ブックレビュー
仕事とは「本当の自分と出会う場」であると、書籍『いのちの声を聴く』から学んだ
働く人の心に響く本:生涯探求し続けたい一冊
人生の大半の時間を費やす仕事。お金を稼ぐため、成功するために仕事をしている人も多いと思うが、本来、仕事とはもっと尊く、「本当の自分」をより深く知ることができるものではないだろうか。ADD(注意欠陥障害)を抱えながらも、仕事や組織の在り方を探求し続けた嘉村賢州氏(『ティール組織』解説者)が選んだのは、生涯探求し続けたい一冊『いのちの声に聴く』。
自身を見つめる旅で出会った新たな概念
今回の選書者は、累計発行部数10万部を突破した『ティール組織』(英治出版)の解説者、嘉村賢州(かむら・けんしゅう)さん。嘉村さんは2015年に1年間、仕事を休み世界を旅する中で、「ティール組織」という概念に出合い衝撃を受け、それ以降、個人が「本当の姿」でいられるための組織の在り方を探求・実践しています。 嘉村さんが生涯探求し続けたい一冊として選んだのは『いのちの声に聴く』(パーカー・J・パルマー著/いのちのことば社)。本書は天職を探し続けた末に道を閉ざされ、うつ病となりながら、どん底で闇と向き合った著者が、自身の経験をもとに書き上げた「本当の自分と出会うため」の手引書。『ティール組織』の著者ラルー氏も本書から影響を受けたといいます。 『いのちの声に聴く』(著者:パーカー・J・パルマー、翻訳:重松早基子 いのちのことば社)
自分が在りのままでいられる場づくり
嘉村さんはADD(注意欠陥障害)の特性をもっています。ADDとは発達障害の一つで、その特徴には注意力が散漫になること、好きなこと以外は集中力に欠けることが挙げられます。そして、こうした特性ゆえに、新卒で務めた大手ソフトウェア会社で苦い経験をしたと嘉村さんは語ります。 「一人で計画的にコツコツと進めることが苦手で、『やります』と言っても一人では進められず、いつしか"やるやる詐欺の人"と思われるように。最初は期待してくれていた上司もそのうち目をかけてくれなくなりました。今の仕事や組織の在り方は、会社が求めているパーツにはまれば、お金がもらえるし、活躍もできる。会社に合わせるのが器用な人は生き残れる。仕事を始めた頃は、みんなジョブローテーションとかで、なんでもこなさないといけない。その時期を生き残った人が、だんだんクリエイティブな仕事を任せてもらえる風潮が組織にはある」 自身の特性から、なかなか組織になじめずに苦戦してきた嘉村さん。大手ソフトウェア会社を退職した後は自身の経験を活かして、人が在りのままに力を発揮するための研修、ワークショップなどの場づくりやファシリテーションを仕事にするようになりました。 いつしか嘉村さんは、1,000人以上の大企業の場づくりも任されるように。そして、対話の場をつくるなかで、生産性や利益の追求だけではない、個人の内面をもさらけ出す、深い対話が生まれる瞬間にも数多く出会ったといいます。 「対話の中で、本気で夢を語ったり弱さを吐き出したりすることで、メンバー同士の深い絆が生まれ、チームが再生していく姿を目の当たりにしました。同時に、強い想いや願いをもちながらもくじけていく人たちも見てきました。本当にやりたいことが内側から湧き出てきても、上層部の意思決定で却下されてしまう。組織構造としてヒエラルキーの強さを実感し、だんだんと"人類は組織構造の作り方を間違えたのではないか?"という問いが浮かんできました」
ティール組織の概念が希望を与えてくれた
そんな問いを持ちながら、見聞を深めるため世界を旅していたときに「ティール組織」(※1)という新しい概念に出合い、衝撃を受けた嘉村さん。彼が探求していた理想の組織像を何年も前から研究している人がいることを知り、のめり込んでいきました。その後日本でも出版された『ティール組織』は2019年のビジネス書大賞で経営者賞を受賞。嘉村さんは日本における「ティール組織論」の第一人者として企業の組織文化を育てる活動に広く携わることになります。 ※1:ティール組織の特徴は「組織を一つの生命体」として捉えること。組織は組織に関わる全員のものであり「組織の目的」(内側から導かれる)を実現すべく、メンバー同士が有機的に調和しながらプロジェクトを進める。
『いのちの声に聴く』はティール組織のルーツ
一方で嘉村さんがティール組織を探求する中で、どうしても理解しきれなかった一節があったといいます。 「『進化型(ティール)で行く』ことになると、人生の目標を設定して、どの方向に向かうべきかを決めるのではなく、人生を解放し、一体どのような人生を送りたいのかという内からの声に耳を傾けることを学ぶ」(『ティール組織』P76) この一節について、著者のラルー氏は別の言葉で、「自分の人生が生きたいと思っているように、自分が生きていくだけです。人生の目的に自分をつかまえてもらうのです」とも表現している。ただ、この表現にもまだ掴みきれない感覚が残った嘉村さんは独自に調べを進め、前述の一節が天職をテーマにしたエッセイ集『いのちの声に聴く』から引用されていること、またラルー氏が提唱するティール組織の哲学のコアな部分は『いのちの声に聴く』の著者パーカーパルマーから影響を受けていることを知ったのです。
"本当の自分"と出会える組織の在り方へのヒント
嘉村さんは『いのちの声に聴く』を読み、ラルー氏が語った「人生の目的に自分をつかまえてもらう」という言葉の意味がようやく理解できたと言います。 「人生の大半を占める仕事。多くの人は会社や組織の中で、それぞれの役割に応じた仮面をつけ、パーツの一部のように仕事をしています。でも、そんな働き方をしていると本当の自分がわからなくなる。何を楽しいと思い、何に悲しみを感じるのかもわからなくなります。 『いのちの声に聴く』と出合ったことで、本来、仕事とは、『こんなところに喜びを感じるのか』と、自分すら気づかなかった自分に出会い、本当の自分を知るチャンスの場でもある。その結果、全く想定していなかった人生を歩めるようになるかもしれない...。仕事をすることはそれぐらい尊いものだと思うようになりました」 パーカー氏は『いのちの声に聴く』の中で、過去に遡って本当の自分を知る方法や、日常的に自分の内側の声に耳を傾ける方法について語っています。また本当の自分と繫がり、真実の声を聴く手段として、クリアネス委員会(※2)のような信頼できる仲間をもつことの重要性も説いています。嘉村さんは同書から組織の中で、本当の自分の声を聴くためのヒントも得たといいます。 「クリアネス委員会のように、メンバー一人ひとりの奥にある真実の声を聴く関係性を組織内でつくれたらすばらしい。成功したい、売れたい、稼ぎたいではなく、自分の本当の声に耳を澄ませる。一度きりの人生で、なにを表現したいのか、組織の中で互いに耳を澄まし合える関係性としくみがつくれるといい」 嘉村さん自身が働きづらさ、生きづらさを抱えていた中で、『ティール組織』に理想の組織を重ねた。その哲学のルーツである『いのちの声に聴く』は、仕事は「本当の自分」と出会い探求していく旅であり、組織メンバーが互いに応援し合える仲間だということに気づかせてくれた。嘉村さんはこれからも生涯を通じて、多くの人の旅路をサポートしていくだろう。 ※2:クリアネス委員会とは、キリスト教の一派であるクエーカー教徒の間ではなじみのある慣習。判断を明確にするための委員会とよばれ、信頼できる友人たちからなる5~6人のメンバーを招集し、メンバーはアドバイスはせず、誠実な質問をすることで、招集した人が本当の自分に繋がり真実の声を聴く手助けをする。
嘉村 賢州(Kamura Kenshu)
1981年生まれ、場づくりの専門集団NPO法人場とつながりラボhome's vi代表理事、東京工業大学リーダーシップ教育院 特任准教授。集団から大規模組織にいたるまで、人が集うときに生まれる対立・しがらみを化学反応に変えるための知恵を研究・実践。研究領域は紛争解決の技術、心理学、脳科学、先住民の教えなど多岐にわたり、国内外問わず研究を続けている。
萩原 亜沙美(Hagiwara Asami)
海士の風 出版プロデューサー。大学卒業後、京都にまちづくり系NPOを共同で立ち上げ、2010年に海士町へ移住。海士町のスローガン「ないものはない」を念頭に、島にないものを仲間とつくりだす。生きる力と幸福度が高い。
海士の風(あまのかぜ)
辺境の地にありながら、社会課題の先進地として挑戦を続ける島根県隠岐諸島の一つ・海士町(あまちょう)。そんな町に拠点を置く「海士の風」。2019年から「離島から生まれた出版社」として事業を開始。小さな出版社なので、一年間で生み出すのは3タイトル。心から共感し、応援したい著者と「一生の思い出になるぐらいの挑戦」をしていく。