦は、新しい学問領域も切り拓いてきました。「イノベーション」がもとは「新結合」と表現されていたことからも、融合と創造は切っても切り離せない関係であることがわかります。
前例なき挑戦を続けて偶発性を高めれば、どれかが選ばれる可能性は必ず高まる
9つの変異パターンのワークで、どのような発想が生まれたでしょうか。創造は、進化と同じように無数の変異的挑戦による壮大な結果論です。結果を恐れずにたくさんの「変異の思考」を繰り返せば、適応基準をクリアして選ばれる可能性を高めることができます。創造性を発揮するうえで何より重要なのは、バカにされようとも失敗しようとも前例がない挑戦を続けることなのです。 いつの時代も、進化をリードするのは常識外れの方法を思いついてしまった人たちです。エラーは多いほどよいのです。アイデアの質は問いません。バカになりましょう。そして、変化を楽しみましょう。歴史的な発明もまた、まさかの偶発から生み出されたモノなのですから。 次回は、大量のアイデアから生き残るモノを選び取る「適応の思考」について、4つの「時空観軸」に基づいて解説していきます。
書籍紹介
『進化思考―生き残るコンセプトをつくる「変異と適応」』(海士の風)
太刀川 英輔(Tachikawa Eisuke )
未来の希望につながるプロジェクトしかしないデザインストラテジスト。プロダクト、グラフィック、建築などの高い表現力を活かし、領域を横断したデザインで100以上の国際賞を受賞している。生物進化から創造性の本質を学ぶ「進化思考」の提唱者。主なプロジェクトに、東京防災、PANDAID、2025大阪・関西万博日本館基本構想など。主著『進化思考』(海士の風、2021年)は第30回山本七平賞を受賞。